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ストーカーは心を殺せ

「お前が奪った」


 憎悪をこれでもかと叩きつけながら、所沢勇気が俺を睨む。


「忌引さんの神秘性をお前が奪った」


 でも、と一瞬で殺意が消える。


「だけど、忌引さんは幸せそうだった。お前みたいな下衆野郎に笑顔を浮かべて、洗脳されてるみたいに。だから、お前を殺して解放しようとしたんだ。なのに……忌引さん自身がソレを望まないと言って来た。僕は、僕は間違ってないはずだった。何か間違ってるのか? お前が居ない方が忌引さんの幸せになるんじゃないのか?」


 それ、俺に尋ねる奴じゃなくね?

 焦燥感を滲ませながら告げる所沢。

 ストーカー君はかなり危険水域に足を突っ込んでいるようだ。


「考えたんだ。考えた。でも考えれば考える程、忌引さんを殺して僕も死ねば彼女を一人占め出来るって思えてくる。こんな考え狂ってるって分かってるけど止められない。このままじゃ一番大切な人を殺してしまう。僕だって分かってるんだ。忌引さんを殺しても僕の物にはならないし、一人占めなんてできない。死にたくもないし、死なせたくもない」


 壊れかけた思考で必死に助けを求める。

 誰かに自分の思いを聞いて欲しくて死に物狂いで手を伸ばす。

 その先に、俺が居た。

 忌引光葉を襲い、所沢を狂わせる要因となった存在に、彼は助けを求めに来たのだ。

 藁にもすがる思いで、光葉を自分で殺さないために。


 例え生殺与奪を俺に奪われるとしても。

 なんとか彼女を救おうと必死にもがく男の姿がそこにあった。

 彼はストーカーだ。放っておけば確実に光葉の害になる。あるいは俺が殺される。

 でも、彼は彼なりに光葉の幸せを願っているのだ。

 そこだけは、俺も認めよう。俺だってレイプ犯。こいつの事をとやかく言えるような存在じゃないのだし。


「俺が横入りしたから光葉を自分の物に出来なくなった。だから同じように殺して奪う。そう思っているってことでいいのか?」


「違うッ、そんなつもりはないッ。でも、でも思考が……」


「まずは認めろ所沢勇気。自分の思いを否定すれば否定するほど深みに嵌る。まずは認めるんだ。どれ程嫌な思いでも、お前の願望であることを自覚しろ」


 けれど、所沢がわざわざ俺に助けを求めるのならば、俺は徹底的に助けよう。

 光葉の害になりえないように、俺は所沢を救うと誓おう。例えそれが所沢にとっての最悪の結末だとしても。

 殺しはしない。死なせはしない。でも、その牙だけは折らせて貰う。その爪だけは剥がさせて貰う。

 醜い自分を自覚して自分で壊して無力になってくれ。


「ぼ、僕は……でも、ダメだ。そんな事は許されない」


「だがお前はそれを行いたい。そうだろう? 心の内を曝け出せ」


「あ、ああ、僕は……」


 頭を抱えしゃがみ込む。


「僕は、欲しい……忌引さんが欲しい。沢木なんかに奪われたくないっ」


「だが光葉……忌引さんはそれを望んでいない」


「それは……」


「俺から奪うのは別にいい。だけどよく考えろ。忌引さんは物か? お前が自由に扱える物質か?」


「ち、違う、それは……」


「ああ、そうだ。違う。忌引光葉は人だ。お前と同じ一人の人間。ものじゃない。お前がお前の意思で自分の物にしていい存在じゃない。忌引さんがお前を受け入れるのなら問題は無い。でもお前の思いは彼女にとって迷惑なんだ。俺を殺して忌引さんに迷惑をかけて、いいのか?」


「よくは……ない。でも、でもそれじゃ……」


「ああ、今のお前じゃ忌引さんは嫌うだけだ。忌引さんに嫌われたままでいいのか?」


「い、嫌だ。そんなの、嫌だッ!!」


 頭を振りみだし狂気に悶える所沢。追い詰められているせいかこの程度の会話で揺さぶられている。

 このままやり方次第で彼を壊すことは可能だ。どうにもならない現実を教え、地獄の底に突き落とせばいい。

 だが、それはやらない。


 それではただの殺人者だ。人を壊すまでしてしまったら、俺は多分戻れない。言葉を凶器にした殺人者に落ちてしまう。

 だから、壊してはならない。

 そして狂人にさせてもならない。


 ここからが本番だな。

 所沢が壊れないように光葉の邪魔にならない存在に変える。

 ついでに、というかむしろ俺を殺そうとしない存在に生まれ変わらせるのが目的だ。


 上手くいくと良いのだが、さて、どうやって攻めようか。

 あまり追い詰め過ぎると逆上して刺し殺されるしな。

 ぎりぎりの見極めが肝心だ。


「僕は、僕はどうしたら……」


 激しく罵る。相手が恐慌状態に陥ったら、逆に優しく語りかける。

 それがマインドコントロールの基本だ。

 さぁて、潰れて貰うぞ所沢。


「まずは忌引さんに謝ろう」


 俺は所沢の視界から消え背後に回り込むと、耳元で優しく囁く。

 それはまるで悪魔のように。

 悪魔の囁きが、耳朶を打つ。


「忌引さんに、謝る……?」


「だってそうだろう? 忌引さんを泣かせてしまったんだ。彼女の為と思ってやってしまったことが、彼女にとっては不快だったんだ。貴女の思いを汲めなくてごめんなさい。謝らないと」


「あ、ああ。そうか。忌引さんを不快に、させてしまったんだ。僕は……」


「それは、ダメなことだろう?」


「うん、ダメだ。それはダメだ……」


 同意のしやすい言葉を投げかけ、少し、浸透させていく。

 俺がやってることはきっと悪いことだ。

 それは理解している。理解してやっている。

 この世界から脱出を目指すために、皆にとっての不安を消すために。

 自身の安全を手に入れるために……

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