中年と少年
突如として斬りつけられたにも関わらず、公彦は余裕をもって工藤の剣をかわした。
「…話をしながら斬りつけるのが君の話し方?」
かわされた工藤は公彦を睨みつけながら返す刃で次々に斬り付け続けた。
しかし、公彦は暗闇の中にも関わらず全てをかわした。
「あんたらのせいで!俺達が!どれだけ!苦労したと!思ってんだ!?」
(剣筋、剣の構え、相手との間合いの取り方、呼吸法。その他諸々… 初心者だね。)
「はい、足元疎かだよ。」
工藤の様子を冷静に観察したうえで、公彦は必死に斬りつける事だけに集中していた工藤の足元を素早く払って転ばせた。
「…悪いけど、今は君に手合わせをしてあげてるわけにはいかない。やることがあるからね。」
「クッ!」
最初、何が起こったかわからなかった工藤だが転がされたことに気付き、片足を立て立ち上がろうとしたところ鼻先へ刀の刃が突きつけられ動きを止めた。
「…子供相手に大人気ないと思わないですか?多少なりとも稽古をつけてもらいたいですね。」
「自分の都合しか考えずに他の人に迷惑を掛けるっていうのは、子供がよくすることだね。」
立った状態で見下ろす公彦と立ち上がろうと片足を立てた状態で顔を上げた工藤。
冷静に工藤を諭した公彦とまだ睨み続ける工藤。
火の手が大きくなり炎となっていくのを見た公彦は一息吐くと口を開いた。
「稽古はともかくとして、僕らは君たちに何もしてないと思うんだけどね。」
「…あんたはともかくとして魔王は王女様の婚約者になってるし、魔王になってる。それにあいつのせいで高橋は一度牢に入れられてる。」
「…は?」
工藤が口にした自分達を怨む理由というものが理解できずに公彦は呆気に取られた。
そして、工藤はの生まれた隙に突きつけられた刃先を剣で跳ね上げ、後ろへと飛び下がり、再度走り込みながら公彦へと斬り付けた。
「死ね!中年!!」
「…真一君じゃないけどさ。なりたくてなったわけじゃないんだからね!」
対して公彦は刃を返し、通り過ぎ様に胴抜きを行い工藤を吹き飛ばした。
「まったく… 最初召喚されたとき、休憩所でレオナルド様と話をしていて真一君自身は勇者というのを否定した。勇者というのは神族と魔族を下して元の世界へ戻る協力を取り付けることに成功した者とする、そう取り決められて、君達は冒険者として活動し、僕らは勉強やら魔力操作の練習やなんかをした。君達は君達、僕らは僕らで、お互いやることは自分達で決めてやった。恨むのは筋違いだ。」
地面を転がった工藤は激しく咳き込み、まだ立ち上がろうとしたが起き上がることができそうになかった。
それでも工藤は肘を地面へと突き、できるだけ上半身を起こすとその状態で公彦を睨みつけながら放し始めた。
「…知ってるか?あんたら魔王を含めた三人は冒険者の中でもちょっとした話題になってたりもするんだ。」
「そうなんだ。でも、真一君はともかくとして僕らまで?」
「あんたは軍の指南役。魔王は魔王、そしてレディ王女の婚約者として、もう一人は商売上手なことで… 召喚された者の中だとあんたらはそれぞれが立身出世したと言われている。」
「ふ~ん?」
「僕らは頑張って少しずつ依頼をこなしたりして、周りの人達の信頼やなんかを少しずつ得ていっていたのに、僕らの耳に入ってくるのはお前らの活躍のことや噂の類ばかり!僕らのことは知らない奴らまでお前らのことは知っていた!」
「…それで?」
「あんたらはもう中年なんだから他の奴らみたいに僕らに任せてあんたらはそんなに目立つなよ!」
「ようするに… 君や高橋はもっと目立って召喚された中だと自分達が一番なんだぞ~ともてはやされたいわけかな?」
「そ、そうじゃない!!僕らはまだ若いんだ!今年18歳だ!今が青春で召喚されたからにはやっぱり勇者になりたいから…」
公彦は刀の柄を右手だけで持つようにすると右肩に担ぐようにして溜息を吐いた。
「あのねえ、真一君は最初に言ってたよ?君達は若いけど僕らは中年。同じことなんてできるような元気ないからあっちは任せようってね。それで?君達は自分達で決めてやりだした冒険者よりも冒険者ができないから他のことをやった僕らを非難するわけ?自分達がやってきた努力より僕らがやった努力の方が実ったから許せない?それとも召喚された人達みんなで冒険者をして、みんなが苦労している中で君臨して威張り散らしたかったのかな?」
「ち、違う!でも、おかしいじゃないか!!なんで魔王はあんなゲームの主人公や登場人物みたいに魔法が使えるんだよ!しかも外見まで若返ったとか聞いた!明らかにおかしいだろ!?あんたはそう思わないのか!?」
「彼が使ってるのは魔術。それに彼は以前の世界でずっとその魔術を調べたりしてて、こっちにきて魔力というものがあることを聞いて実践してみたら使えた。そう言ってたよ。それに、今は彼だけじゃなくて教えてもらった僕らも少しずつ魔術は使える。…彼は決して自分だけが使えたらいいっていうそんなことはしていない。外見のことはまだ特に言ってないけどね。それでも、彼の向こうからの努力ってのがこっちに来て開花してるんだ。連れとしては喜ぶところであって羨んだり、恨むことはないね。」
「嘘だ!!お前らそんな友情ごっこを気取ってお互いに楽しんでるだけだろうが!!魔王一人、あんだけ目立った出世してて羨ましくないはずなんてない!!」
「どういう基準で言ってるのかわからないんだけど… 教えておいてあげるよ。自分がこうだから他の人もこうだろうっていう決め付けはしないほうがいいよ。それにそんな『ごっこ遊び』程度の付き合いなんかで29年も付き合えるほど僕らは暇じゃない。君らが生まれて今の年になるその前から僕らはもう連れとして仲良くしてきたんだ。子供の物差しで計らないで欲しいね。」
「…あんたの名前は?」
「真田公彦、今年45歳。それがどうかした?」
「高橋は魔王が気に入らないらしい。でも、俺はあんたが嫌いだ。」
「そう?」
改めて工藤は公彦を睨み付けると大声を上げた。
「誰かここに来い!!敵の大将が来てるぞ!討ち取れ!!」
「自分じゃ敵わないから味方を呼ぶ。まあ、選択としてはありだと思うよ。まあ、僕はその誰か来るのを待つつもりはないけどね。」
そう言い終えた公彦は工藤のことを放っておいて刀を納刀すると闇夜に消えた。




