取引
真一の問いを聞いたジャックは斬り付けるのをやめ、仲間達のうち何人かはこちらを見ている。
そんな中、ジャックがケタケタと笑い出した。
「操っているとは心外だなぁ。あくまでも我はジャック・メイソンであり、ずっとジャック・メイソンだ。そしてこれからもジャック・メイソンだ。肉体が死すまで…な?」
左右にフラフラと揺れている状態から剣をひきずりつつ近付いてきたジャックが、突如として走りこみ下から砂を撒き散らしつつ剣を斬り上げてきた。真一はそれを少し横に移動しながら砂も剣先も避けた。避けると同時に抜刀術にて斬り付けようとすると、ジャックはそれを受けようともしない。
(ッチ!気付いたら気付いたで、体のいい人質か!!)
刃がもう少しで当るところで真一は刃を止め、無理に刃を止めたことから今度は真一の体勢自体が崩れた。
そこへ笑みを浮かべたジャックが悠々と剣を振りかぶり斬りつけてきた。
「どうした?なぜ刃を止める?こいつはお前を毛嫌いしている。そして、本心からこいつはお前を殺そうと思っている。にも関わらずお前はこいつを殺さないのか?なぜだ?」
体勢を崩したところから連続でジャックが斬りつけてきた部分は全て避けきれず真一の体に無数の切り傷が増やされていく。そんな中、真一はまた聞いた。
「…お前は誰だ?」
「ジャック・メイソンだって言ってるだろ?」
真一は静かに首を横に振る。
召喚された時、初めて休憩所で会った時からずっと嫌われていた。
それはその後もずっと続き、ロキシードを出てクウェイに行く時には既に嫌悪の目から憎悪の目に変わっていたような気がする。だが、真一は覚えている。出会った時からずっとレディとよく似た双子の兄、ジャックはその目に燃えるような意思の強さがよく現れていた。自分自身が嫌われていたのはわかってはいたけれど、自分が持っていないその意思の強さと既に無くした若々しい行動力を目に眩しいものを覚えていた。今のジャックにはその燃えるような意思が見えず、その目にあるのは軽薄しか見えない。そしてこんな目付きをする人物には最近出会っている。
「古代勇者の一人だろ?」
その言葉を聞いたジャックは顔も体も動きを一瞬止め、次には破顔し顔を大きく歪めた。それは奇しくもジャック本人がしたことがないような表情でそれだけで別人を思わせる。入口付近でレオナルド達を囲んでいた城の兵士達にもこの声が聞こえたためか動きを止めみんなが真一とジャックを見ている。
「ずいぶんと勘がいいな。それとも何か特殊な力でも持ってるのかな?口調自体は本人ベースになるからそこからはばれないと思ってたんだが… あんたこそ誰だよ。」
「田中真一。今回、日本から召喚された一人だよ。で、こっちは名乗ったんだし先輩も名乗ってよ。あんた、誰?」
ジャックは少し上を向いて唸ると喋りだした。
「古代勇者の一人… なんだけど、名前か~ 長いこと聞いたことも名乗ったこともなかったから忘れそうだったな。佐藤博文っていうんだ。」
真一はふむと頷くと佐藤に話しかけた。
「それで先輩?自己紹介しておいてなんなんだけど、そいつは俺の連れの息子でね。いきなりだけど操らないで欲しいんだが…」
それを聞いたジャックも首を横に振った。
「久しぶりに現世に出てきたと思ったら後輩がいて、尚且つすぐ帰れって言われてもなぁ… 正直言って、帰りたくない。というか、やっと動けるようになったのにすぐ寝ろって言われてるのと同じだから嫌だよ。せめてこいつの人生くらい楽しませて欲しい。」
「…意味がわかるように言ってくれる?」
「言わない。操る方法やら解除するやり方を教えてくれって言われてるようなもんだ。言うわけないでしょ。でも、そうだな… 一つ教えてあげよう。古代勇者の半分ほどは死なない存在になって今もずっと生きている。もしくは眠っていて再度召喚されたら起きてくる。」
「その召喚ってのをされるまではどうなってるんだ?」
「死んでるのと同じだな。一度消し飛ばされると意識がなくなり、召喚されると意識が突然戻る。テレビの電源を切ったり入れたりするのと感覚は似てると思う。」
「自分自身が壊れないテレビになって、スイッチを入れてもらえるのを待つ身か… よくそんな身になったね。俺だったら絶対無理だ。」
真一が溜息混じりに言うと、ジャックは首を横に振った。
「…僕達もこんなことになるとは思ってなかったんだよ。どちらかというと騙されたっていう口だ。」
「誰に?」
「…創造神。」
「そんなのが本当に存在するの?」
「いる。古代勇者… つまり僕達はその創造神に出会って問いを投げかけられてみんな散り散りになったからね。気を付けるといい。奴は気まぐれで退屈なのが嫌いなんだ。」
「情報は助かるよ。それで、話は戻るけれどその子は解放してもらえないだろうか?」
「正直、問答無用で殺すとかそういうことを叫ばないし、会話もしてくれる… そんな君とは仲良くしたいんだけど… あ、そうだ。君に一つ頼みがある。それを聞いてもらえるならこの子を解放してあげよう。どうだろう?」
「…頼み事の内容次第。」
「僕はこの子の中に既に吸収されているのと同じで正直解放と言っても難しい。そこで、解放のやり方がないかとある人物に聞いてみて欲しい。」
「その人物の名は?」
「神話に出てくるゼウスっていう名前。本当はちゃんとした日本人だよ?だけど、その創造神とのやり取りの結果、ゼウスになったはず。彼に話を聞いてくれ。」
「先輩、それって神族じゃないの?」
肩を竦めたジャックは軽く笑う。
「だから頑張ってね。それと、その時までこの子の中から外を見せてもらうとしよう。時々、この子と話したりなんかもするし、会話も聞こえたりするけれど… 今のように乗っ取ることはしないでおく。僕が出せる条件としてはそれくらいかな。」
「この提案を蹴ったら?」
「この子は死ぬまで僕が操らせてもらうよ。ちなみに今この子自身の意識は、泣き喚いている。」
その言葉を聞いたレオナルドは表情をピクリと動かした。それが視界に写った真一は少し目を伏せぼやいた。
「…しょうがないなぁ。」
目を開き、納刀すると右手を差し出した。
「王子を操って悪さしてなかったみたいだからその提案乗るよ。悪党だったら殺し合いしてたかもしれないけどね。」
真一がニヤリと笑うとジャックも右手を差し出し握手を交わす。
「それじゃあ、取引成立ということで… できるだけ早目に頼むよ?」
「鋭意努力する。最後に聞いておきたいんだけど、冥府の王・ハデスって名乗ってた古代勇者って知り合い?」
「…あ~!そんな奴いたなぁ!本当に人間やめて永い時間経過してるからすっかり元の名前忘れてるけど、いたいた!でも、僕は仲良くなかったよ。むしろ僕は嫌いだった。」
「それを聞いて少し安心した。奴は異次元に飛ばしたしね。それと先輩気を付けなよ。ジャック操ってるときの目付き、ハデスそっくりだったよ。そこで気付いた。」
その一言が一番ダメージを受けたようにジャックの顔が痛そうな顔をして歪み項垂れた。
「き、気を付けるよ… そっか… 僕、自分で気が付かないうちにあいつと同じ目付きになってたのか… とりあえず、体を返すことにするよ。おやすみ…」
「ああ、またね。」
このやり取りが終わった後、意識を無くしたジャックは崩れ落ち、真一は床に落とさないよう必死に抱き止めた。




