重い愛
「ねえ百合野、やっぱりドレス作り直さない?」
「いやです。だって私、あれが着たい」
前にも同じことを聞かれて、同じように答えて、それを慎さんも納得していたはず、なのだけれど。
結婚が本決まりになるやいなや、慎さんは終わったはずの話をまた持ち出してきた。
「ね? 言ったでしょ、『ネチネチ』だって」
アトリエへ遊びに来ていた神田さんが二人のやり取りを聞いて、呆れたように言う。
「とにかく、このお話はもうとっくに済んでいるんですから、これ以上蒸し返すのなら怒りますよ」
私が笑顔で脅すと慎さんは「分かったよ……」としょげてしまった。でもここで譲歩はしないと心を鬼にする。
でも、『分かったよ』と言ったくせに、慎さんは尚も食い下がった。
「だったら、何かひと手間かけるくらいは、いいだろう?」
「ひと手間?」
思わず聞き直すと、神田さんがおかしそうに笑う。
「雪下、『せめてドレスにスワロフスキーを散りばめさせて欲しい』とか言いそうだわー」
声色を上手に真似たツッコミ。そんな風に言われるといつもは怒ったり困ったりする慎さんが、今日は真顔になって「……いいな、それ」と呟いた。
「片思いでいた年月の数だけ散りばめてみるか……」
「……ちょっと待って雪下。私今の冗談で言ったから。お願いキモいからやめてほんとに」
若干引き気味で諭す神田さんの言葉がまるで聞こえていない様子で、慎さんは「一一年かける三六五日で四〇一五粒……」と電卓も使わずにすらすら諳んじて、神田さんを「愛が重い……」とさらに怖がらせていたけど。
「慎さん、だめですよ」
私が言うと、ぱっと振り向いた。
「お気持ちは嬉しいけど、無駄遣いはしないでください」
「無駄じゃない」
「でも一日しか着ないものです。それに、ほんとにこのままがいいんです、私」
これ以上飾り立てる必要なんてどこにもない。せっかくシンプルで美しいのに。
そう言った私に、神田さんも「そうよーそれに四〇〇〇粒も付けたら百合野ちゃんが重くって大変じゃないの」と、そう援護射撃してくれたおかげでなんとか免れた。
――はずだったのだけれど。
「だからネチネチだって言ったのよ」
結婚式の後再び控室を訪れてきて、あいつがあれで大人しく引き下がる訳なかった、と何故か納得している神田さん。
この日、ドレスを纏った私の胸元を飾ったのは、スワロフスキーをあしらったブローチ。
だけでなく。
ヴェールもガーターベルトもリングピローも髪飾りもネックレスもイヤリングも、私に黙って慎さんが作ってくれていたと聞かされたのは、すべてを作り終えてから。それよりも前に行ったウェディングプランナーさんとの打ち合わせでは『用意してあるので』とだけ言っていたから、てっきり仕事でお付き合いのある業者さんや作家さんにお願いしてあるのだと勘違いしていた。
その後、『これ』と見せられた品々は、当たり前だけどどれもドレスに馴染んで、一目で気に入ってしまった。――一目で、慎さんの手によるものだと分かってしまった。
たまに、『作業が立て込んでいるから』とアトリエで泊まり込みの日があった。きっとその時に作っていたんだ。そうでなければ、ちょくちょくそこを訪れる私の目に触れてしまうから。
「結局また寝不足にさせちゃいました……」
「いいんじゃない? あいつが好きでやったことなんだし」
神田さんはやっぱり、容赦がない。その上、私にまでやっぱり容赦がない。
「それはそうと、今晩からしばらくは二人とも寝不足ね、新婚さん♡」
「……ウインク付きで言われたって、セクハラっぽいですよ」
「あっやだ百合野ちゃん、その言い方アイツにそっくり!」
慎さんとのお揃いはどんなものであれ嬉しい。なので、その言葉を素直に噛み締めていたら。
「もー、すぐそんなんで喜んじゃうんだから……」
神田さんが何故か、赤い顔してた。