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望んだ事は

作者: ゴルト

 昔々、悪の魔導士とそれを退治するために旅立った勇者様と聖女様がいました。

 魔導士はとても卑劣でなんども勇者様から逃れます。そして、勇者様を卑劣な罠にかけて聖女様を亡き者としたのです。

 しかし、勇敢なる勇者様はそれにもめげず、ついに魔導士を追い詰めるのでした。

「ついに追い詰めたぞヴィルマール!」


「……そろそろやめにしないか?」


 俺――正義の帝国様により片割れの邪悪なる魔女を奪われるもいまだに無意味な抵抗を続ける悪の魔導士――を成敗するために訪れた光の勇者なる男はそう宣った。

 このやりとりもこれで10を越す回数こなしているのでそろそろ勘弁願いたいのだが、どうもそうは問屋が卸さないようだ。


「ふざけるな!貴様に奪われたメリアの事を忘れたとは言わさんぞ!」


「奪われたってなぁ……俺何回も危ないから止めろって言ったじゃないか」


 そう、本来この茶番じみたやり取りは2人ではなく3人で行っていたのだ。すなわち、悪の魔導士とそれに対峙する勇者と聖女という分かりやすい構図だ。子供ならスタンディングオベーション待ったなし。今年の寝物語にはこれだと自信を持ってお勧めできるだろう。


 そんな聖女様だが、今ここにはいない。正確にはこの世にはいないというべきか。何をとち狂ったのかよせばいいのに俺の魔術の儀式を中断させるべく魔力渦の中に散っていったのだ。何度も止めたのだがいったい何が彼女を駆り立てたのか今でも謎である。全国のちみっこたちはきっとこの辺で俺への憎悪や勇者と聖女の悲劇に涙するんだろうなぁ。


 俺は悪の魔導士らしくそれなりに他人様に迷惑を掛けてはいるが、決して人命だけは奪わないように心がけていた。なぜならそんなことをすれば俺から”彼女”を奪った帝国のクソ共と同じに成り果ててしまうのだから。

 とはいえ、さすがにこちらの静止も聞かずに目に見える死に裸で諸手を上げて突っ込んでいくのはどうしようもない。俺もそこまでお人よしではないのだ。ぶっちゃけ知ったことではない。というか、そこまで気にしていたらそもそも悪の魔導士なんてやっていない。


「ぬかせ!死者の蘇生などという外法を見逃せるわけがないだろう!」


「外法ねぇ……俺はただ”彼女”を取り戻したいだけなんだけどな」


「死者は戻ってこない!それが摂理だ!なぜ分からない!」


「摂理だとかじゃないんだよ。奪われた。だから取り戻す。簡単な話だろ?」


 よくある話だ。美しい女がいた。女に惚れた貴族がいた。だから物にしようとした。しかし、女は貴族の手にかかる前に自ら死を選んだ。それだけの話。今のご時世探せばこの程度ゴロゴロあるだろう。

 勇者の話とは違う。子供が知らない話。勇者ならきっと貴族の手にかかる前に華麗に女を救い出すのだろう。むしろ、見ず知らずの女を貴族から救い出すくらいはやってのけるのかもしれない。だけど、これは違う。大人の世界、大人の話。ただの現実ってやつだ。


(そして、その現実を認められない俺は大きな子供ってところか)


 目の前の勇者と魔法を撃ち合いながら俺は思考する。そして悔やむ。今のような力があのころあればと。勇者と撃ち合えるほどの実力があれば彼女を奪われることなんてなかっただろうにと。


「それだけの力がありながらなぜ道を踏み外すんだ!」


 目の前の勇者様がありがたいご説教を下す。涙が出そうだ。今も昔も、俺の道は一本しかないというのに。


「力ねぇ……君こそ、それだけの力があるなら俺なんかと茶番するよりもっと有意義なことがあるんじゃないの?」


 そもそも、俺に討伐指令が出たのも俺の実力を知って囲おうとした帝国の招集命令に従わなかったからなのだが。普通に考えれば最愛の人間を奪った相手からの雇用命令なんて聞くわけないだろ。馬鹿か。


「黙れぇ!貴様を止める!それがメリアの望みだ!」


「はいはい、お熱いことで」


 適当にぼやきながらも勇者の攻撃をいなす。流石に勇者なんていう御大層な称号を掲げているだけあってそれなり以上には強い。が、強いだけだ。一撃一撃が致命ではあるのだが結局素直な直線攻撃。フォロー役だった聖女がいなくなってからは更にそれが顕著になっている。負けるはずがない。


「しっかし、そんなに聖女様が好きなら俺なんかに構わずに聖女様を取り戻す努力でもした方が生産的じゃないか?」


「貴様がメリアの事を口にするなぁ!!!そしてメリア以外の女になど興味はない!」


 おうおう、若いねぇ。勇者なんていう優秀な血統クソ貴族が放っておくとは思えないんだがなぁ。どうせしばらくしたらお見合いがバンバン来るだろうに。今は一応喪に服しているという体もあっておとなしいだろうが。


「そういう意味じゃないさ。俺だって聖女様を結果的に殺してしまったことには心を痛めているんだ。俺が言うのもなんだが聖女様を生き返らせたいと思わんのか?」


「貴様がぁ!!!!それをぉ!!!!言うかぁあああああぁぁぁあ!!!!!!!」


 ふーむ。やはりヒートアップしてしまったか。こりゃ一端頭冷やした方がよさそうだな。


「おいおい、俺が憎いのは分かるけどそんなにカッカすんなよ」


 今の勇者なら余裕で無力化できる。憤怒のあまり周囲を省みず突貫してきた勇者をあらかじめ仕掛けておいた魔法陣で拘束し、即魔力弾を撃ち込み気絶させる。


「ぐ……おぁ……」


「これで終わりっと……」


 さて、帝国でのやり残しを終わらせるとするか。



**********



「っく……」


「よぉ、気が付いたか?」


 10分ほどして目を覚ました勇者様に声をかける。ボロックソにしたと思ったんだがこの程度で目を覚ますあたりさすがは勇者だろう。一応手加減はしたしな。


「俺は……負けたのか……」


「そらお前、聖女込でもいい勝負だったのに一人なら勝てるわけないだろ」


「っ……!」


 聖女の名前を出した途端激怒しそうになる勇者。流石に先ほどので懲りたのか今回は抑えたっぽいな。


「すまんな。俺だって帝国のクソ共に”彼女”の名前を出されたら同じ反応をするさ。けど、一つだけお前に問おう」


「……なんだ」


 不承不承勇者が応じる。少しは頭が冷えたのか?それとも、一度敗北したから諦めているのか?まあいい。


「聖女を取り戻したくないか?」


「っな」


 言葉を失う勇者。


「もう一度いおう。再び聖女に会いたくないのか?あの笑顔を見たくないのか?抱きしめて、おかえりと言ってやりたくないのか!?」


「き、貴様に何がわかる!」


「分かるさ」


「んなっ」


「俺が憎いだろう?だが、それ以上に自分が憎いんだろ?奪われた自分が、奪わせてしまった自分が」


「俺は……」


「力があれば、もっと力があれば失わずに済んだのになぁ?」


 そうだ、力があれば奪われなんてしなかったんだ。俺にもっと力があれば。守る力が、跳ね除ける力があれば。だけど、悔やむのはもう終わりだ。だって、俺には力があるのだから。


 取り戻す力が。


「なぁ、なんで俺なんかと茶番やってんだ?俺を殺したところで彼女は戻ってこないぞ?それよりもっと有意義な力の使い道ってのがあるだろうよ」


「力の、使い道……」


 そうだ、力だ。力があれば取り戻せる。取り戻せるなら取り戻す。簡単な話だ。なのになぜこいつは俺を恨む?恨むこと自体はともかくそれよりも先にやることがあるだろうに。なぜこんな茶番で時間を無駄にする?

 イライラする。力がなかったころの自分に似ていた。その癖こいつには力があって。


「彼女を取り戻すんだよ。他に何があるっていうんだ?それだけの力があれば人の蘇生などさして難しいことでもあるまい。俺みたいな悪の魔導士様と違ってお前にはせっかくの勇者なんて言う御大層な肩書があるんだ活用したらどうだ?『卑劣なる罠にかかった聖女を蘇生しなければあの悪逆なる魔導士には到底かなわない!』なんて適当に言えば馬鹿な帝国様もお力を貸してくれるだろうさ」


 そうだ。こいつには力がある。武に魔、権力に人望、名声と富。なんだってあるはずなんだ。なのになぜこんな茶番をしていやがる!


「違う!俺の、俺の力はそんなことのために……!」


「そんなこと……?そんなことだと!!!」


 なんだ?なんなんだこいつは?なんなんだ一体!?


「愛する人間を取り戻す!そのことをそんなことだと!貴様なら!分かるはずだろうに!奪われる辛さが!悲しみが!絶望が!なのに!何故!何故だ!」


「違う!そんなこと……そんなこと彼女は望んでいない!」


「死者の望みを貴様が語るな!もう一度会いたい!もう一度抱きしめたい!もう一度話したい!もう一度生きたい!誰もが望むはずだ!それを!それを!」


「黙れ!死者を蘇らせるなどただの冒涜だ!死者の眠りを生者が妨げるべきではないのだ!」


「は、なんだそれは……?こんな、こんな奴のために私は……」


「ふん、言葉も出ないか外法の輩め」


 なぜか自慢げにふんぞり返る馬鹿を目の前に俺は急激にやる気が削がれていくのを感じた。俺はこんな奴と必死になって戦っていたのか?こんな奴のためにやらなくてもいい”2度目”までやったのか?

 ……すべてが阿保らしくなった。終わらせよう。この喜劇を。子供たちに聞かせる愛と勇気の勇者様のお話はここまでだ。


「……もういい、入って来い」


『はい』


「な!?き、みは」


 俺の合図とともに部屋に入ってくる”2人”の女性。一人は俺が愛した人。奪われて、そしてやっと取り返した愛しい人。

 そして、もう一人は


「メリ……ア?」


「久しぶりですね、クライス」


 悲しそうに顔を伏せる聖女だった。


「どうして……?」


「ねえ、クライス。生き返るのって悪いことなんでしょうか?」


「メリア、何を言って……」


「私ね、本当は怖かった。死にたくないって思った。またあなたに会いたいって、ずっと思ってたの」


「何、を」


 淡々と語る聖女。勇者は事態についてこれていないようだ。


「でも、駄目だったみたい。あなたの隣に私の居場所はもうないんだね……」


「そんな、俺は……」


 さっきまでひたすらに彼女の蘇りを否定し続けたのだ。今更戻って来いとは言えないだろう。


「ねぇ、クライス。さっき私は蘇生なんて望んでないって言ったよね?教えてあげる。私が何を望んだのか」


「……」


「私ね……私、ただ、あなたの側でもう一度生きたかったなぁ……!」


「俺は……」


 聖女の方へと手を伸ばしかけた勇者を俺の愛する人が止める。


「ダメじゃない?女の子を自分から振ったのに未練がましくしちゃ」


「く、うぁぁぁぁ……」


 とうとう泣き崩れる勇者。


「本当に、駄目駄目ね。いきましょ?メリアちゃん」


「……はい」


「それでヴィル。この後はどうするの?」


 まだ落ち込み気味の聖女……いや、今はもう聖女じゃないな。メリアとそれを支える俺の愛しい人―アリア―が声をかけてくる。


「そうだな。都合のいいことに帝国の隣国に皇帝に娘を殺された国王がいたはずだ。その娘を蘇生させる代わりに保護を申し出ようと思う。誰彼構わず生き返らせるつもりはないけどまあ、一人くらいならな」


「あら、優しいあなたの事だから頼まれたら断れなさそうな気もするけどね?」


 メリアの方を流し目で見てそう問いかけてくるアリア。


「はは、違いない。しっかり手綱を握ってもらわないとな」


 そのアリアにそう笑い返し、勇者を置いて3人でその場を後にする。メリアも、今は落ち込んでいるが折角生き返ったのだ。また笑顔で生きられる日が来ることを祈ろう。


「ねぇ、ヴィル」


「なんだアリア?」


「私、もう一度生きることができて嬉しいわ」


「ああ、俺もだよ」

 卑劣なる魔導士の罠。そして邪悪なる外法により蘇生された魔女と変わり果てた聖女。しかし、勇者様は惑わされることなく、死者の蘇りを否定し魔導士を成敗しましたとさ。

 

 めでたし めでたし

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