壊乱
工藤率いる反乱軍前線が撤退をしていくのを見送った公彦も新月を率いて陣内へと戻るとそこには起床して床几に座っている武がいた。
「よお。お疲れさん。」
「武、おはよう。どうしたのさ、まだ起きる時間じゃないよ?」
「特に何もねーよ。いつもと違って早目に寝たから早めに起きてるだけだろ。」
武と軽口を交わしながら公彦が戦塵を払い、装備を外していると最初に鉢がねを外すときに僅かに動きを止めた。
そんな公彦の何気ない動きに武が気付いて声を掛ける。
「鉢がねになんかあるのか?」
「…いや、なんでもないよ。ただ、これは変えたほうがいいかも。」
公彦が右手で摘まむ様にしながら持って見せた鉢がねは斜めに亀裂が入り耐久性がなさそうだった。
(あの時、工藤の剣は全部交わしたと思ってたけど当ってたのかな?だとすると、あの時下手すると倒れていたのは僕だった… 油断大敵ってことかな…)
「おい、公彦!そこでフリーズすんなよ。」
「あ、ごめんごめん。」
「で、夜襲どうだった?」
「いや、実はさ…」
公彦は今夜の夜襲の時にあった出来事を武へと説明し、結果として反乱軍の前線は反乱軍本陣へと撤退したことを伝えた。
「おいおい、それってお前勲功じゃねーか。すげーな。」
「…いや、結果として工藤が不利なことに気付いて自分から撤退してるんだから、僕らの勲功っていうこともないだろ。」
「そこで素直に喜ばないお前もお前らしいが… それにしても反乱軍の前線指揮執ってたのが一緒に召喚された高校生だったのか…」
少し思案した武だったが、首を横に振る。
「とりあえず、猛攻は受けきった。相手の勢いは削いで前線は引いた。どうだ?いけると思うか?」
「いや… お前も何回も言ってたろ。まだ二倍いるんだ。まだ難しくない?」
「そうだな… 次に前線になる反乱軍の指揮官自体、どういった動きをしてくるかわからないし… 相手が少し下がったならこっちも少し前に詰めるか?」
「そうだね。それが一番無難かもね。」
「よし、じゃあ、悪いけどもう少し起きておいてくれ。で、夜襲は今夜無しで相手の新しい指揮官の動き方見ようぜ。」
「うん、オッケー。」
「そうだ!思い切って今回は敵の目の前に陣作っちまうか?」
「…また、お前はそうやって調子乗って… 味方の命が懸かってるとか真面目に言ってたのにそんなこといい始めて…」
小言を言い始めた公彦に対して武は肩を叩きながら快活に笑った。
「まあ、この陣は残したまま移動だし、襲ってきたなら襲ってきたでここに戻ってきて戦えばいいじゃん。」
「はぁ~… いいけど、万人長さん達にはちゃんと言っておけよ?味方の足並み揃ってなくて敵中孤立の上、全滅なんてさせたら…」
「ああ、そんなことしたら俺の精神が死ぬわ。」
こうして武は万人長を呼び出しこれからの目標地点や目的を説明した。
最初は唖然としていた万人長達だったが、今までの戦闘で武が考え無しに戦闘を行う者ではないことを理解していたので武のこの命令を最後の方は笑い楽しみながら聞いた。
そして、人族の軍は全軍で陣から森へ向けて静かに進軍し、新たな反乱軍の前線のかなり目の前まで進んだところで堀と柵を作り始める。そんな人族の軍を見て肝を冷やしたのは新たに最前線に立たされた反乱軍の前線兵士達だった。この奇妙な光景を見た反乱軍の前線には混乱が伝播した。
さきほど自分達より先にいた工藤達が撤退したことにも驚いたが、撃てば矢が届くような距離で人族の軍が展開し、陣を作り始めていた人族の軍に恐怖を覚えた。
彼らは思う。知らない。こんな人族の軍は知らない。
ついこの前まで自分達が所属していた人族の軍の時とまったく違う戦術、見たことがない堀や柵、何より倍以上の数で襲われても持ち堪え、前線を撤退させるほどの屈強さ。どこをとっても自分達が裏切った時と違っているかつての人族の軍と違う。
そして、恐怖を覚えた心はちょっとしたことが原因で決壊する。
それも些細なことで…
静寂な朝、そこでは小さな音も辺りに響き渡る。
そんな中、微かに聞こえるのは土を掘る音だったが、それとは違い何かが聞こえ始めた。
『♪~~~』
それに気付いたのは人族の軍の全員だけでなく、反乱軍の混乱した前線兵士達も気付いた。
全員、強張った顔で辺りを見渡し一人を見る。
「あ、今になって目覚ましアラームが…」
「バカ…」
武が慌てて目覚ましアラームを切ろうと懐からスマホを取り出すと音の通りがよくなり少しだけボリュームが大きくなった。
『♪~~~!!』
そして、慌てるあまりに武は魔術でスピーカーの音量を上げてしまった。
辺りに響き渡る音量が増し、武は慌てふためき、公彦は敵との交戦を予想し万人長を呼ぶようにと部下へと命令を下した。
その次の瞬間、反乱軍の兵士達は… 壊乱した。
最初は一人、二人…
その姿を見て、さらに四人、五人…
その姿を見て、十人長が一人二人…
恐怖に染まった味方の顔というのは恐怖心を煽られるのか、気が付けば反乱軍は万人長を含め全軍が撤退を始めた。その光景に逆に焦ったのは武だった。
「え?は?何が起こった?」
「…いや~… スマホの音で敵を撤退させるとか… さすが武、予想の斜め上を行くね。真面目に戦ったり夜襲して前線やっと追い返したのがバカバカしくなってきたよ。」
心底疲れたような声色で公彦が首を横に振っていると万人長が少しオロオロとしながら声を掛けてきた。
「お二方、これはチャンスかと思われるのですが追撃してもよろしいのですか?」
「そ、そうだな!追撃しよう!相手が反撃に出て来るまでとりあえずひたすら追撃!相手が反撃してきたらある程度の距離を取って陣立てってことで!!」
武が同意を示すとジト目でその様子を見ていた公彦は武の肩を叩いた。
「…僕はなんだか疲れが酷いから追撃の指揮は武に任せるね。後からのんびりついて行くよ。」
「公彦!俺は悪くないぞ!?確かに予想外なことだけど俺が悪いわけじゃない!敵が勝手に逃げたんだ!」
「そうだね~ 確かに目覚ましアラームで敵が逃げるとは思ってなかったけどさ。なんかやりきれなくて… とにかく任せるよ。あ~、肩凝るなぁ~」
公彦が肩を回しながら後方へと移動していくのを見送った武は首をぐるりと回して敵の後方を見直した。
「ぜ、全軍で反乱軍の後を追う!走らず、慌てず、足音も消す必要なし!早歩きくらいの速度で移動だ!追いついたはいいけど、呼吸が乱れてて戦えませんっていうことにならないようにしろ!それと王様達にも追撃すると伝令を出しておいてくれ。」
傍で武と公彦のやり取りを聞いていたいつもの部下は、伝令を出す手筈を整えながら笑いをかみ殺すのに必死だった。




