呼び捨て
ロキが指差した町の位置を確認しながら頷く真一とその横で武と公彦が一緒になって眺めていたが、ロキとリーゼロッテが周囲の目を気にして落ち着きがなかった。そのことにようやく気付いた公彦が真一の肩を叩き目線でロキとリーゼロッテを示すと二人の様子にようやく気付いた真一は声を掛けた。
「…すまん、気が付いてなかったけど何か問題でもあったか?」
声を掛けられたロキは意味がわからず首を傾げた。
「え、問題は特にないけどなんで?」
「や、お前ら二人共やけに落ち着きがないからどうしたのかと思ってな。」
「あ~ ほら、人族のみんながやけに注目してるからその… 視線が気になってね。」
言われて真一達が辺りを見回すと休憩所にいる者達のほとんどと目が合った。
「…確かに、この視線に気付くと落ち着かないな。」
真一が苦笑しているとジュリウスが話しかけたきた。
「すいません。なにぶん人族には魔族の領地の地図の情報などは何も渡ってきていなかったのでつい…」
言葉だけでなく、ロキとリーゼロッテの二人に頭を下げ丁寧に謝罪した。それに習いレオナルドも頭を下げた。それを見た周囲の兵士達も慌てて椅子から立ち上がり方膝を付き頭を垂れると逆にロキとリーゼロッテが両手を振ってますます慌て出した。
「そこまで謝られると俺たちが悪いみたいだから気にしなくていいよ!」
「うんうん。私もロキちゃんも堅苦しいの苦手だからやめて~」
それを聞いた真一はケラケラと笑い出した。
「ぉ、どうやら魔族のお偉いさんは丁寧に謝られるのが苦手らしい。俺達も頭下げようぜ。」
「真一?悪ふざけしてると殴るよ?」
「俺だけ扱いが酷え気がする。」
「俺をからかうから悪いんだよ。ほら、レオナルドも頭上げろよ。」
真一とロキの軽いやり取りを聞いたレオナルドが頭を上げるのを最初として徐々に人族の者達は頭を上げていった。全員の頭が上がったのを見た真一は改めてロキに話しかけた。
「しかし、土地情報まで秘密だったってのはどういうことなんだ?俺はてっきり俺達、召喚された者達だけ知らないでジュリウスさん達は知ってるもんだとばかり思ってたぞ。」
ロキは肩を竦めると首を横に振った。真一に対して返事をしたのは横に居たリーゼロッテだった。
「魔族は魔族で色々と昔からの伝統みたいなのがあったから秘密のことも多いの。この地図も現在の様子はこうだけど、ここで見せたことを知らせたら人族嫌いの魔族なんかは町ごと移したりするかもしれないし、私達からも姿を見せなくなるかも知れない。逆に過剰反応を示して攻撃してくる子達もいるかもしれないから他の種族に地図を公開すること自体慎重にならないといけないんだけど…」
「もし仮に襲われたとしても真一なら襲ってきた魔族を追い散らせるだろ?」
リーゼロッテが大体の事情を説明し、それを補足するように最後の一文をロキが顔をニヤリとさせて言うと真一は頷いた。
「まあ、確かに襲われてもなんとかなるとは思うけど…」
「俺はあんまり気にしてないんだけどさっきリーゼが言ったように魔族にも昔から伝わってることも結構多いんだ。しかも神族・魔族は人族を攻撃しない。不可侵条約を結ぶ… っていうのが、古代勇者との取り決めで決まったことだったしね。地図情報知られたから過剰反応起こす魔族がいるかもしれないし、いないかもしれない。いたとしても多いかもしれない少ないかもしれない。俺達歴代の魔皇帝も予想が付かないことが多い不安要素たっぷりの事項を神族・魔族に襲われたらあっさり死んじゃう人族に公開するのは余計な揉め事や悩みを抱え込みそうだから公開する気もおきなかった。俺は前魔皇帝からそう聞いたよ。」
ロキの言葉を聞いた公彦は首を傾げながら顔の横の高さまで右手を挙げた。
「質問。ロキさんやリーゼロッテさん、他のキンバリーさん達は古代勇者とのやり取りというか取り決め?っていうのを遵守してくれてるみたいだけど、守らない人もいるんだよね?それに魔族だけでなく神族も同じだよね?でも、この前の3族会議だとあの神族の代表の人とかいきなり会議中から襲ってきてなかった?」
その言葉にその場にいた全員がロキとリーゼロッテを見るとロキが少しウンザリした顔で首を振った。
「知っての通り人族、神族、魔族って大まかな3族に分かれてるけどその中でも何種族も分かれてるだろ?それらの種族の違いでも考え方が違ってたりするからいちいち全部の種族の考え方なんて理解もしてないし、それを説明もできやしない。ただ、俺の考え方は『想像もつかない責任』ってのは背負いたくないから古代勇者との取り決めを守る方向なだけだよ。長い間守ってきたことを破ったらどんな面倒が起こるか考えるだけで面倒なのに想像もつかない責任なんて冗談じゃないよ…」
それに対して公彦は首を傾げた。
「でも、それにしては人族との同盟だって魔族と人族の歴史上初めてなんでしょ?それに地図を公開するのも…」
「だからさっきも言ったろ?真一なら揉め事起きても多分大丈夫だと思うからだってば。」
「あ、なるほど…」
「って、おい。そこで俺なのかよ…」
公彦が納得し、真一がつっこみを入れているとロキとリーゼロッテは二人してニヤニヤと笑いながら真一を見てきた。
「俺とこいつは昔、魔皇帝を決める大会の決勝でやりあったのをきっかけとして仲良くなったんだけど、お互いちょっと似てるところがあってさ…」
「私達ね。弱い人は嫌いなの。」
「真一は力を示した。それも大軍に対して圧倒的な力を。それに武と公彦もまだ未知数な部分が多いけどそれなりには力がありそうだと思う。それこそ下手な魔族よりもずっと強いと思うくらいには力を見せてくれた。召喚された者達の中で他にも力がある奴がいるかもしれないけれど、とりあえず俺達は三人を見て三人は信用することにしたんだ。」
「力は正義なのよ~」
そこまで黙って聞いていたレオナルドは頷いた。
「なるほど、やはり真一が要か…」
その場の一同が注目すると真一は顔を引き攣らせながら首を横に振った。
「お前ら、これ以上俺に何を期待するって言うんだ… でもまあ、ロキやリーゼロッテ達が俺達のことを信用してくれてるなら…」
「リーゼ。」
真一が話している途中でリーゼロッテが口を挟んできた。
「え?」
「私のことはリーゼって呼び捨てにしてね。ロキちゃんもそう呼んでるし、親しい人にはそう呼んでもらってるから、真一さんもそう呼んで。」
笑顔でそう言うリーゼロッテに対し、真一は少しの間黙っていた。
「でもまあ、ロキやリーゼロッテ達が俺達のことを信用してくれてるなら…」
「リーゼ。」
再度発言を止められた真一が泣きそうな顔をしているとロキが笑い出した。
「ああ、真一?リーゼのこういう時って言っても聞かないから諦めたほうがいいよ?」
それを聞いた真一は苦虫を噛み潰した顔をしながら小さい声でぼやいた。
「…呼んだら地雷を踏む気がする…」
なぜか鋭い視線を婚約者達のいる方向から感じる真一は冷や汗を流し始めたのだが、誰も何も言ってこない。そう。その場にいる者全てが何も言ってこない。そして、この場で現在笑顔なのはリーゼロッテと笑い転げるロキだけだ。
「ロキやリーゼ達が俺達のことを信用してくれてるなら、俺は俺で今まで考えてた構想の次の段階のことをやらせてもらおう。」
真一がそう言うと武と公彦を始めとして何人かが溜息を吐くのが聞こえた。




