覚醒
公彦が立ち去った後、駆けつけた兵士に肩を貸してもらってようやく立ち上がった工藤は呼吸をするだけで肋骨が痛いことに気が付いた。骨折しているのだろうということは理解したものの、では何本くらい折れていてどのような後処理が必要でどのくらいの期間治療したら元の通りに治るのか。そういったことは何もわからずイライラした。
(真田公彦… 絶対に許さない…!!)
一体、公彦の何が許せず、自分が何に対して腹を立てているのか。
そういったことすらも理解できない。
しかしながら、自分の心の奥深くに根付いたその気持ちがどういったものなのか。
それだけは工藤は理解していた。
すなわち…
復讐心
(覚えてろ… 僕は… いや、俺は… 生まれ変わってやる。そして次に奴と相対した時には…!)
そんな工藤の決意を知らない参謀達は昼間と同様に工藤に対しておべっかを使い、自分を気に入ってもらおうと必死に工藤に話しかけている。そんな参謀達の様子を見た工藤はなぜかここで公彦を思い出した。
(こいつらは… あいつと違う。なぜこいつらは俺に対して謙ってるんだ?なぜ俺はこいつらに対して気持ち悪さを覚えてるんだろう…?そして、なぜ俺はこいつらとあいつを比べてるんだ…?)
自分でもわからないことが多すぎて黙ったまま参謀達の様子をぼうっと見ていると、風に吹かれて火が燃え移り、辺り一面は火の海となっていった。右を向いても左を向いても火が広がり、自分の周囲にいた兵士達は逃げ惑い誰が敵で誰が味方かもわからない状況の中、武器を重ねるような音だけは聞こえる。
自分自身の中で何かが起こった。
そんな風に感じ取った工藤であるが、ここではっきりと気が付いた。
(…まずい。この反乱という行動自体がまずい… やってはいけない悪手を俺達はしてしまってるぞ、高橋!!いや、雄介!!)
次の瞬間、工藤は声を出そうとして肋骨の痛みで思わず顔を顰めた。
「チッ!高橋のいる本陣まで引くぞ。ここは負けだ。これ以上戦ったところであの柵を越える打開策も何もないのに突っ込んでもしょうがない。消火作業急がせろ。それが済んだら少し森の方へ下がって、朝になったら飯食って改めて撤退だ。」
「えっ!?ここはどうなさるんですか!?高橋様に言われたあの人族の軍を壊滅させるという命令を無視して撤退など行うと軍法会議ものですよ!?」
「じゃあ、あの柵を越える具体的な方法というものを言ってみろ。」
「…いえ… しかし、数はこちらが多いのです!押せば倒せます!」
「倒せないからこうやって二日も三日も奴らと対峙していいように暴れられてるんだ。いいから撤退だ。」
「…私は反対しましたからね?知りませんよ。」
ついさっきまで工藤に対していの一番におべっかを使っていた参謀は工藤とやり取りを経た後、工藤を蔑むような目付きをしてきた。昼間は気が付かなかった工藤であるが、この時ははっきりとわかった。
(そうか!こいつら、俺を煽てて自分達の出世に俺を利用しようとしてたのか…!)
そして、次の瞬間には別のことも思い出した。
(しまった… じゃあ、昨日俺を裏切ってあっちに行った参謀っていうのはまさか… あっちが良い奴でこっちが悪い奴か!?)
これまで自分自身が行った言動によって自分の周りに残った人物がどういう人物なのか。
それがわかった工藤は思わず唇を噛み締め俯いた。
(…まだだ!今はここで悔やんでるときじゃない!)
そこからの工藤は指示が早かった。
蔑んでくる参謀には声も掛けず、周りの一般兵達に声を掛けて回り撤退を叫ばせ、その準備に取り掛からせた。
「正面の人族の軍に対して気付かれないようにできるだけでいいから、できるだけ静かに下がるぞ。」
そう声を掛けた者を見てみると、自分を見て何やら戸惑った様子を見せている。
工藤がそう思って兵士の顔をジッと見ていると兵士の方が敬礼をして白状した。
「も、申し訳ありません!先日から工藤様の付近にいたのですが、昼間の時と今と人が変わられたような印象を受けて戸惑ってしまっておりました!」
その兵士が言っている昼間と今、その間に何があったから自分が変わったのか。それはわかるが、認めたくない工藤は首を横に振った。
「昼間はあまりも酷い様子を見せてしまっていた。すまない。今は味方の損害を少なくしたい。手伝ってくれ。」
「はっ!!」
工藤は再度敬礼をしたこの兵士に肩を借りながら歩いて回り、周辺兵士達に命令を徹底させていった。
その様子を見ていた参謀は相変わらず工藤を蔑む目で見つつ、傍に立つ自分の部下に対して小声で何か命令を下していた。その部下は時々小さく頷きながら、時々声を出し何かを確認し、何かをスラスラとメモ書きしていた。やがて、工藤は撤退準備が整うと下した命令通り、極力音をさせないようにしながら人族の軍の者達に気付かれないうちに前線を撤退した。
反乱軍の前線部隊が森の方へと撤退したのを密かに見ていた者がいた。
「…いい意味だと成長したって言っていいのかな?悪い意味だと… 敵が強くなった… 武や真一君になんて言おうかな… やっちゃったかなぁ~…」
頭を抱えてぼやいたのは工藤に恨まれている公彦当人であった。
「公彦様が時間になっても行動を起こされないと思っていましたが、敵前線指揮官と戦闘中でしたか。さすがです。」
「アクター。それが冗談なら最低だし、本音なら最悪だよ?」
公彦は呻きながら声を掛けてきた新月隊長を睨んだ。
そのアクターは清々しい笑顔を浮かべたまま何も言わないで公彦を見ていた。
少しの間、公彦はアクターを軽く睨むような見方をしていたが、やがて立ち上がると命令を下した。
「…まあ、いいや。とりあえず、陣へ戻ろう。」
こうして公彦と新月は陣へと戻り、反乱軍は前線が本陣まで撤退し、双方睨み合いとなった。




