救出
真一の下から武の婚約者を救いに反乱軍のテントの集合地点に潜入したクオだったが、その人質を見つけ出すこと自体ができていなかった。夜間のうちに反乱軍のテントを探し回り、話を盗み聞きしたりしていると怒鳴り声が聞こえ、テントから女性が二人兵士に連れ出されている。
(暗すぎて髪の色や目の色がわからない…)
召喚された者達はみな黒髪黒目。
こちらの世界の者達で黒髪黒目は誰もいないので、それだけでも召喚された者とわかる特徴がある。
だが、時間帯が夜遅く見分けるのが困難であり、この時クオは連れ出された女の子達がどこに連れて行かれるか跡を付けることを悩んだ。同時に真一との過去のやり取りの一面が思い出された。
「いいかい。クオ。歳を取った後、あの時こうしていたらよかった… などと思わないように、後悔しないように生きるんだぞ?あと、戦場や訓練で培った自分の勘。そういったものは信用した方がいい。信用せずに後悔することに繋がることも多くあるからね。」
「もし、その勘が逆に後悔に繋がることになったら…?」
肩を竦めた真一は苦笑しながら言った。
「自分の経験がまだ足りなかった、次は失敗しないぞ、と酒飲んで不貞寝するね。」
(真一様、今回は失敗できないところで不貞寝で済まされない状況ですよ…)
そうは思ったものの他に軍の中で女の子がいる理由など考え付かないクオはこの子達がどこに連れて行かれるか跡を付けることにした。その兵士は気絶している女の子を抱き抱えながらもう一人の女の子に命令し付いて来させ、だんだんと反乱軍から離れて行った。
(あれ?別テントとかに行くんじゃなくて森の深部…?)
クオが疑問に思っていると、やがて兵士は辺りを見回しながら一つの洞窟の中へと入っていった。
そして、兵士の後を付いて行く女の子も怖がりながら穴の中へと入って行く様子を見ていたクオは少し焦った。さすがに穴の中へと入っていくには灯りが必要で灯りを点けると見つかってしまう。
洞窟の入口付近で様子を伺い悩んでいたクオだったが、ふと気付くと人の気配がだんだんと近付いてくるのを感じ少し離れた。そんなクオに気付かないで近付いてきたのは二人の反乱軍兵士達。
そして、その兵士達は話しながら洞窟へと入った。
「おい、ここにあの高橋の女がいるのか?」
「ああ、ついさっき仲間が工藤に別テントに連れて行けって言われたらしい。そのままここに連れ込むって聞いたからいるはずだ。」
「あの高橋の女か… まあ、敵に攫われたってことにして行方不明。ってな流れだな。」
「あんな奴に頭下げてへーコラしなくちゃいけないなんてやってられるか…!」
「まあまあ、とりあえずあいつに対する怒りはあいつの女に責任取ってもらえばいいじゃねーか。」
「ヘッ… そいつもそうだな。一生掛けて責任取ってもらおうぜ。」
そんな会話をした男達は下卑た笑いをしながら洞窟へと入って行った。
(中に連れられたのは高橋の女か… 武様の婚約者かと思ったら勘が外れたか…)
とはいえ、女性を無理矢理犯そうとするのを見過ごすということ自体に良心の呵責を覚えたクオが迷っているとさっきと同じ真一とのやり取りを思い出し自分の気持ちを定めた。
(例え真一様を目の仇にしているような者の女でも、この状況で見てみぬフリをすると後々後悔しそうだ。真一様にも絶対怒られそうだしな。)
灯りを点けて洞窟の中へと入って行くと思ったよりも深いようでだんだん大きい空間へとなっていっていた。しばらく入ったところで声が聞こえてくる。
「おい、女!起きろ!おら、何してんだ起きろってんだよ!!」
「やめて!愛子は気絶してるんだからやめて!!」
「うるせえ!!おい、お前らはこいつの相手してやってろ!俺はこっちをもらうからよ!」
「おう。任せろ!」
「あとでそいつとやらせろよな!」
「いや、いやああああぁぁぁぁ!」
絹を裂く様な音が聞こえた時、ちょうどクオがその現場に到着した。
「悪いけど、そこまでだ。」
「なんだぁ?ガキがなんでここに気付いた?まあ、見られたからには仕方ねえ。ガキだが死んでもらおう…!」
気絶していた愛子を覚醒させ服を破った男が、立ち上がりクオへ飛び掛ろうとしたところでクオは刀を一閃した。男はクオへヨロヨロと近付いていくとそのまま前のめりに倒れ首と胴体が離れた。その光景を裕子へ圧し掛かっていた二人が気付き怒り狂った。
「こいつ!!」
「よくも兄貴を!」
「きゃああああああ!!」
「うるせえ!!」
ゴンッ
愛子を襲った男の首が離れていることに気付いた裕子が叫び声をあげると、裕子の上に乗っていた男達は殴り飛ばし気絶させた。
「…ガキが一丁前に刀か。」
「こいつはいい。刀なんて高価なもんまで手に入れられたらしばらく遊んで暮らせるぜ。」
男達が左右からクオへ飛びかかろうと身構え、それに対しクオは二人の間を向くようにしながら正眼の構えを取る。
少しの間が空き、一人の男が懐からナイフを取り出しクオへと突っ込んだ。その男とタイミングをずらしたもう一人の男もナイフを取り出す…ことはできなかった。
最初の男が突っ込んできた瞬間、クオは最初の男を無視しもう一人へと斬りかかった。
距離が何歩か離れているためただの空振り…になるはずのクオの振りだったが、魔術が発動し生じたカマイタチが男の首を薙いだ。一人で突っ込む形となった最初の男はクオに避けられ、体勢が崩れているところで首を落とされた。
血糊を拭きつつ刀をしまうと愛子が聞いてきた。
「…私達をどうするつもり?」
聞かれたクオが首を傾げると愛子は話を続ける。
「気絶させられて、気が付いたら知らない男に組み伏せられてた私達をあなたはこれからどうするの?」
言われて初めてクオは考えた。高橋の女を助けてもしょうがないのである。
「すまない。高橋の女をどうもするつもりはない。僕は武様の婚約者を探している。よかったら場所を教えてもらえないだろうか?」
クオのその言葉を聞いた愛子は少し目を見開くと裕子を指差した。
「…その子。裕子が武って人の婚約者だって本人から聞いたけど…」
「そうだったのか!ありがとう!これで役目が果たせる!!」
それまで緊張していたクオの顔は武の婚約者を見つけたことで歳相応の笑顔になった。
その笑顔を見ながら愛子はクオへ聞いた。
「…ねえ。あなた裕子をその武さんのところへ連れて行ったらどこに行くの?どこの人?」
質問されたクオは愛子を警戒するような目付きになり表情がまた冷静そのものになりながら返事した。
「婚約者の方を教えていただいたから教えたいところだが高橋へ情報を渡すわけにはいかない。悪いがそれには答えない。」
そんなクオの様子に小さく叫び声をあげ、愛子は焦って否定した。
「え、あ、違うの!私は高橋の女じゃないの!!ホントに違うから!確かに高橋や裕子とは幼馴染だけど女じゃないの!信じて!!」
クオは怪訝そうな顔をしながら聞いた。
「では、なぜそんなことを?」
「裕子を一人で放っておけないから一緒に行きたいの!」
クオは愛子の真偽を見定めようとしたがわからず結論を出した。
「裕子様を武様の下へとお連れしたら真一様の下へと戻る。それだけだ。」
「真一様って… 田中さん?」
その台詞を聞いたクオは驚愕を表した。
「真一様と知り合いの方か?」
愛子は自分を指差し説明した。
「えっと、藤井っていう人の紹介でロキシードの田中さんのお店で働いてるの。」
「あ、そうでしたか。そうとは知らず失礼しました。お店の方ならご一緒にお連れします。裕子様は私が連れて行くので付いてきていただけますか?」
「うん!それで?あなたの名前は?」
「クオです。真一様の義理の息子ということで田中クオと名乗らせていただいてます。」
「…クオね。そっか、田中さんの息子さんか~」
「あ、いつまでもこんなところにいてもしょうがないですからそろそろ行きましょう。」
話を切り上げ洞窟の外へと裕子を抱き抱え歩き出すクオ。それについて行く愛子。
その愛子の頬は赤く染まっていたのだが、暗い洞窟の中それに気付くクオではなかった。




