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浦島太郎の帰還

「えっと……

 ごめん、意味わからないんだけど」


 戸惑う桃華に対し、にいなは口を尖らせて話を続ける。


「だーかーらー、普通の桃太郎にしようって事!

 犬猿雉は擬人化とかカード化とかしないで、動物のままでいいと思うんだよ。

 桃太郎も超人にしないで、ただの人間でいいの!

 それで鬼ヶ島には鬼がいっぱいいて、本当に超強くて、すっごい力持ちで、金棒持ってんの!」

「そ、それで?」

「それだけだよ?」

「……は?」

「何の変哲もない普通の人間(ももたろう)一般的な動物(いぬさるきじ)が、手強い鬼をバッタバッタと退治するんだよ!

 そんな『普通の桃太郎』はさ、変に手を加えなくても十分面白いと思わない!?」

「はいぃ!?」


 夢を語る様に喋るにいなに、桃華は思わず変な声を出してしまう。


 にいなの言う『普通の桃太郎』は、桃華には実現不可能としか思えないものだ。

 例えば幼稚園でお遊戯会の桃太郎が成立するのは、鬼が桃太郎や犬猿雉よりも弱いからである。彼らは桃太郎に突かれたり引っかかれたりしたら泣き出して、すぐに謝って財宝を渡す。

 一応、鬼は宴会で酔っ払っていたので弱かったという設定になっているが、それにしても鬼とは思えないほどに弱すぎるだろう。

 にいなが桃華に要求しているのは、お遊戯会では誤魔化し続けてきた鬼の弱さを排除して、強い鬼をちゃんと退治する脚本を書けという事である。


 ――ありえない。不可能だ。

 そう感じた桃華は、にいなの無茶振りに絶句する。


「は……はははは! 確かに猿尾さんの言う通り、それができれば面白いと思うよ。

 けれど、それは無理じゃないかな? おとぎ話の桃太郎もその辺りの戦いはお茶を濁して……」

「でしょ! 無理ゲーでしょ!

 だけどそれが桃太郎だし、それができる桃太郎は桃太郎のままでちゃんと面白いんだよ!

 だって桃太郎は日本一だから!」

「…………」


 風向きが変わりそうなのを察知した鬼嶋が、桃華に変わり慌てて反論するものの、にいなの弾丸のようなセリフに阻まれた。

 理屈屋の鬼嶋にとって、理屈の通じないにいなは天敵とも呼べる存在だ。自分で言いくるめる事は諦めて、教壇に立つ莉乃に視線を向ける。


 お前の友達だろ、早く何とかしろよ――

 鬼嶋の目はそう語っていたが、それに対する莉乃の答えは――にいなそっくりの――満面の笑みだった。


「確かに、にいなの言う通りかもしれないね。私達は桃太郎なんて幼稚園のお遊戯会でやる演目だって馬鹿にしていたけれど、変にひねる必要なんてない立派な題材だったんだ」

「は、はあ!?」

「莉乃ぉ!?」


 鬼嶋と桃華は莉乃の反応に納得ができず声をあげる。特に桃華の声は悲鳴に近い。


 莉乃にとってはカードバトル桃太郎を潰す最大の好機である。桃華の時代劇風桃太郎が危うい現状では、鬼嶋達の提示する桃太郎に決まってしまう可能性が高かった。それを阻止するならにいなの言う普通の桃太郎案に乗るしかない。

 どんな演劇になるか予想もつかないが、背に腹は変えられない。カードバトル桃太郎よりもハードモード桃太郎の方が、会議で恥をかかずに済むだろう。


 あとは脚本担当の桃華に死ぬ気で頑張って貰えば良い。最早優鬼を頼る事も許されないだろうが――


 ――まあ、頑張れ桃華。

 それが莉乃の出した結論であった。


「ま、まて、待ってくれ!」

「ん? どうした桃華?」

「どうもこうもあるか!

 そんあ脚本、あたしには書けないって! 無理だって!」

「今は無理でも、家に帰って考えれば思いつくんじゃないか? 昨日も今日も、そうだったじゃないか」

「そ、それはっ……」

「まさか優鬼君に頼ってたわけでないんだろう? だったら桃華ならきっとまた思いつくよ。

 私は桃華を信じてる」

「う、うぐぅ……」


 莉乃は桃華に近づき、優しい顔で桃華の肩に手をのせた。

 桃華は顔を赤くしてプルプルと震えている。


 そして鬼嶋は焦っていた。

 この流れでいくとカードゲーム同好会以外のクラスメイト達は、にいなの案に投票するだろう。

 それは桃華への――弟の優鬼に脚本を任せようとした事への――罰ゲームとして、クラスメイト達が面白がってにいな案に投票する流れである。先ほどの鬼嶋の誘導尋問を完全に逆手に取られた形になった。


 桃華は救いを求めて周囲を見渡す。カードゲーム同好会の人間達をすがるような目で見つめていくが、打開策が思い浮かばない彼らは俯いてしまう。


 桃華は必死に助けを求める。

 頼みの優鬼はここにはいない。鬼嶋は爪を噛んでいる。

 担任教師は生徒の自主性に任せるという名目のもと、だんまりを決め込んでいた。どう収めたらいいのかわからないとも言う。

 暴走するにいな、完全に敵に回った莉乃、そして――


 ――そして学級会が混迷を極め、桃華が窮地に陥る中、一人黙々と内職に励んでいる桃華の友達がいた。

 犬田久美子である。

 彼女の作っているのは去年亡くなった愛犬、ウェルシュ・コーギー・ペンブロークのポン太のフェルトアートだった。

 最終的には等身大サイズになる予定だが、今は各パーツを作っている段階のため、机の下に隠しながら作業することができている。

 今、彼女が作っているのは尻尾の部分だが、実際はコーギーのポン太には尻尾がなかった。


 本来コーギーには大きな尻尾があるのだが、切り落とされて販売される事が多い。その理由はコーギーが牧羊犬や狩猟犬として活躍していた時代にまで遡る。

 その頃はコーギーに尻尾があると、牛に踏まれたり藪に引っかかったり、あるいは狐に間違われたりして非常に危険だった。そのため尻尾を切り落としてコーギーを守ったらしい。税金対策だったという説もあるが、久美子には詳しい事はわからない。


 久美子にわかるのは、現代ではコーギーの尻尾を切り落とす必要はまったくなく、人間のエゴで切り落としてしまうだけだという事だ。


 久美子がその事実を知ったのは中学生になってからだった。ショックを受けた久美子は両親に詰め寄ったが、両親がペットショップでポン太を買った時には既に尻尾がなかったらしい。そして両親はそもそもコーギーの尻尾事情を知らなかった。

 久美子は両親が責めるべき相手ではないと知り、やり場のない怒りに涙を流しながらポン太を抱きしめた。

 ポン太はその時、気にするなと言わんばかりに久美子の肩を甘噛みしていた。


 そして現在、久美子はポン太にあったはずの尻尾を想像しながら作っている。立派な尻尾を付けてやろうと張り切っていた。


 夢中過ぎて、桃華の視線にはまるで気づいてはいない。

 今、桃華の目には、友達もクラスメイト達も担任教師も、全てが鬼に見えていた。



「そ、それは無責任じゃないかな?

 あくまでもクラスみんなで作るクラス演劇なんだから、山川さんにだけ負担を強いるのは良くないよ。

 少なくとも……そう、猿尾さんの桃太郎が実現可能かどうかは考慮しないと、投票もできないよね」


 ようやく突破口を見つけ出した鬼嶋に、桃華は好意的な視線を向ける。

 桃華にとって、鬼嶋率いるカードゲーム同好会は最後の希望となっていた。


「ちっ……

 それでは、普通の桃太郎が鬼に勝てるかを検証します。誰か意見のある人」


 莉乃は嫌そうにしながらも司会としての義務を果たす。


 そして今一度、クラスに沈黙が落ちた。

 意見が出なくて当然である。そもそも桃太郎に勝ち目があるならば、桃華がここまで嫌がる事もない。

 桃華は考える事を放棄しているし、カードゲーム同好会は思いついたとしても何も言わないだろう。

 司会の莉乃も必死に考えるが思いつかない。発案者のにいなは腕を組んでうなっているが、本当に考えているのかはわからない。

 クラスメイト達の間に、やはり無理かという空気が流れ始めた。書記担当で副委員長の卓郎が、ニヤニヤしながら黒板に『無理?』と書き込んで煽る。


 その様子に触発された一人の生徒がいた。


「鬼ヶ島の井戸に毒を投げ込む、とかどうかな?」


 そう発言してクラスをざわつかせたのは、昨日『決闘、そして芽生える愛』発言をして腐女子バレした今日子だった。


 彼女は自分の有り余る妄想力をフル動員し、鬼退治の方法を探し出した。

 憎き幼馴染に一矢報いる時が来たのである。


「そ、それは桃太郎として駄目だろ!

 犬猿雉がまったく関係ないじゃんか。それに桃太郎が毒を持ってるなんておかしいだろ!?」


 卓郎は今日子の毒殺案を黒板には書かず、代わりに反論を投げかける。

 その行動が、今日子の闘争心に火をつけた。


「確かに、毒殺はおかしいかもね」

「だろ?」

「だったら、不意打ちで鬼を井戸に突き落とすのはどうかな?

 それなら犬や猿にもできるよね。後ろから体当たりするだけだから」

「ひ、一人殺せただけだろ?」

「まず一人、だよ」


 焦る卓郎の横で、笑顔の莉乃がチョークを取り、黒板に『井戸に突き落として殺す』と書き込んだ。

 卓郎が莉乃を睨むが、莉乃はどこ吹く風である。

 そして今日子の勢いは止まらない。


「みんな、鬼に勝つってことを難しく考え過ぎなんだよ。

 ……例えばさ、私達がプロレスラーやプロボクサーを殺すにはどうしようかって考えればいいんじゃないかな?

 車で撥ねるとか、駅のホームで突き落とすとか、幾らでも方法はあるでしょう?

 もちろん桃太郎の時代には車も電車もないけれど、方法なんて幾らでもあるよ!」


 ――そして、勝敗は決した。

 彼女の演説を機に、他のクラスメイトが次々と意見を出し始めたのだ。


「井戸って桃太郎の時代にあったの?」

「井戸が無ければ落とし穴を掘ればいいじゃない」

「おとぎ話だと、たしか酒飲んで宴会してたんだよな鬼」

「いくら酔っぱらってたって面と向かって戦うのは無理じゃないか?」

「ならガトリングで」

「重火器は却下」

「弓隊率いた桃太郎」

「犬猿雉だけでいこう」

「犬猿雉って何したんだっけ?

「犬はかむ、猿は引っ掻く、雉は目玉をつついてえぐり出す」

「雉だけでいいんじゃないかな?」

「犬が狂犬病だった」

「猿がオランウータンだった」

「なんでオランウータン?」

「そこ、ネタバレ禁止!」

「三国志風に水責めとか調略とか」

「今です!」

「火矢は基本」

「鬼の首に爆弾付けてリアル殺し合い鬼ヶ島生活を」

「混ざってる混ざってる」

「食べ物を盗む、もしくは水かけて腐らせる」

「鬼ヶ島って島でしょ? 崖から突き落とせば?」


 クラスメイト達は好き勝手話すので、採用できそうな案は少ない。少ないが、先ほどまでの絶対不可能という空気は既になかった。


「はい、そこまで」


 司会の莉乃が、なんとも嬉しそうにしながら生徒達を静かにさせて、話し合いを纏めにかかる。


「どうやら不可能というわけでもないみたいなので、脚本の桃華のために各自一つは家で考えてきてください。 ――あ、にいなの案になったらですね。

 それでは採決したいと思いますが、何か意見のある人?」


 そう言って、莉乃は鬼嶋と桃華の二人を見る。


 鬼嶋は笑っていた。清々しいまでの笑顔であり、その顔にいやらしさは感じなかった。敗北を認めた上でこの顔をしているのなら大した物だ。さすがは創設一年で三十人以上の人を集めた同好会の会長だけはある。


 桃華は赤い顔をして睨んでいた。それはもう鬼の形相で睨んでいた。もうこの場での反論はできないらしいが、後で必ず莉乃に掴み掛かってくるだろう。帰りのホームルームが終わり次第、全力疾走して逃げないとまずい。いっそホームルームをサボって逃げる方が良いかもしれない。

 桃華の敵意ヘイトは莉乃だけではなくにいなにも向くだろうから、二対一なら勝てない事もないだろうが。


「……あれ、にいなは?」


 莉乃がにいなの座っていたはずの席を見ると、そこに猿尾にいなの姿がない。


「ああ、猿尾さんなら体調が悪くなったからと先ほど早退しましたよ」


 莉乃の問いに答えたのは、今まで無言を貫いていた担任教師だった。

 にいなは――こっそり担任教師の了解を得た上で――桃華の怒りを避けるために逃げたのである。

 莉乃に全てを押し付けて。


 莉乃が恐る恐る桃華の方へと視線を向けると、そこには笑顔の赤鬼が座っていた。



 *   *   *   *   *



「……あれ?」


 犬田久美子は困っていた。

 それは手持ちのフェルトが足りなくなって尻尾が完成しなかったから――ではない。

 手持ちのフェルトがなくなったのがちょうど多数決をする直前のタイミングだったのは、運が良かったと言って良いだろう。


 そして久美子は桃華に頼まれた通りに時代劇の殺陣に手を挙げた――はずなのだが、自分以外に手を挙げる者がなく、司会の莉乃の白い目線が突き刺さったのだ。


 久美子は混乱したが、莉乃はそれに構う事なく投票を進める。

 桃華は嫌がってたはずのカードバトル桃太郎に手を挙げ、『普通の桃太郎』というよくわからない案に莉乃を含むクラスメイトの半数以上が投票した。

 おまけに何故かにいなの姿がない。


 黒板には物騒な殺害方法が所狭しと書かれていて、とても演劇の話し合いをしていた様には見えない。

 昨日腐女子バレして縮こまっていた女子生徒が満足気に胸をはり、それを小馬鹿にしていた彼女の幼馴染が悔しそうに睨んでいた。



 ――まあ、あとで桃華に何があったのか聞いてみよう。


 その判断が浦島太郎が玉手箱を開けるくらいの大惨事になる事を、久美子はまだ知らなかった。

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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

ひっそり連載中(※ジャンルはハイファンタジーです)

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