悪意鳴動
木場実乃里は図書室の椅子に腰かけ考えに耽っていた。
自分の目的は既に果たしたと言っていい。
大河内は彼女の願いを果たしてくれていたのだ。
後は己の欲望のまま突き進むだけでいい。
だが、その邪魔をする者がいる。
アイツの目的だけはよく分かっていないのだから。
「さて、どうしたものかしら?」
呟き、ふと気付く。
「あら? 忌引さんがいない?」
「え? あ、ほんとだね?」
気付いた壱岐が小首を傾げる。
他に居ないメンバーはいない。
本を読んでいる井筒と賀田、十勝。井筒はなぜか顔を赤らめていることから官能小説でも見ているのだろう。
またいなくなってしまった。
ここ数時間、なぜか居なくなっていることが多々ある。
どうも精力的に活動し始めているみたいだが……嫌な予感しかしないのは何故だろう?
だが、自分は探偵だ。探偵は事件が起こってから動くモノ。彼女が何かしらの事件に巻き込まれるまでは動くことはない。
そう、例え仲のよい存在であったとしても、だ。
山田壮介にとってそれは好機だった。
ターゲットがたった一人図書室を出て来たのだ。
何も知らないそいつはどこかに向かうようで、お伴の所沢を連れることなく歩いている。
どこに行くのか、もしも可能なら問い詰め、始末することも念頭に入れる。
殺すことは簡単だ。無防備な彼女を後ろから羽交い締めにして首筋を圧し折るだけでいい。
だが、それではダメだ。
自分が殺したことは極力バレてはならない。
誰が殺したか分からないようにして、生還しなければ。
見ていろ皆。仇を取るぞ美哉。
この世界で何度も目撃されているらしい疑惑の人物。そう……
「忌引、光葉……お前を殺し拙者が、皆を救うのだっ」
そして、そんな山田の背後に、そいつはいた。
最愛の人物忌引光葉に頼まれた依頼を遂行するために。
所沢勇気が暗い表情で山田壮介の後ろ姿を見つめる。
何故かは知らない。どうやったかは知らない。
他人に知られたくない忌引光葉の秘密に、山田壮介が気付いたらしい。
知られただけなら問題はない。脅して皆に言いふらさないように告げればいいだけだ。が、忌引光葉を狙っているのならば話は別である。
消さねばならない。
山田壮介は危険だ。
こいつはいるだけで忌引さんの邪魔になる。
だから、殺す。
ただ殺すだけじゃない。
誰もいない場所で誰も気づかぬように自分の手で殺す。
獲物を見付け舌舐めずりするハンター。その背後から猛獣が狙っていることを、彼は気付きもしていない。
だから、きっと、それは起こるべくして起こるのだ。
もはや引き金は引かれる直前。止められる物もない。止められる者もない。
トイレに彼女はいた。
一人きりになれる唯一と言っていい場所だ。
そして彼女はクスリ、笑みを浮かべる。
「私は……特別。私は特別なんだよ弘くん」
少女は気付いた。
別の少女により気付かされた。
それこそが真理なのだと。
知ってしまったらもう、終わりだ。
「特別だったんだ……ごめんね、弘くん」
笑いながら涙がこぼれた。
少女は笑う。壊れた笑みで嗤い続ける。
最後の希望は既に潰えた。
ああ、できるならば、弘くんと一生、添い遂げたかった……
涙を流し少女は笑う。
自分が抱いた淡い期待も、好きだと言ってくれた彼の願いも、既に叶わぬことを知ってしまった。
だって、彼女は特別なのだから……
「っし、見つけた!」
「流石だわ次郎」
沢木と別れた足立、田淵の二人は校長室で調べ物をしていた。
「なんとか見付かったな」
「ええ。早速調べましょ。えっと卒業生の写真と名簿があるのは……」
「悪り、先にトイレ」
「ん。こっちは調べとくわ」
ドアを開き足立が出て行く。余程真剣に探していたのだろう。我慢していた尿意が一気に押し寄せ足立は内股気味に股間を押さえながら出て行った。
そんな後ろ姿をくすりと笑いを浮かべ田淵が見送る。
その間に目的のページを見付けた田淵は、名簿にある名前を調べて行く。
「居た、忌引……きび……嘘、なんで……?」
そこに忌引の名前はあった。
目的だった者は見付かった。
だが、その衝撃の事実に驚く田淵は、背後に気付きもしなかった。
足立が開いたままのドアからゆっくり、音を立てず忍び寄る。
助ける者は誰もいない。叫べる者も誰もいない。
そいつは田淵の背後に立つ。
中腰で校長用デスクに肘かけた田淵は卒業写真を調べているため気付けない。
田淵の隣から覗き込み、そいつは告げる。
「私が、なぁに?」
ぞくり、背筋が硬直する。
田淵は恐る恐る視線だけを後ろに向けた。
忌引光葉が、そこに居た。