勇者(1)
ボルボット大森林を越えて現れた反乱軍は大よそ7万人。
偵察していた者から報告を受けた武は人族を引き連れその反乱軍と対峙しつつ陣を張っていた。
陣といっても真一が以前戦闘した時に作った陣と同じで少し深めの堀を作り、内側へ木の柵を周囲に張り巡らし、内部には布で大きめのテントを何個も設置して、兵が快適に待機できるように作った簡易的なものだ。そのテントの内、陣の中央では横並びの床几に腰掛けた二人の人物がいた。
「武。とりあえず向こうが全員森から出てきて攻撃仕掛けてくる前にこっちは陣を張ることはできたみたいだけど、何かいい考えとか浮かんだ?」
「無理にきまってんだろ。俺はあのバカと違って平和主義者だぞ?あ~… ホント、マジで俺達にやらせやがって…」
「でも、真一君が言ったとおり、僕らも何かやって恩返ししないといけないしね。」
「だからといって戦闘で恩返ししなくちゃいけないわけじゃねーだろ?それをあのバカのせいで…」
「そうだけどさ。でも、とりあえず目の前の反乱軍に背中向けて真一君を怒りに行くってできないだろ?それに…」
少し溜めを作った公彦はクックッっとくぐもった笑い方をしながら武の肩を叩いた。
「学生時代、一年通じて喧嘩やら夜中バイクで走り回って警察にお世話になりまくってたお前が平和主義者って… それこそ無理だろ。真一君の方が真面目に学校着て勉強して…って模範的な平和主義者だったし…」
「ちょ、お前なぁ!幼馴染のお前が騙されてどうする!俺は正直なだけであいつはお前を含めた他の奴ら騙してただけだよ!あいつこそ破壊の権化だぞ!あいつの考え方物騒そのものだぞ!」
「はいはい。だから、目の前のことを終わったら話聞くよ。で、相手は7万。こっちは3万。倍以上だぞ?何かしないと負けるぞ?」
「わかってるよ。だからせめてもので陣作ったんだろ。」
公彦と武がそんなやり取りをしていると他の兵士がテントに走りこんできた。
「報告します!反乱軍が動きました!突撃してきます!」
「「あ…」」
公彦と武は二人して後手に回ったことを悟った。
そんな人族の陣から数キロ離れた後方では真一とロキがそれぞれ自分達の軍の到着を待ち待機させていた。
「…なあ、大将。ホントにあんた行かなくていいのか?」
陣を張るどころか柵も建てずにテントを張り、さきほどの会談のメンバーと追いついてきた人族の魔王軍の将たる者達でお茶会を開き、ホントに日和見を決め込んだ真一に対してカーネルは聞いた。
「だいじょーぶ。あいつら魔術抜きだと俺より強いし、何より勇者だし、問題ない。」
「でも、真一様。武様も公彦様も魔術は私やレディ様達と同じくらいで、魔術ダイナマイトくらいしかできないですよね?二倍以上の敵相手というのはさすがに無理だと思うんですが…」
おずおずとクオが言うので珈琲カップから目を上げて、真一がそちらを見るとその場にいる他の全員が自分を見ていることに気付いた。それに伴い、その場にいる者達も同じような気持ちなのだということにも気付いた。だが、真一は全員が心配しているにも関わらず珈琲を一口飲むと首を横に振りながらクオに向かって笑いかける。
「クオ。俺自身の色んな才能を数値で表すと… 平均的に60~70くらいなんだよ。」
「…え?」
自分の伝えたいことが理解されてないことに気付いた真一は少し考えるように目線を上に向けながら珈琲をもう一口飲むと言い直した。
「内政、戦闘時の知恵、それから戦闘時での戦闘力。あと人徳とかかな。とりあえず、そういったものを数値で表すと俺としては俺は60~70くらいなんだよ。でもな、武と公彦は違う。俺より高いよ。だから大丈夫って言ってるの。しかもあいつら二人でいるんだしな。」
その言葉を聞いて他の者達は考え込むような顔をしてそれぞれ黙ったり他の付近の者達と武と公彦の話を始めた。そんな中、ロキとリーゼロッテ、キンバリーとランドルフの四人は真一に近付いて聞いてきた。
「真一。魔族ではお前の話しか聞いたことないからあの武と公彦のことはぜんぜん知らないんだ。あの二人は真一の何なの?」
「…友達っていうのじゃねーな。親友っていう感じじゃねーしなぁ… 多分、合う表現っていうのは悪友とか仲間かな…」
真一の言葉を聞いたロキはリーゼロッテと顔を見合わせ再度真一を見てきた。
「どれも似たようなものじゃない?」
「人によっては同じだろうな。俺の中と他の人の中、それぞれの定義付けってのによってその辺りの表現は変わってくると思う。わかり易く言うと… 俺に子供がいたとして、俺が死ぬとき、その子供の将来を託し得る奴ら。それがあいつらかな。」
「不吉な言い方するなよ!…でも、なんとなくどういう間柄の奴らかはわかった。で、あの二人なら二倍以上の敵も倒せるってわけだよな?でも、どうしても思っちゃうんだけど…」
ロキが何か言いたそうにしているのを見て真一は促した。
「うん、どうした?言いかけで止めると気になるぞ。」
「いや。真一が魔術でバーーーーンと天使族やったときみたいにでっかいのやったら終わりじゃない?って思うんだよね。」
その言葉が聞こえたのかその場にいる者達のほとんど全員の目が自分に向くのを感じた真一はなるほどと思い一つ頷くと話し出した。
「魔術が試験的なものだというのは覚えてるか?天使族の時にロキには話したけど、大規模な魔術を使うと魔力が枯渇して魔術を使った後ぶっ倒れる… なんてことが今までに何度もあった。ぶっ倒れた後はその後何日も寝込むこともあったりした。」
「うんうん。」「あれは心配しちゃうんですよね…」「私達の身にもなって欲しいよね…」「私が泣いちゃいます…」
相槌を打つように婚約者達の声が聞こえて心なしか顔が引き攣るのを感じた真一だがそのまま続きを話した。
「だから、今回の戦闘では俺は自分の体調を回復させることに専念したいと思ったんだ。それに… 俺からするとだけど、武と公彦は今回召喚された者の中では一番『勇者』ってやつにぴったりだと思ったし、それをみんなに見せたいと思った。…あいにく、俺は自分を『勇者』とは思えないんでな。まあ、俺とは違ったやり方であいつらなりに勝つよ。」
視線をロキから手元の珈琲へと向けた真一は軽く瞠目し、珈琲を咽に流し込んだ。




