降伏
そんな反乱軍の兵士達の中から掻き分けるようにしながら真一達の前へと現れたのは高橋だった。
ただ、その顔は殺意というものを隠さず放ち醜く歪みきっていた。
そんな高橋が睨み付ける先にいるのはもちろん真一だ。
「…田中のおっさん。あんたどこまで俺の邪魔する気だよ?」
対して、どこ吹く風といったすまし顔のままの真一は普通に返事する。
「最初の頃はまだ田中さんってさん付けだったのに、今は呼び捨てかよ… まあ、おっさんってのも事実だから否定のしようはないんだが… でも、改めて言われるとなぁ…」
「バカにするな!質問に答えろ!!」
「あ~、すまないな。別にバカにしてるつもりはなかったんだが、少しショックでな。で、邪魔って言われても俺はしてるつもりはないぞ?」
「ふざけるな!召喚された当時からそうだった… 俺達もそうだけど、召喚された奴らのほとんどが泣き喚いたりしてる中であんたは冷静に処理して王様から直に目を掛けてもらったりしていた!違うだろ!?そこは俺がするところだろ!?なんであんたがしゃしゃり出たんだよ!?え、おい!?」
話しながらだんだんと怒りがぶり返してきたのか荒々しい口調になってきた高橋が剣を手に取りながら近付いてきた。
「他の奴らが混乱してるからって何で俺まで混乱しなくちゃならない?俺はただの面倒臭がりな中年だって、最初から広言してただろ。」
真一が呆れるような、いや実際に溜息を吐きつつ呆れながらウンザリした顔で言うとついに高橋がキレた。
「そんな調子で王様だけでなく、レディ王女や美人で若い子なんかを侍らせてハーレム状態な中年が言っても説得力がねーんだよ!!」
高橋は剣を背に背負うようにしながら体を回転させ斬り付ける。
それはかなり素早く、基本を忠実に繰り返し訓練された素晴らしい動きだった。
そんな綺麗な剣線へ対抗するように刀の刃が合わされる。
ギンッ
「工藤といい、君といい… 真一君を目の仇にしすぎじゃない?」
刃を合わせたのは公彦で、刃を合わせられた高橋は驚愕はいうまでもないが同時に警戒もした。
「田中のおっさんの周りにはおかしい中年ばかりってのは思ってたけど、あんた何者だ?なんで俺の剣を受けられる?というか、また中年が俺の邪魔を…!!」
所謂、鍔迫り合い状態から公彦を至近距離で睨みつけながら高橋は吼える。
公彦は涼しい顔をしながら高橋の弱い部分を見付け強弱をつつ押していった。
「…どうして、剣道全国大会No.4の腕前を持つ自分の刃に合わせられるのか?っていうことかな?」
公彦の言葉を聞いた高橋は絶句し、次の瞬間公彦に弾き飛ばされた。
「確かに君は強いね。でも、別に全国大会で結果がNo.4に入ったからって決して日本全国、いや世界全国の剣道家の中でNo.4っていうわけじゃない。大会に興味がなくて参加してない猛者もいるんだ。僕がそういう猛者になるのかと聞かれたら、まだまだとしか言いようがないけれど、でもね?」
そこで一度言葉を区切った公彦はそれまで冷静だった気配や表情を一変させ、鬼を彷彿とさせるようなそれに変わりながら続きを話す。
「全国大会でいい成績を修めた自分は強いと天狗になった子がいい気になって親友を逆恨みするのは赦し難い… 自分達の言動なんかを振り返って、いかに我侭な子供なのかよく考えることだ。それが理解できたなら反乱なんてやめて降伏しな。しない場合は… わかるよね?」
「ッ!?」
自分よりも遥かに格上。
そんな相手からの明確な怒りと殺意に高橋は恐慌状態へと陥り恥も外聞もなくなった高橋は兵士達を置いて逃げ去った。
そんな公彦と高橋の様子を見ていたレオナルドは自分でも気が付かないうちに声を洩らしていた。
「…真一殿が召喚された当時、勇者に公彦殿と武殿を…と言っていたのは冗談とかなどではなかったのか…」
そんな声が聞こえた武は慌てて否定した。
「いやいや、真一や公彦は勇者ですけど俺は違いますよ!俺はただの不良だったやつがおっさんになっただけですから。」
否定はしたが、レオナルドから送られてくる期待の眼差しを受けて武はそのまま一生懸命自分は違うと説明を始めていた。
仲間達がそれぞれ会話を始める中、真一はその場一体に響き渡る声を出した。
「さっき、お前達が体験した魔術を使って殺すのは簡単だ。だが、ここで問う!ここにいるレオナルドは今回の3族会議で魔族と同盟を組むことが決まった。つまり、魔族と敵対し警戒しあうということはなくなるのだ!しかし!!レオナルドが在位の間は、という限定だぞ!?ジャック王子が王となったら同盟はなしだ!それと、さっき高橋を蹴り飛ばしたのは魔皇帝ロキで、今現在、高橋を圧倒的実力で倒したのは我が友であり、レオナルドから勇者と認められた公彦だ!数だけで烏合の衆であるお前達が勝てると思うのなら掛かって来い!さっきはやらなかったが、次から躊躇なく殺す…」
真一が黙るとその場で動く者、話す者は誰一人もいなくなり静寂が支配した。
その静寂を破ったのはジュリウスだった。
「戦闘前にここにいらっしゃる真一様は我が王へ頼み事をされました。」
「え?」
間抜けな声を出したのはその魔王真一だ。
「ここで降伏勧告を受け入れる者達に対して、罪を問わず許し、王都で以前までと同じ扱いで暮らせるようにしてもらえないかどうか、ということです。」
反乱軍にざわめきが起こり始める中、そのままジュリウスは告げる。
「我が王と私は言いました。それはできない。強制かもしれないが王子に同調し反乱を起こした者達をどうして無罪で放つことができるのか、と…」
そこでもざわめきが起き、ジュリウスの声が響きにくくなったがジュリウスが手を挙げると声が止んだ。
そして、続きが始まる。
「真一様はそこで食い下がりました。そこで頭も下げられました。王に従った軍の者達も王子に従った軍の者達もついこの前まで一緒に苦楽を共にしてきた仲の者達であり、憎みあっているわけではない。下手をすると親兄弟同士での殺し合いをさせていることにもなるし、本当に親兄弟を殺してしまうと兵士達から恨まれるのは王や王子達であり、王族も民もみな不幸になるだけだ。王には寛大な処置を… と。」
ジュリウスが告げると人族の軍、反乱軍を問わず全員から真一は目を向けられるのを感じた。
本人としては視線が辛すぎて穴があったら入りたくなっていたのだが、悲しいことに真一が逃げ込む穴はどこにもなかった。
「どうせ恨まれるなら自分が恨まれ役を買う。そう言ってこのやり取りとなったのですが… 真一様の慈悲深い思いを踏み躙り、我が王に刃を向ける者はまだいるのですか?」
しばらくすると反乱軍からカシャカシャと音が聞こえ始めそれは次第に大きくなった。
それは反乱軍が武器を地面へと落とす音であり、落とした者達はレオナルドに対し土下座をする形となり恭順を示した。それはこの反乱軍全員に相当し、この場においては敵対する者がいなくなったことを指す。
ジュリウスはレオナルドへと体を向けると恭しく頭を下げた。
「我が王よ。このように真一様の御慈悲を受け入れた結果、敵などいなくなり、王を支える民だけとなりました。」
報告を受けたレオナルドは大きく頷くと頭を下げている反乱軍に対し再度大喝を行った。
「みなが勧告を受け入れてくれたことに対して、王たるワシは感謝に堪えん… 凄惨な光景にならなかったのは諸君の賢明な判断のお陰じゃ。さあ、王都へ戻り宴じゃ!3族会議は終わり、魔族と同盟となった。この人族の歴史以来初の喜ばしいことをみなで祝おう!」
「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」
「そして、みなが死なず、みなで宴をできるようにはからってくれた人族の魔王、真一殿を称えようではないか!!」
「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」
「え、ちょ、ま…」
「「「真一!真一!真一!」」」
「「「レオナルド!レオナルド!レオナルド!」」」
呆然としていた真一の右肩をレオナルドが左肩をロキがそれぞれ抱き、さらなる歓声が包み始める中、ジュリウスの笑顔を見た真一はボソリと呟いた。
「俺が一生懸命脅して怖い人っぽくしてたのにばらさないでよ…」
その声が聞こえたわけではないだろうがジュリウスは笑みを深くし、武はケラケラと笑い、公彦は気配と表情が元に戻りニコニコとしていた。
この日、反乱軍は事実上消滅し、後の歴史家達は「人族の黄金期はこの日から始まった」と言った。




