腐れ縁の杯(1)
真一が落ち着いたあと、事情を聞いた武は叫んだ。
「おい、俺は冤罪じゃねーか!!」
そんな武を半眼ジト目で見ながら真一は腕組みをした。
「…誰が最初にあんな台詞を教えたと?」
ギギギと音が聞こえてきそうな動きをしながら武は顔を背け指で頬をコリコリと掻いた。ちょうどそんな時に家の扉がノックされ三人は動きを止め注目していると、クオに誘われ扉から入ってきたのは武の婚約者である裕子だった。
「こんばんは… あの、武さんが私をお二人に紹介されるということだったのでお邪魔します…」
真一と公彦はお互いに顔を合わせると二人共首を横に振った。つまり、これは武のサプライズだったのだ。
真一はクオの顔を見ると何も言わずに頷き立ち上がった。
「初めまして。って、言うのもおかしいかな?召喚された時には一応全員で自己紹介したし、魔力操作の練習の時なんかも同じ部屋にいたしね。」
肩をすくめるようにしながら苦笑するとその言葉に少し緊張をほぐされたのか、裕子は強張った表情を崩し少し笑った。次に公彦が立ち上がった。
「そうだね。えっと、日高さんだっけ?本当に武でいいの?僕は幼馴染だから知ってるけどこいつ凄く生き方も考え方も何もかもが適当だよ?日高さんみたいな真面目な子が結婚するって聞くと騙されたんじゃないかと心配になっちゃうんだけど…」
その言葉を聞いた武は慌てて公彦に掴みかかった。
「お、おい!裕子には変なこと吹き込むなよ!?」
武と公彦がじゃれている横で真一は笑いながら裕子に話しかけた。
「ところで日高さんはここには一人で来られたのかな?既に夜となっているのにローブを着こんでいるとはいえ、一人でここまで来られたなら心配するんだが…」
真一が眉間に皺を寄せジロリと武を睨むとそれを見た裕子は慌てて否定した。
「いえ!あの、ここへは幼馴染の愛ちゃんが一緒に来てくれたんです…」
「え?もう一人?…どこ?」
「えっと、それが…」
裕子の返答に辺りを見回してみたがもう一人の女の子の姿が見えないので真一が首を傾げていると、突如として扉が開いてクオが飛び込んできた。
「し、真一様!助けて下さい!!」
一緒に暮らし始めてクオがここまで狼狽した姿を見たことがなかった真一はその姿を見た瞬間、すわ強盗か何かかと思い、頭の中で色々と戦闘方法を考え出したのだが続いて入ってきた人影を見て驚いた。
「ちょっと、クオ君!?普通、男が女の子に言い寄られて助けを求めるなんて聞いたことないんだけど?」
少し呆れたような声を出しつつ、裕子と同じローブを着込んだ佐藤愛子その人がそこにいた。
突然の展開に真一・武・公彦は思考が停止し、三人で顔を見合わせた。
「…おい、真一よ。お前さんの大事にしてるクオの貞操の危機じゃないのか?」
「危機というか、思いきり『言い寄る』って… えっと… 愛ちゃんさん?が言ってるけど?」
「…」
武と公彦が真一に声を掛ける中、真一は腕組みをし手を顎に持っていくと真面目に考えた。
(う~~~~~ん… クオが好く相手なら誰でもいいとは思ってたけど…)
チラリと見ると、愛子は真一の視線に気付き目を合わせパチッとウィンクをきめてきた。
真一が目を丸くしていると愛子は次に拝むようにしながら少し頭を下げてくる。
その姿を見た真一は吹き出した。
「っぷ、あははははは!!えっと、佐藤さん… だったっけ?クオを気に入ったの?」
愛子はうんうんと頷いた。
「そう!格好良いだけじゃなくて素敵だと思うから付き合いたいの!」
その言葉を聞いて真一は目を鋭くした。
「失礼な言い方しちゃうけど、弄ぶようなことはしないでね?男の子だけどクオは可愛がってるんだ。意図的に傷つけるようなことすると女の子相手でも俺は怒るよ?」
「そんなことしないし!いたって真面目だし!」
「この子は元奴隷だけど?」
「そんなの関係ない!」
「…クオの結婚相手はクオが好いた相手なら誰でもいいと思ってる… ってか、変な貴族の女なんかに引っかかってほしくないと思ってたんだけど…」
「私が奥さんになる!ううん、させてください!」
「クオが好いたらって言ったでしょ?だから、クオを惚れさせたらいいよ。」
「え!真一様!?」
愛子と真一が話を進めていくと話を聞いていたクオが慌てだした。
そんなクオに真一は手を伸ばすと頭をポンポンと軽く撫でる。
「クオ。お前は既に奴隷じゃない。にも関わらず良い年齢なのに俺に仕えるだけでどうする?俺よりもお前くらいの年の奴が女性と縁がないなんておかしいからな?」
真一が笑いかけるとクオは苦笑した。
「一度奴隷になったとき、もう縁がないと思ってました。買ってくださったのが真一様でなかったらやはりなかったと思います。」
「でも、実際は俺が買って自由となった。だから、考えなさい。お前自身の幸せな未来を。」
「…はい、ありがとうございます!」
お礼を言うクオを真一が少し強めに押し出すと、クオは踏鞴を踏みながら愛子に倒れ掛かるように抱きついた。それを見た武・公彦は囃し立て、部屋にはナターシャとセシリーまで来てお祝いの言葉を述べ始めた。そんな賑やかな部屋の中、当の本人のクオは必死に叫んでいた。
「わ、私が愛子さんを好いたらですよね!?ですよね!?まだ、違いますよね!?」
慌てながら愛子から離れようとするも愛子は抱きついたまま離さず、そんな様子のクオを見た他の者達は更に笑いに誘われた。




