手放した友情
「そんな……清ちゃん……」
へたり込む井筒。
腕に掛かる体重が無くなったため、屋上の縁から遠ざけられた賀田も青い顔で右手を見つめていた。
自身の右手にかかっていた及川の体重が、消えてしまったことを信じたくないように、彼女は俯き、震え出す。
井筒に声を掛けることもなく、誰に語りかけることもなく、賀田天使は一人屋上から立ち去って行った。
「及川の奴、本当に犯人だったんだな……」
「しかし、沢木や木場でも推理しきれないときってあるんだな」
「それは、私達だって万能じゃないし、小説の中の名探偵じゃないのよ。現実問題都合よく相手を追い詰める証拠が出てくる訳じゃないし、現状ある証拠だけでは追い詰められない時だってあるわ」
「クソ、また死んだか……」
「大門寺サン?」
「明奈、行くぞ」
「あ、うん」
「中田、日上、十勝。話がある。1班のみでの話だ」
「え? あ、はい才人様。でも日上さん6班ですが?」
「日上もだ。悪いけど沢木、宿直室借りるぞ」
「え? お、おう。既に女子に占領されてるから俺の許可とか要らないぞ」
大門寺と最上が立ち去り、小川とその取り巻きが去って行く。
私、もうどうでもいいんだけどなぁ。と十勝が困った顔をしながらも付いて行った。
そして、足立と田淵が。
貝塚と原が。
去って行くクラスメイトに感化されたように山田、坂東、榊、所沢、壱岐が去って行く。
「わ、私、私が悪いのに……なんで……」
残ったのは井筒、その周りに俺と光葉、木場の三人だ。
正直居たたまれないのだが、井筒を一人ここに残してしまうと自殺しそうなので一人残して図書室に向かうことも難しい。
「さて、次は……私達の班かしらね?」
「はは、一番の死体候補は俺ってか? マジやべぇよ木場えもんどうしよう!?」
「だから何よその木場えもんって。せめて実乃里と呼びなさい修一」
「光葉さん、クール系ストーカーが名前呼びを強要してくるのですが」
「ん」
光葉は既に木場に丸めこまれているので俺が泣きついても木場の方を立てて来る。
どうやら俺の味方は既に居ないらしい。
「しかし、及川さん、結構頭良さそうだったから探偵役やったらかなり凄かったかも。惜しいわね」
「人、殺したら、ダメだと思う」
言葉にするまではまだいい。だけど実践するのはダメだ。
光葉の言葉に心の中で頷いて、空を見上げる。
虹のたゆたう空は未だに晴れ渡る気配は無い。そもそもこの隔絶空間から脱出しない限りは青空を拝むことはできないだろう。
「ところで修」
「え? あ、俺のこと? ってか木場、なぜ沢木でも修一でもなく修?」
「あら、その方が仲が良さそうじゃない? でね、気になったんだけど……」
「仲が良さそうって……まぁいいや。で、話の続きは?」
「女子トイレに人影見たって言ったじゃない。もしそれが本当だったとして、一体誰だったのかしら?」
そう言えば、俺達が来た時には皆が屋上に来ていた。
つまり、俺たち以外にトイレに向かうような人物はいなかったことになる。
「もしかして俺、シックスセンス発動させてスマホ見つけた?」
「それは無い」
あ、光葉さん鋭い突っ込み。
でもちょっと心に刺さったよその間を置かない鋭すぎる一撃は。
「一人だけ、可能性がある人物はいるでしょ? 死んだかもしれないけど、死体を見つけていない人物」
「……大河内? でも、奴がなぜ俺たちに女子トイレのスマホを教える?」
「アレがなければ及川さんだとは分からなかったんじゃない? 彼としても犯人が分からないと自身の呪いが遂行できないと考えた、とか?」
それは確かにそうだ。
アレがなかったらそもそも未だに夕食後か昼食後かで迷っていただろう。
それに、井筒が問題発言をして俺が賀田と及川に殺されてた可能性は高い。
そう思うと、ぶるりと震えが来る。
自分自身も綱渡りだったらしい。
マズい。これからも気を付けていかないといつ死亡フラグを回収してもおかしくないんじゃないのか?
常に自身の命が狙われていることを念頭に置いとかないと、俺がヤバそうだ。
「井筒、そろそろ、下に行こう」
「……うん」
及川については大門寺達がやって来て遺体を回収し、桜の木の根元へ運んでいるのが見えた。
彼らに任せておけばいいだろう。
にしても、いつの間に墓掘ったんだろう。気のせいか全員分掘られてる気がするぞ?
いや、まだ途中のもあるか。
力無く立ち上がった井筒を木場と光葉が背中を叩いて励ましながら屋上を後にする。
そして最後に、俺が……?
眼をこする。
気のせいか、今一瞬、空間が揺らめいたような……?
「修、どうしたの?」
「ああ、すぐ行く」
木場に促され俺は屋上を後にする。
今のは気のせいか? それとも……
まだ、検証の段階だが、もしかしたら……ありうるのだろうか?