勇者(5)
隣のテントに移った武と公彦はその後しばらく待ち、降伏者達をテントで迎え入れた。
部下に率いられた降伏者達は平伏し顔を上げないまま挨拶を始めた。
「大将様、この度は降伏を受け入れてくださってありがとうございました!この場にいる全員を代表してお礼申し上げます!」
人生始まって以来45年間、他の人から頭を下げられたことがなかった武は平伏されるということに対して気遅れしてしまい、片頬をポリポリと指で掻いた。横目でその様子を見ていた公彦は声に出さずニヤニヤとし、その笑われている様子をさらに武は感じ取り咳払いをして調子を取り戻そうとした。
「ゴホン!この軍の指揮を任されている武という。それでお前は降伏を受け入れたら情報をくれると言っていたらしいがどういう情報なんだ?」
「はい。あっちの軍の内情です。」
「内情…?いや、そんなこと教えてもらってもなぁ… まあ、いいや。話してみてくれ。」
武がそう言うと降伏者の者は話し出した。前線指揮官が工藤と呼ばれる少年であること。先程の戦闘であった工藤と参謀達のやり取りなどの一部始終。現在は既に森の方へ後退したこと。話を聞き終わった武と公彦は今聞いた情報も合わせて今後の予定を話し合うため、部下に降伏者達を少し離れた場所へと移し監視を付けさせた。
「さっきの降伏者の話に出てきた工藤って…」
「一緒に召喚された時にいた。高橋と一緒につるんでた学生さんの一人だよ。」
「えっと、武。ちょっと聞いておきたいことがあったんだけどさ。」
「なんだよ?」
「武が結婚しようとしてるのって、高橋といた子?それとももう一人の子?」
「…もう一人の子。それがどうかしたか?」
公彦が茶化してくるかと思い少し機嫌が悪そうな声色になった武だったが、公彦が顎に手を当てて真面目に考えているので思わず聞きなおした。
「おい、マジでどうかしたのか?」
「ねえ、武。まさか反乱軍に彼女いないよね?」
「わかんねーよ。自分からは来るような性格じゃねーけど、誘われたりしたらどうかな…」
「いや、そこはっきりさせないとさ… そこは後方の真一君やジュリウスさんに相談してみたら?」
「恩返しするって言ってんのにさらに恩を追加してたらしょうがなくね?」
そこまで話して苦笑しながら首を横に振った公彦は一言追加した。
「真一君が戦闘後にこの話聞いたら… マジでキレそうじゃない?」
「…相談するか。あいつ怒らせるとマジ手付けられないし…」
「うん、そうしよう。それとどうする?戦闘のやり方少し変える?」
「どういう風に?」
「いや、だって彼女いるなら派手に被害与えるようなことしてるとどこかで怪我しちゃうかもしれないだろ?」
「バカ言え。いまだに敵の方が数が二倍以上いるのに手抜けるかよ。とりあえず戦闘はこのまま続行しつつ彼女のことは真一達に相談でいいだろ。」
今後の方針がある程度決まったので、武と公彦は部下に書簡を持たせ後方の真一達へ使者を送り、次に人族の軍の中で指揮官をしている者を三人呼んだ。
「さて、今日の戦闘はお疲れ。戦闘が終わって間もないのに来てもらっていてなんだが、今後のやり方について話をしておこうと思って呼んだ。」
人族の軍はジュリウスの統制の元、兵士十人につき一人責任者を決め十人長とし、その十人長十人の中から一人を百人長とし、百人長十人の中から一人を千人長とし、千人長一人の中から万人長という統率者が決められている。そして現在、武と公彦が呼び出したのは万人長でありこの万人長は大将である武や副将である公彦の才幹により決定解任も任されられている。
「将軍、副将軍。今日の戦闘はお見事でした。それで今後のやり方はどのようになさいますか?」
今日の戦闘の中、無茶な命令がなかったことで武と公彦が無能ではないことを感じ取った万人長が聞くとここで公彦が切り出した。
「うん、今からちょっとこっちから攻撃しかけようと思ってるんだけど、人手を貸してくれない?全体で百人程でいいよ。」
「「「…は?」」」
万人長もそうだが傍で聞いていた雑務を担当してくれている傍付きの部下も併せて、あまりにも理解できていない様子だったので公彦は慌てて説明し直した。
「いや、大声上げて攻撃仕掛けるんじゃなくて… 相手にばれないように忍び寄って、相手が眠りこけた真夜中に騒ぎを起こして相手に安眠をさせないようにしたいんだ。」
公彦の言いたいことがわかった彼らは一様に驚いた。
「…なるほど。副将が言われていることがようやく理解できました。素晴らしい作戦です。ところで、あちらにも召喚された者がいるということですが、今回の作戦は召喚された者なら誰でも思いつくことなのですか?」
武と公彦は顔を合わせ少し考えると横に首を振った。
「召喚された者でも思いつく人はあまりいないよ。だから今回のこの作戦も読まれてないと思う。安心していいよ。」
公彦と武は万人長が作戦失敗を恐れ聞いてきたのだと思っていた。が、実は違った。万人長が気にしたのは召喚された者だから思いついたり知っている作戦なのか、それとも武や公彦だからこそ思いついたり知ったりしている作戦なのかそれが気になったのだ。そして、公彦の返事から後者だということを悟った万人長と傍付きの部下は揃って安堵した。武と公彦が敵側であったらされていたのは自分達だった。思いつきもしない、対応できそうもない作戦を考え実行する召喚された者達を相手にする反乱軍の万人長達を想い、彼らは少し同情した。




