平和な日常(2)
手続きに時間が掛かると思っていたにも関わらずかなり早くに呼ばれた真一が小首を捻りながら広場へ行ってみるとそこには汚らしい格好をした者が大勢いた。その者達はそれこそ種族も関係ない集まりで、ただ自分と同じ立場の者が集められたことだけは理解しているといった表情をしている。
「さすがに色々な種族がいるな…」
そんなことをぼやいていたら後ろから肩をどつかれた。振り向くと、そこには商人っぽい人物が立っている。知り合いではないし、自分に用でもあるのか…?と考えた真一はそこで気付いた。
「ああ、奴隷商人の方か?」
真一がそう言うと肩を叩いてきた人物は目を怒らせながら怒鳴ってきた。
「おら、奴隷が歩き回るな!奴隷は全員魔王の一人に買われたんだから大人しく広場で新しいご主人様の到着を待ってろ!」
「…は?」
「…なんだ?耳が悪いのか?それとも言ってる意味がわかってないのか?ったく、どこの商品だよ。この愚図が…」
奴隷商人はもう知らんとばかりに首を横に振りながら歩き去っていった。
そして、その場には状況の把握ができていない真一が一人残されている。
「ぷっ…」
噴出し笑われ、ようやく我に返った真一が向いてみるとそこには二人の奴隷が立っていた。
一人は髪の毛がボサボサであまり切っていないためか胸の辺りまで青髪の毛が伸びていて、前も後ろも長いため表情も見えないほどだ。隙間から見える目が笑っている。身長としてはあまり高くなさそうだ。もう一人も同じくらい髪の毛がボサボサで青髪なのだが、こちらは笑っている人物の後ろに隠れるようにしている。
「…やあ。どうかした?」
真一が気を取り直して話しかけると笑っていた奴隷は首を横に振った。
「いや、すまない。君も災難だな…と思っただけなんだ。あの奴隷商人は私達二人をこの王都で売ろうと連れてきたばかりでね。にも関わらず到着早々、奴隷全員購入なんて前代未聞のことが起こったからかなり腹を立ててたんだよ。」
「ふむ…?」
「そんな奴の前で君が辺りを見回してたから八つ当たりされたってわけ。」
「ほう…って、俺は奴隷に間違われたのか…」
「え、君は奴隷じゃなかったの?というか、奴隷じゃないのにそんなに汚い格好してたらそりゃあ間違われるよ。」
「や、なんかよく乞食だ、浮浪者だって言われたりするから、だんだん慣れてきたような気もする… 慣れたくないけど…」
真一が項垂れながらそう言っていると、今まで黙っていたもう一人の奴隷が真一と話しこんでいた奴隷の肩を叩いた。
「兄さん。いつご主人様が現れるかわからないんだし、お話してたらご主人様が怒るかも…」
おずおず…という表現がぴったりなような、そんな小動物みたいな反応をしながら笑っていた子に話しかけた。兄と呼ばれた奴隷は頷いた。
「そうかもしれないな。でも、こんなに大勢奴隷が集められてるんだ。購入したのがどんなお金持ちの魔王か知らないけれどこれだけいる中で僕が話してるのを見つけられないだろ。第一、他のやつらも喋ってるじゃないか。」
「そうかも知れないけれど、でも…」
後ろから会話を止めている人物がそれでも食い下がろうとしてるのがわかったためか兄の方は溜息を吐いた。
「わかったよ。そのご主人様が現れるまで大人しく黙ってるよ。その方が奴隷らしいっていうんだろ?」
コク、と止めていた奴隷が頷くと兄は真一へと向き直った。
「そういうわけですまない。君とお喋りできるのもここまでみたいだ。さっき話したとおり僕らはみんな売られた奴隷だから、もう二度と会うことも話すこともないだろうけれど間違えて連れて行かれないように奴隷じゃないならここから離れているほうがいいよ。」
そう言って手を振りながら真一の前から立ち去る。
一方的にどつかれ、笑われた真一はしばらく呆然としていたが、やがてトボトボと歩きその広場の壇上へと上がろうとした。すると、今度は兵士が声を掛けてきた。
「こら、壇上には人族の魔王様が到着されたら上がられるんだ。奴隷の者は魔王様の到着を待て。」
次の瞬間、兵士の肩を叩いた真一は笑顔で返事した。
「俺がその魔王だよ。文句あんのか、コラ。」
「わかったわかった。お前は魔王様だ。凄いな。じゃあ、離れておけ。ったく… こういう輩が多くて困る…」
どうやら真一と同じように人族の魔王だと言っては壇上に上がろうとする者が多いのか、兵士は真一をそのうちの一人と思ったようでまったく相手にもしていない。真一がどうやって魔王である証拠を見せてやろうか思案していると広場に来たジュリウスが話しかけてきた。
「…真一様、そこで何してるんですか?」
「え?」
間抜けな声をあげたのは先程真一を魔王と認めなかった兵士だった。
そんな兵士を尻目に真一は親指でその兵士を指しながらジュリウスに説明した。
「魔王と認められず壇上に上がるなと言われ、どんな手を使って魔王と認めさせるか思案中。」
ジュリウスはその返事で全てを悟ったのか兵士の方を向いた。
「…魔皇帝と同等に戦い、人族を認めさせた英雄を奴隷と間違えるとはどういうことですか。」
「…その前に奴隷商人にも奴隷の人にも奴隷と間違われたんだが… そんなに俺の格好ってみすぼらしいのかなぁ…」
ジュリウスが兵士に説教している横で白目を剥きながら遠い世界に旅立っている真一だったが、説教が終わったジュリウスに再度話しかけられた。
「先に私が壇上で声を掛けるので、その後から挨拶として壇上から話しかけてください。」
我に返った真一がそれに了承すると壇上にジュリウスが立った。
途端にその場が静かになっていく。
「私は人族の軍事顧問、ジュリウス。これからここに人族でありながら魔王と認められ、魔皇帝と互角に一騎打ちを繰り広げた先の戦闘での英雄、真一様が上がられる。これから皆の主人となる方なので注目するように。」
ジュリウスがそう言うと少しざわめきが起きるがすぐ静まった。
壇上でジュリウスが下で待っている真一を向いて頷くので真一は壇上へと上がり、声を張り上げた。
「私がつい先程紹介された魔王、真一だ!さっきジュリウスさんが話した通り、先日手柄をたてたため褒美の一環としてロキシード中の奴隷達、君達をもらった。実は先日の3族会議での結果、人族は歴史上初めて魔族と同盟を組むことになった。」
真一が同盟を組むことを話すると奴隷だけでなく、兵士達も初めて聞いた者達が多いのかざわめきが大きくなった。
「だが、そんな人族と魔族が手を取り合うことをよしとしない神族は邪魔をするため色々な手を打ってきた。3族会議中に人族と魔族を襲ってきたのもそうだが、先日王子が反乱を起こし軍まで興して王を攻撃してきた。あれもその一環である!」
再度、ざわめきが大きくなったので真一はそこで両手を上げて声がおさまるのを待った。
しばらく待ってようやく落ち着いてきたと感じた真一は再度話し出した。
「幸い王子を正気に戻すことはできたが、王子だけでなく、兵士達まで巻き込まれたのは言うまでもない。さらにはご家族同士で争うことになって気が気ではなかっただろう。話は逸れてしまったが、その人族で初めて魔族と同盟を組むことは快挙であり祝い事。王のレオナルドは奴隷の君達に対して恩赦を下された。」
「恩赦?」
「恩赦ってなんだ?」
「さあ?」
いくつかの疑問の声が上がる中、それを無視した真一は続ける。
「ただし、これから二年間!君達は二年という期間、この人族の魔王の元で働いてもらう。その期間が終わったら諸君は奴隷から解放する!!ちなみに恩赦というのは罪などを許すという意味合いで、今の場合奴隷から解放すること自体を恩赦としている。だから、みんな!二年!今日から二年だけ頑張ってくれ。」
真一が言い終えると広場は静けさに包まれた。
あまりにも静寂なので真一が焦りだし後ろを向くとジュリウスが目を見開いていた。
(…あれ?かなりまずいこと言ったか…? でも、もう言っちゃったからどうにもできねーぞおい…)
冷や汗を出しながら真一がそう思っているとジュリウスが近付いてきて耳打ちしてきた。
「真一様、奴隷は別に解放しなくていいのですよ?」
その言葉に真一は首を横に振った。
そして、小さく説明する。
「この奴隷解放は色々利点があるからするんですよ。後でレオナルドにも説明しますからその時に…」
「…わかりました。」
ジュリウスが離れ、真一が広場へ向き直ると奴隷の誰かが聞いてきた。
「…おい、ご主人様よ。二年ってのはホントか?」
「本当だ。」
真一が返事をすると他の者も聞いてきた。
「…嘘ではなく、本当に?」
「魔皇帝ロキと人族の王たるレオナルドこの二人に誓って本当だ。」
そこから徐々に歓声が沸いた。
その声を聞きながら真一は慌てて一つの事柄を追加した。
「それと!!確かに3族会議での結果、神族は今回敵対してはいる。だが!!」
再度静かになった広場に残りの言葉を続ける。
「魔皇帝ロキもレオナルド王も神族の民は敵とは思っていない。敵は我々を敵視してくる者達だけだ。なので、この場にいる魔族、人族の者達も神族だからといってこの場にいる神族を責めないように!!責める者は例外なく法に照らし合わせ罰する!これも誓約である!!」
壇上で言い切った真一が一息吐いて壇下へと降りるとそこには一台の馬車が待っていて、歓声が再度起こる広場を後ろに真一は乗り込んだ。




