殺意爆発
「あら、随分と気落ちしてるわね負け犬さん」
クスリ、笑みを浮かべてそいつに接触したのは、川端美海。
接触された中田良子はギロリと彼女を睨む。
上から目線のドヤ顔を見せられ殺意が急激に膨れ上がった。
「何の用川端……」
「あら、いつの間にか美海から川端に代わってるわね。まぁいいけれど」
「はっ。何の用よ。笑いに来た訳?」
「ええ。無様な負け犬を笑いに来たの」
腕を組んで胸を見せつけながら、川端は勝気な瞳で笑みを浮かべる。
二人の間に漂う険呑な雰囲気に、様子を見に来た十勝と木場は影に隠れて焦りを浮かべていた。
「これ、止めに入った方がいいですかね?」
「まだ、ダメよ。今の状態だとお互いに牽制してる段階、ここで割って入るとわだかまりしか残らないわ」
「うわー。女の闘い怖い」
「とか言って、貴女も忌引さん相手に仕掛けているじゃない」
「いやー、忌引さんの嫉妬する顔が可愛らしくてついやっちゃうんですよねー」
くすくすと笑い十勝は再び川端達を見る。
いつ殴り合いになってもおかしくない状態で、下手に止めに行く気にもならない。
女子トイレに入っているのは誰かに見られるのを配慮したからかもしれないが、それでも声は聞こえてしまうので周囲の注目は集めてしまうだろう。
「随分と下手を打ったわね中田さん」
「及川のブサイクがあんな場所に遺体を隠さなきゃ上手く行ってたわ! そしたらあんたが追い落とされてたのにね!」
「あら、それはないわね。才人は私に夢中だもの」
「気落ちした才人君を洗脳したクソ野郎の癖にッ」
「ふふ、レイプ未遂犯がどの口で言うのかしら」
「このドロボー猫ッ」
「そっくりそのまま返して上げるわドラ猫」
「こいつっ」
思い余って川端に掴みかかる中田。
慌てて十勝と木場が飛びだそうとするが、それよりも速く川端が足を払い、体勢が崩れた中田を押し出し個室に投げ捨てる。ばしゃんと水飛沫が上がった。
「ちょ、今のって……」
「あら。十勝さんに木場さん? 才人争奪から身を引いた負け犬が何の用」
「別に逃げた訳じゃないですよ。興味が無くなっただけです。応援するアイドルを変えるのはファンの自由でしょう? まぁ、落ち目のアイドル手に入れて喜んでいるストーカーさん相手に話したところで意味はないでしょうけれど」
「貴女も、トイレに顔から浸かりたいのかしら?」
「悪趣味ですね。それが貴女の地ですか。小川さんが見たら幻滅モノですね」
舌打ちして川端が去って行く。
横を通り過ぎる彼女を視線だけで追い、十勝と木場は中田の元へと向かう。
偶然開いていたらしい洋式便所に頭から突っ込んでいる中田がぶくぶくと泡を立てていたので慌てて引き上げた。
「ぶはっ。うえっ。げぇっ」
「大丈夫で、きゃっ」
心配して声を掛けた十勝の腕を振り払う。
便器に胃液を吐き散らした中田は濡れ鼠のままふらふらと去って行く。
木場も十勝も彼女に声など掛けられなかった。
それ程に、殺意に満ちた顔で、中田は去って行ったのであった。
「だ、大丈夫でしょうか、あれ?」
「マズい気がしなくもないわね。本当に大丈夫かしら」
中田が二人を押しのけ去って行く時、殺してやると殺害宣言が聞こえたのが二人の不安を加速させたのだった。
図書室に戻ってきた沢木、忌引、井筒の三人は、暇を持て余していた。
最初は本でも読もうかとしていたのだが、肉体関係を持った女性二人と一緒ということもあって本に集中など出来るはずもなく、ただただ変な空気に支配された気まずい時間が過ぎていく。
木場たちはまだだろうか? 早く来てくれ。マジマズい。
なんだこの変な空気は……はっ!?
そして沢木は気付いた。
井筒がもじもじとしている。ちらちらと沢木を見て来る。
どう見てもサインを送ってきている。
昨日の今日でもうエロい気分になったようだ。
思わず沢木は忌引を見る。
何でもない風を装いつつも、気配を察したようで恥ずかしそうにしている。
これは手をだして良いと言うサインか、それともアウトか?
どうせ間もなく死ぬかもしれない身だ。ならばもう、遠慮はいらない。
「さ、三人で、する?」
図書室の手前で、そいつはその行為を全て見ていた。
唇を噛みしめ滴る血を飲み干す。
血涙流さん勢いで、所沢勇気は憧れの女性が乱れる姿を見つめていた。
「もう、ダメだ。殺害方法とか、もう、どうでもいい。殺す。殺してやるッ、沢木、沢木ィィ」
がりり、ドアを引っ掻いた爪がはがれる。
血が噴き出すが彼にはどうでもいいことだった。
武器を手に入れないと。殺さないと。鈍器で殺すよりも確実に、そう、確実に死んだのが分かる殺し方がいい。出来れば、忌引光葉の目の前で、沢木修一が死んだことを、そして誰が殺して忌引を沢木の呪縛から解放したのかを知らせるために。
ふらふらと、所沢は去って行く。既に覚悟は決まっていた。
殺す時間今直ぐでも良かったが武器が欲しい。
納得のいく武器を購買に探しに行ったが、納得のいくモノが無かった。
でも、もうそんなことにこだわる意味もない。
だから彼は、家庭科室へと歩を向けた。