腐れ縁の杯(4)
しばらく自分の手を見ながらタバコを吸っていた真一は苦笑しながら顔を横に振った。
「まあ、優しいってことだけで生きていけるならいくらでも優しくなれるだろうけどよ… この世界って簡単に戦闘が起こるし、人は殺しあう。もちろん、前の世界で殺人がなかったわけじゃねえが、少なくとも日本じゃ殺さなくても生きていくことはできたろ?敵も味方も簡単に殺しあうこんな世界がしっくりくるような俺ってのは… 優しいわけじゃない。」
「でもよ、やらなきゃやられる。わかってても俺や公彦は最初に手を出すことにすら躊躇ってた。お前は仲間のために躊躇わなかった。俺から言わせりゃ、優しくはないにしろお前はすげーと思うぜ。」
「…ふん、こんなことを酔って愚痴っちまった。これだけでも十分年喰っちまったと思うし、酔うほど飲むとはな…」
「ふふ、見た目は若くなったけど真一君が今までと変わりなさそうでよかったよ。僕も武も結構気にしてたんだよ?真一君が見た目と同じで気分も若くなってて僕達だけおいてきぼり食らったらどうしようか、とかね。」
公彦の話を聞いた真一は雰囲気が戻りケラケラと笑った。
「なんだよ。死ぬまで三人一緒のつもりか?どこまで連れなんだよ。そこまで一緒だと嫁さんよりも付き合い長すぎてこえーよ。」
一度、言葉を切り真面目な顔に戻った真一は武に向き直った。
「さっきも言ったように今回の魔族領の調査は要だ。だけど、ぶっちゃけ危険もあると思う。それは魔族と人族が歴史上初めて同盟を組むってことに対して反対の奴らがいる。そして、そういう奴らの中にロキやリーゼとは違う魔族領のトップに類する奴らがいたら自分達の手を汚さずに調査に来る奴。そいつを消す方向で動く可能性がある。」
「…確かにありえるな。」
「…うん。」
「だが、ここで反対する魔族達に対して二つのモノを用意してやるんだ。」
「「二つのモノ?」」
「『理』と『利』だ。」
「「リとリ?」」
訳がわかってない二人に対して真一はテーブルの上に文字として書き見せた。
「『理』と『利』。まず、魔族と人族が手を同盟し手を結ぶそれがどういう理を生みだすか。それとどういう利点があるのか。簡単に言えばこの二つ。ただ、この二つがあればロキとリーゼの敵対者達も考えむはずだ。逆に考えないのは相手にせずに…殺せ。単細胞が国のトップにいるほど面倒なものはない。」
そんな説明をする真一を見ながら武と公彦は顔を見合わせ苦笑した。そんな二人を見て真一は首を捻った。
「ん?説明わかりにくかったか?」
二人は真一の顔を見直すと首を振った。
「いや、説明はわかりやすいんだけどよ…」
「さっきまで殺しがどうの~って話してた時の真一君と雰囲気や台詞が全然違うと思ってね。」
言われた真一は納得し頷いた。
「ここで悩んだら武が死んだり、判断をミスするかもしれないからな。そんなことになればあとで後悔することになる。何かに悩んで立ち止まるのは悪くないが、立ち止まった自分に他の人がぶつからないようにしないとな。」
真一が話すことがわかったのか武と公彦は表情を引き締めると頷いた。
「…お前、学生時代からそういう爺みたいなところあったよな。変に落ち着いてるというかなんというか…」
武がニヤッと笑うと目を合わせた真一もニヤッと笑った。
「お前が苦手にしてた宮城谷昌光先生の歴史小説読んでたら自然と落ちついて考えるようになったんだよ。」
「でも、真一君って落ち着いて考えすぎて仕事中怒られたこともよくあるって嘆いてなかった?」
「あれは俺が考えるの遅いだけで、考え方は悪くない!…多分、きっと… 恐らく?」
真一の語尾が弱々しい表現と強さになっていくのを聞いて武と公彦は笑い出した。
「まあ、いいさ。でも、絡んでくる魔族ってのは容赦なくやっていいのか?」
「構わん。ロキとリーゼには昼間に了解もらってある。」
「話早いな!」
「話を掻い摘んで話したら逆に二人共喜んでたぞ。そりゃあそうだろう。反対派の説得とかってのが一番面倒なのに、それを俺達人族側が出張って処理してくれるし、邪魔な奴は処理するって言ってんだからな。」
「…でも、その処理するのは武だよね?」
公彦の返事を聞いた真一は笑った。
「おいおい、武じゃないぞ?」
「「え?」」
「魔族領を調査する奴が処理するんであって、武とは限らない。限ってしまったら武に拒否権がないだろ?武に申し訳がないじゃないか。」
「っぷ、くくく…」
「お、おまっ…!散々勝手に任せて脅して、説明して… しかもさっき反対派に対してどうこう言ってる中で俺とまで言ってたのに、そこまで言われたら断れねえだろうが…」
「や、断っていいよ?」
顔文字で・w・というような表情になった真一は武に向かって言うと公彦は腹を抱えて笑い出した。
「ちょ、真一君。その顔やめて!!お腹痛い!!顔痛い!!あははははは!!!」
武は頭を抱えて苦笑し、真一はその顔のまま、公彦は大爆笑。
そんな公彦の大爆笑によって寝ていた五人は起きだした。
起きだした裕子が頭を抱える武へと寄り添い心配した。
「武さん、体調悪いの?大丈夫?」
その言葉を聞いた真一は思わず噴出しそうになり、公彦は止み掛けた爆笑が再度起こった。
他の四人は首を傾げながら真一と公彦を見るが二人共笑いを堪えるのに必死で何の説明もできない。
そんな中で、武は心配している裕子の頬に片手を添えて自分の隣へ座るよう促した。
「あ~、裕子。新婚旅行なんだけど、仕事のことも兼ねて魔族領一周の旅ってのは…ダメか?」
裕子は驚いた顔をしていたが、次には花の咲いたような笑顔となった。
「ううん、私は武さんが一緒ならどこでも大丈夫だよ。」
「そっか。悪いな。」
「大丈夫だってば…」
武と裕子が二人の世界を作り始める中、それを見ていた真一と公彦は顔を見合わせた。
「…おい、公彦。あれ、誰よ?」
「僕の目がおかしくなってなければあれは武に見えるね。」
「や、どうやら俺の目もおかしくなったらしい。俺の目にもあれが武に見える。」
「この世界に眼科ってあったっけ?」
「ないから、俺が魔術で回復させてみるか…」
「ああ、悪いけど僕にも頼める?ありえない光景が写るなんて何か悪いものでも口にしたかな…」
「こっちには粉やらキノコやらって系統はないと思ってたんだけどなぁ…」
真一と公彦のやり取りが聞こえていた武は裕子から顔を二人へと向けると低い声で唸った。
「てめえら、俺をなんだと思ってやがったんだ。」
「独身貴族。」
「女性の心知らず。」
「天上天下唯我独尊男。」
「遊び人。」
「プレイボーイ。」
「あと…」
「もうええわ!」
そんな三人のやり取りを見ていた裕子だが、恐る恐る真一と公彦を見ていたがしばらくすると二人に対して頭を90度折り曲げ挨拶した。
「えっと、改めまして今度武さんと結婚することになった日高… 神田裕子です。よろしくお願いします!」
真一と公彦は体を真っ直ぐにし、裕子に対して同じく90度折り曲げた。
「武と幼稚園児の頃からずっと腐れ縁の真田公彦です。よろしくね。」
「俺は二人と16から付き合いが始まった田中真一です。よろしくお願いします。…それにしても、武。よかったな。もう神田って言ってくれてるぞ?」
真一が後ろで顔を赤くしている武に笑いかけると武は言葉に詰まり次の瞬間に咽た。