絆狂いて……
小川才人は頭を抱えていた。
彼が居るのは宿直室。
ちゃぶ台前に座り、両肘をちゃぶ台へと付ける。そして頭を抱えた彼は、自分の何が悪かったのか一人、考えていた。
「大丈夫よ。私が付いてるわ」
さっきからずっと煩い女がすぐ側で囁いて来る。
ウザい、ウザい。何故ウザい? やってることは川端と同じじゃないか。
なのになぜこいつの言葉はウザったく感じてしまうのか。
「私は何処にもいかないわ。貴方だけの女になれる」
うるさいっ。今は要らない。
女なんていらない。どうして佳子は、どうして美海は……
女が分からない。
何を考えているのか分からない。
「私がずっと一緒にいるわ。ねぇ才人君。だから……」
怖い。
女が怖い。
笑顔で近づきながら裏でほくそ笑む狂気が。
自分が欲しい物を雁字搦めにして他者を排除する狂気が。
もう、頼むから、一人にさせてくれ。
「私と一つになりましょ、ねぇ?」
もう嫌だ。
女は怖い。一緒になんていたくもない。
誰か、誰か俺を救ってくれ……
気が付けば、立ち上がっていた。
驚く中田を放置して、小川は外へと出て行く。
「ちょ、どこ行くの才人君」
「……だ」
「え?」
「おまえの居ないところだッ。一人にさせてくれよッ。女なんてもう沢山だッ。二度と近づくなっつっただろッ!!」
「っ!?」
すとんっと、力が抜けたように座り込む中田を残し、小川才人は去っていく。
山田壮介は焦っていた。
倒すべき存在は既に分かっている。
だが邪魔が多過ぎる。
誰が敵で誰が味方なのか判別を付けきれない。
時間経過でいつの間にか所沢が護衛を始めてしまったせいで図書室にすら近づけなくなってしまった。
体育館に向かうことまではなんとか分かったが、追跡しようとした矢先に忌引と所沢が別れてしまう。
女子トイレに向かった二人が気になって体育館に先回りするよりもこちらの会話を調べていたが、なにやら二人揃って女子トイレに入り込んでしまったせいで会話も聞き取れなかった。
一分もしないうちにまずは所沢が出て来て、遅れて忌引が出て体育館へと向かう。
どちらをスト―キングするか迷ったあげく、彼は所沢を放置して体育館に向かうことにした。
結果を言えば、失敗だった。
ただただどうでもいい日常を見る羽目になってしまった。
求めていたのはこれではない。
これならばもっと前に……いや、今嘆いても意味は無い。
山田は考える。
まずは奴を他の誰かに気付かれないように一人きりにする方法。
そして誰かに悟られる前に殺す方法。
最後に自分が犯人だと悟られない方法だ。
所沢が沢木を狙おうとして間違えて、という身代わり法は所沢が忌引の護衛に入ってしまったことで使えなくなってしまった。
仕立て上げる犯人も決め直さなければならなくなった。
あとは……
最上明奈はトイレの個室に籠っていた。
本当は大門寺と一緒に居たかったのだが、今の自分の精神状態では一人になった方が落ち付けたのだ。
でも、どこに行くにも大門寺が付いてくるので、女子トイレに逃げ込んでしまった。
便座に座り眼を閉じる。
……落ち付く。
壱岐が誰もいない場所を求めていた理由が分かる気がする。
確かに、自分も死にたいと思った事はあった。
でも、それで本当に死ぬなんて思っても居なかったし、死のうとだって思っていない。
死にたいほど辛い。でも死にたくはない。
ただ殺してあげるのは殺人で、咄嗟の殺害は事故で、相手に殺して欲しいと告げられれば問題ない?
いいや、違う。そう思い込もうとしているだけだ。
殺すこと自体が犯罪だ。殺人者だ。
自分は甘い言葉に溺れようとしていた。
あまりにも縋りつきたい楽な道だったから。
殺してしまった相手への罪を緩和するために言われたことだったのに、それに縋りつき過ぎた。
そのせいで自分から罪を犯しかけたなんて、まともな思考じゃなかったのかもしれない。
今もどうかはわからないけれど、壱岐を生き埋めにしたのはやり過ぎだったと思うし、大門寺にこれ以上心配を掛けたくないという思いもある。
でも、だからこそ、人を一人刺してしまっている自分が罪深い存在ではないかと思えてしまう。
皆がそうじゃないと言ってくれるが、刺した事実は消えやしない。
刺したのは悪くない。そう思わなければ罪の思いで潰れてしまう。
でも、やり過ぎた。悪くないと思い過ぎた。
それに気付かされたことで再び罪の重さがのしかかってくる。
「助けて……弘くん……」
自分が怖い。
このままだと押しつぶされる。
香中を刺し殺した罪の意識に潰される。
逃げてはならない。
逃げてもいけない。
逃げればまた、自殺志願者を殺してしまうから。
罪を自覚し、重さに耐えて、傷付き傷付き傷付いて、擦り切れ摩耗して壊れて消える。
そうなるまで我慢する。
今までのイジメと一緒だ。
ずっと我慢する。何があってもどんなに辛くても。
そうすれば、いつかきっと……終わると信じて。