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贈り物

 ノベルティにしようと思ったけど原価率を考えてやめたもの、とか。

 試作品なんだけどよかったら、とか。


 こうなる前から、慎さんは私に小さなプレゼントを色々と贈ってくれていた。


 小学校から私立のエスカレーター校に通っていたから、いわゆる受験勉強に明け暮れた経験は殆どない。そのかわり、進級と進学の確約を得るために定期テストで悪い点を取る訳にはいかなかった。

 本当なら高校だって公立へ通うという選択肢もあった。けれど、父は『百合野を今のまま大学まで通わせるくらいは出来るから、そんな心配をするんじゃない』と笑ったので、――それが無理に拵えたものだとしても、父が望むのは『今の私の学校生活を崩さないこと』だと分かったので――、私も『はい』と答えるだけだった。

 学費が免除になる奨学生を狙えるような賢さはない。ならば、せめて成績のことで心配させないように。そう思えば思うほど学校が放課後に行っていた補習だけでは足りないような気がして、家での自主学習はつい根を詰め過ぎてしまいがちだった。苦手な教科の苦手な分野がテスト範囲に含まれている時などは、特に。

 そんなある日、いつものようにアトリエへお邪魔した私に「眠ることも大事だよ」と渡されたのは、シルクの布で作られたイチゴミルクのような色合いのアイマスク。

「……このところ、青白い顔をしているから、無理をしないようにね」

 そう言って頬に伸ばされた手は触れる直前で動きを止め、そのままテーブルに置かれたアイマスクへと向かう。差し出されたそれを、受け取らない理由はもちろんなかった。

「……ありがとうございます」

 心の中でせめぎ合うもどかしさと嬉しさ。その片方(もどかしさ)を押し殺してお礼を口にすれば、慎さんは優しく笑った。


 アイマスクと慎さんの言葉の効果は絶大で、それ以来睡眠を削ってまでの無理はすっぱりとやめた。かわりに、教え上手なクラスメイトに解き方を請うたり、苦手な教科の先生の所へ足を運んだり。相手の時間を割いてもらったのだからと気持ちを奮い立たせて集中して取りかかると、なんとか『自分の中での合格点』はキープできるようになった。


 寒い時期になると、慎さんは『風邪を引いてはいけないから』と、お揃いの手袋とマフラーを作ってくれた。こちらが恐縮しないようにだろう、「ちょうど時間があったから久しぶりに編んでみたけど、案外忘れていなかったよ。でも、編み目が揃ってないのは見逃して」とおどけて私を笑顔にすることも忘れない。


 そうやって慎さんが手渡してくれるものは、いつだって『物』だけではなかった。

 勇気。平常心。維持し続ける力。

 私をかたちづくるとても大切なものが、贈り物の中にはぎゅっと詰まっている。


 内部進学の試験前には、お手製のお守りを「百合野ちゃんなら大丈夫」という言葉と共に手渡された。高校の時も。大学の時も。

 これ、中には何が入っているんですか。

 聞きたくて、聞けなかった。

 お守りは暴いてはいけないもの。だから、思いが通じた今も、聞かないままでいる。

 ――少しくらい、内緒ごとがあってもいい。


 今となっては、隙あらば贈り物をしてこようとする慎さんより先回りしてお断りするのが私の大事なお仕事だったりする。でも。

「あんまり強く言うとしょげてしまうので、かえって悪いような気がしてしまって」

 神田さん相手にカフェでそうこぼすと、大笑いされてしまった。

「贅沢な悩みね」

「……ですよね」

 ちょっと前までの自分が聞いたら卒倒するか激昂するかといった状況だ。でも、これはこれで切実な悩みで。

 思案していた私に、笑いすぎて出た涙を拭きながら神田さんが教えてくれた。

「いっこ、百合野ちゃんに教えてあげる。あいつはず―――――――――――っとあなたを狙ってたネチネチ体質なんだから、そうそう簡単に凹んだりしないわよ。案外丈夫なの。どうせ百合野ちゃんが本気で嫌がることはしないんだから、言いたいことがあったらバンバン言っちゃいなさい」

 ――問題は、贈り物されるのが『本気で嫌』ではないということだ……。

 慎さんが私に何かをプレゼントしてくれるのは、嬉しい。それでも、一つ屋根の下に住んでいて、大学卒業後の結婚だって約束していて、歓心を買うための贈り物なんて本来無用だ。しかも数が多すぎる。


 どうしたらいいだろうか。

 考えて、うーんと考えて。そうして導き出した答え。


「贈り物はもうたくさんいただきましたから、これからもらうのは慎さんからのキスがいいです」

 その宣言を言い切る前に、もうキスを見舞われた。

 そして結局、贈り物の嵐は止まなかった。


 後日神田さんに「贈り物をやめてもらうのは、無理みたいです」とこぼすと、また大笑いされた。


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