消えた壱岐
夕食を終えた俺たちは、再び図書室へと戻ってきた。
十勝が見つかってしばらく図書室で休んだ後は、食事を作って夕食を取ったのだ。
やって来たのは小川、日上、大門寺、最上、足立、田淵、貝塚、原といったメンバー。
坂東と榊は来てないようだった。
小川が小首を傾げながら「美海のシャワー長いなぁ」とか言っていたけど、シャワーはいつからやってるのだろうか?
それに中田も居ないのが気になる。
十勝と木場の話じゃあの二人犬猿の中になってたみたいだし、互いに殺して……なんて可能性もあったりするんじゃないだろうな?
山田が居ないのも気になるな。
壱岐はずっと音楽室に居たそうで、坂東と榊が来ないことを伝えてくれた。
どうも二人は俺と会いたくないらしい。
なんだそりゃ?
俺はあいつらには何もしてない筈なんだが、随分と嫌われたようだ。
まぁ、現状奴らから見れば女性を独占しているリア充野郎に見えるんだろうけどな。
いや、実際リア充でいいんだろうか?
刺し殺されかけた訳だし。
とにかく、夕食に来なかった奴らが結構いたのが気になるところだ。
図書室に戻ってきた俺たちはその辺りのことも相談することにしたのだが、むしろ物凄い大事な話が優先だ。
何しろ、井筒が重大問題を普通にスルーしてやがったのだから。
なんと、食材消費ノートに井筒以外の名前が書かれていたのを普通にスルーしてやがったのだ。
しかもその名前が大河内。これ、見逃しちゃダメな問題だろ。
悪趣味なことにアイツの名前を昨日のうちに書いた奴が居た訳だが。今日も昼間のうちに書いてやがったのだ。
本当に生きてるのか、それとも別の誰かが書いたのか……
食堂を見張るべきかを木場と話し、所沢についてどう対処するかも話し合い、十勝に接触したらしい川端への対処についても話し合う。
後は俺を放置して女子会が開かれたので、その間は本を読んで待っていた。
俺に関することだろうけど、聞いてはいけない内容のようなので話に参加はしなかったのである。
しかし、何やら不穏な笑い声が響いたり、賀田から沢木殺すと聞こえて来たりと物騒な話題が飛び交っていた気がする。
基本木場が議題を提案しているのがほとんどで、稀に賀田が別の議題を振って全員に反対されて沈んでいた。
さぁて、シャワー浴びてさっさと寝るか。
明日を乗り切れば俺の死も遠ざかる筈だ。死亡フラグは立てないようにしないとな。
ふむ。足立アニキをシャワーに誘っておくべきだろうか?
それは、草木も眠る丑三つ時のことだった。
壱岐昴はゲーム機の電源を切ってそこに来た。
無数の穴が掘られた場所で、桜の木の根元。
そこに、最上明奈に呼び出されたのである。
最上からの呼び出しなんて珍しい。そう思いながらここに来たのは、彼女が言うには誰にも邪魔されない場所があるんだけど、行かない? という理由だった。
壱岐としてもゆったりと過ごせる場所があるならそこに行きたい。
誰からも声を掛けられることがないのなら、現世に煩わされることもない。
「最上さん、どこだろう?」
言われた場所の言われた地点にやって来て周囲を見回すが、最上の姿はない。
もしかしたら途中で大門寺に見つかって来れなかったのかもしれないな。
そんなどうでもいい事を思った。
その壱岐の背後。
開けられた穴の一つから、最上明奈はゆっくりとその身を起こす。
手にはスコップを持っていた。
じゃり、と土を踏みしめる音に、ああ、そっちに居たのか、と振り返る壱岐。
その後頭部に、衝撃が走った。
どさり、壱岐の身体が地面に倒れ込む。
「ふふ。待っててね壱岐君。すぐ、案内するから……」
ザッ、ザッと土にスコップを入れる音がしばらく響く、その行為に気付けた者は、誰一人、居なかった……
「…………ぅ……」
はて、自分はいつの間に意識を失っていたのだろう?
壱岐昴は眠っていたことに気付いて眼を開ける。
「……? 暗い?」
真っ暗だった。
それこそ、自分の姿すら見えない漆黒。
姿こそ分からないが、自分は体育座りで寝ていたらしい。
後頭部がズキリと痛む。
何か衝撃を感じて意識を失ったのは覚えている。
誰かに殴られたのかもしれない。
しかし、誰に?
しばし暗闇で眼を慣らそうとしたが、暗過ぎて全く分からない。
ゲーム機を取り出し電源を入れる。
灯った光が彼の現状をしっかりと映しだした。
目の前にあるのは、三段程積み上げられた木製の何か。
「これ、跳び箱? 跳び箱の中に入れられたのか? 三綴君だっけ、あいつと同じ状態とかどういうつもりで……」
跳び箱なら問題ない。
上部を取り去ればすぐ出られる。
そう思って上部を押した。
動かない。
「ん? あれ? ちょっと……」
何度か全力で押すが押しあがる気配すらない。
「ちょ、ちょっと最上なんだろ? さすがに洒落になってないよ。ねぇ、聞いてる? これイジメだよね。退いてよ最上さん。ここから出してって。確かに一人きりが良いって言ったけど、こんな狭い場所に閉じ込めないでよ、ねぇ、最上さん? 最上ッ、おい、出せよッ。本当に怒るぞッ!!」
跳び箱の内部を蹴りつける。
しかし全く動く気配が無い。
だが、蹴った瞬間、見えた。
見えて、しまった。
跳び箱の段と段の間に開けられた手を入れて持ち上げるための隙間。そこがゲーム機の光に照らされ外を見せつける。
体育倉庫、等ではなかった。
光が映したのは、跳び箱の外側。そこはすぐ壁があった。
土でできた壁が、跳び箱を覆っていた。
「まさか……いや、そんな訳が……」
嫌な予感で下を見る。
土で出来た地面。
コンクリートで出来た体育館倉庫ではない。
そこはどう見ても地面でしかない。
跳び箱という箱に囲まれてはいるが、その周囲はどう見ても、土で覆われていた。
「あ。ああ……まさか、嘘、だろ?」
静寂が漂う。
否、そこには静寂しかなかった。
ただただ黒い闇と静寂だけの世界。
ダメだ。ここに居たら、終わる。
殴った。蹴った。必死になって跳び箱の内を叩きつける。
「誰かッ、誰か助けてッ! 僕はここッ、ここに居るんだッ、助けて、殺されるッ。最上明奈に殺されるッ!!」
誰にも邪魔されることの無いその場所で、少年は必死に叫び続けた。
その声に答える者は……誰一人居なかった。