勇者(4)
火が点いた前線の混乱がようやく治まってきた頃には時刻は既に夜に差し掛かり辺りは暗くなってきた。
さすがに反乱軍を指揮している工藤自身も落ち着きを取り戻し、攻撃を中止させて軍を森の方角へ後退させようと参謀へ命令を下した。
「なんで二倍も兵士がいてあんな柵一つ越えられないんだ!バカ共め!!…まあいい、とりあえず今日のところはここまでだ!攻撃を中止して森の入口付近まで下がり野営の準備をさせろ!」
この命令を聞いた参謀は小躍りしそうなほど喜んだ。
前線が混乱したまま再三攻撃命令が下され、諫止しても受け入れられず前線の兵士が次々と犠牲となっていたことをこの参謀は嘆いていたからだ。そのためこの後退命令は参謀として是非もなしと言ったところだったので工藤が命令を中止しないうちに、と急ぎ足となった。一方、人族の軍の撃破どころか入口さえ越えられなかった工藤にとってこの参謀の急ぎ足は不快なものに見えそれが表情に表れた。そんなところに他の参謀が工藤の表情を見てご機嫌取りのため近付き声を掛ける。
「…工藤様、あの方はいけません。」
「…いけませんとはどういうことだ?ジャック王子からお墨付きの参謀と聞いたが?」
「いえいえ、この度の反乱自体一部の者は聞いておりましたがほとんどの者は突然に起こったことと捉えております。つまり、あの参謀殿は工藤様に心服しているわけではありません。」
「つまり、あの参謀は裏切ると?」
「…あくまで可能性の問題です。でもなければ後退するのになぜあれだけ急いで向かう必要がありましょう?この度の反乱が失敗すればこちらの参加者はみな身の危険があるはずです。失敗を恐れる必要がない身だから… もしくは失敗した方がいいから急いで後退命令を伝えに行った。そうも考えられるでしょう?しかしながら、これは可能性があるというだけで確実なことではありません。」
参謀からの忠言ともただの誹謗中傷にも受け取られるこの台詞に工藤はどうしたらいいかわからなくなり、攻撃が上手くいかなかったこととあいまって余計に機嫌が悪くなった。
「どうしろって言ってんだ?はっきり言え!」
問われた参謀は少し頭を下げながら小声で工藤へと返事した。
「あの方の動向に少し注意を傾けておけばいい、というだけです。あの方も人の子です。己が危険に晒されるようなことはなさらないでしょう。」
それを聞いた工藤は腕を組み、少し首を傾げしばらく考えると頷いた。
「なるほど… 確かにあいつは俺が突撃命令を下す度に反対してきたな。それに人間どいつもこいつも自分のことばかり考える… そうか、俺を騙すつもりだったのか!そうに違いない… おい、あの者を見張れ。あいつが裏切りをしそうになったら殺せ。」
「わかりました。」
耳打ちした者とやり取りを交わした工藤は少しスッキリとした表情となり、辺りへ威張り散らしながら後退を急がせた。
「まったく… どいつもこいつも使えない… 失敗できないってのに、なんで…」
工藤がブツブツと独り言を繰り返しながら他の者を放っておいてサッサとその場から立ち去ったのを見ていた数人の兵士達は自分達の荷物をまとめ、数人で顔を見合わせると人族の軍の陣の方へと全力で走り出した。この数人の動きを見ていた者はその場におらず、その者達は誰に見咎められることもなく無事に陣の前まで辿り着いた。辿り着いた者の一人は鋭くも小さい声で陣へと呼びかけた。
「おい!誰かいないか?頼む、降伏するから入れてくれないか!?情報をもってきた!頼む!受け入れてくれ!」
陣内部では反乱軍の攻撃が中止されたとはいえ、まだ前方に反乱軍全体が広がっているため警戒を続けていた。そして、そのためこの声はすぐ人族の兵士達に聞かれ武の部下へと知らされた。話を聞いたその部下はすぐさま武と公彦がいるであろう中央テントへと向かってみると、はたしてそこには色々な情報や地図などの資料と睨めっこしながら意見交換をしている武と公彦がいた。
「武様、公彦様にご報告申し上げます!現在、陣入口へ降伏者が数名着ております。どのように対処したらよろしいでしょうか?」
部下からの報告を聞いた武と公彦はお互いに顔を見合わせ怪訝な顔をした。
「…ついさっき攻撃が止まったと思ったら今度は降伏者?」
「向こうはそこまで酷い損害出てないはずだよね?僕は明らかに怪しさしか覚えないんだけど… 武、どう思う?」
「そりゃあ、俺も怪しいとしか思わん。人数差で考えると向こうの方がいまだに圧倒的有利ではあるからな。こっちが有利なら降伏してくる者がすぐいてもおかしくないのに今の状況ってのはあまりに考えにくい。おい、その降伏者ってのは人数多いのか?」
「いえ、十人に満たないほどです。」
「う~~~~ん…」
武が腕を組み唸っていると、横で公彦も唸った。
「埋伏かな?」
「…それなんだよなぁ~… 埋伏だと思うけど、これが本当だったら…っていうのもあるからな~… ちなみにその降伏者達は何て言ってきてるんだ?」
「降伏者を陣内部へ受け入れてくれたら知ってる情報を知らせる。そう申しております。」
それを聞いた武と公彦は再度唸った。
「情報は欲しいよな~… 本当のことなら…」
「本当のことなら…ね。」
少し黙った後、空へと顔を向けた武が大きく黙って頷いて部下へと命令を下した。
「その降伏者達を受け入れろ。ただし!理由を言って見張りを付けるということに対してその降伏者達が了承したら、だ。」
命令を受けた部下が下された内容を噛み砕いて頭の中で理解するのに多少時間かかった。この部下はかれこれ軍へ所属して20年ほど経つがこのような命令を下されたのは初めてだったからだ。
「わかりました。」
「降伏者達が了承して陣の中へと入ってきたら武器と荷物は預かり、身体検査してさらに隠し持っている武器がないかどうか調べろ。持ってないようだったらこの隣のテントで俺と公彦が待ってるようにするので連れて来てくれ。」
「はっ!」
(レオナルド王や総大将をよく務められるジュリウスは人族の魔王を買ってるみたいだが、この人も今まで自分が従ってきた人達とはまた違う。)
命令を受け、テントから降伏者の待つ陣の入口へと駆け出した部下はそう思った。
部下が走り去った後のテントでは公彦が心配そうな顔を武へと向けた。
「武、今更だけど受け入れていいの?」
武は首を横に振った。
「…わからん。でもよ、こういう時、情報が一番必要ってどっかのバカが教えてくれたろ?」
その言葉を聞いた公彦は一瞬キョトンとした顔をし、次に笑い出した。
「なんだ、武、ちゃ~んと真一君が教えてくれたこと覚えて実践してるんじゃん。勉強はダメだったけどこういうのは覚えてるんだね。小さい頃からの付き合いだけど少し見直したよ。」
言われた武はフンスと鼻を鳴らして腕を組むと胸を張った。
「降伏者の監視とか武器の有無を確認とかそういったところの細かい指示は俺の案だからな?あいつが俺に教えてくれたのは情報第一!ってことだけだぞ?他は全部俺の考えだからな?」
「わかったわかった。真一君だけじゃなく、お前もちゃんと考えて動いてることわかったから。」
「ホントにわかってんのか、この野郎…」
苦笑しながら公彦はタバコを取り出し、また吸い始めた武の背中を押しつつ隣のテントへ歩いていった。




