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姉と弟と戦闘シーン

「優鬼、ちょっといい?」

「……どーした姉ちゃん」

「いや、またちょろっと相談があるんだけどさ」


 机に向かって一年A組の脚本の推敲をしていた優鬼は、部屋に入って来る姉に脚本を隠しながら振り向いた。

 昨日よりも困ったような、そして引きつった笑みを浮かべている桃華を見て、優鬼はまたかとため息を吐いた。


「バイト代なら貸さないからな」

「おま、昨日の今日なんだから演劇の相談に決まってんだろ!?」

「知ってた。それで、今日はどうしたのさ」

「……昨日の話を踏まえて、クラスの連中に戦闘シーンに凝った桃太郎で勝負しようって言ったんだけどさぁ」

「反対された?」

「うんにゃ、その手があったかって絶賛されたよ。そこはありがとな優鬼」

「……そっか、それは良かったよ」


 ――二年B組の連中が馬鹿ばかりで、と優鬼は心の中で付け加えた。

 優鬼の仕掛けた罠に気づいた者はいなかったらしい。


「それでさ、その肝心の戦闘シーンなんだけど……」

「どうなった? ヒーローショー風? それとも対バンとか?」

「それが、その辺は人がいなくてできなかったんだよ。うちのクラス、体操部というか運動部がほとんどいないし、軽音部はいたけど自分達のライブの準備に忙しいから無理だって」

「あー、文化祭だもんなぁ」


 優鬼にとっては予想通りの結果だが、わざとらしく首を振ってみせた。

 軽音部や吹奏楽部が文化祭に参加しないわけがない。楽器の弾ける人間なら帰宅部にもいるかもしれないが、少なくとも桃華のクラスに名乗り出る者はいなかったようだ。

 運動部員がいないのは少し意外だったが。


「じゃあ、やっぱり殺陣?」

「それ――なんだけどさ。

 単刀直入に聞くけど……優鬼はカードゲームってどう思う?」

「は?」


 何がどう単刀直入なのか理解できず、優鬼は間の抜けた声が出る。


「いや、今日のクラス会でどんな戦闘シーンにしようかって話し合ってたんだけど、なかなか決まらなくてさぁ。

 そしたらうちのクラスのカードゲーム同好会の連中がカードバトルはどうかって言ってきて」

「えーと、一応聞くけど、具体的にはどうするの?」

「戦闘シーンになったら桃太郎と鬼が唐突にカードバトル始めて、負けたほうが死ぬ」

「……なんで死ぬのかにはツッコミ入れないけど、それ桃太郎が負けたらどうするのさ。カードゲームなんて時の運だろ」

「たぶん桃太郎が負けない様に八百長仕込む……のかな?」

「ないなぁ」

「じゃあ桃太郎は真面目に戦うけど、桃太郎が負けたら桃次郎が出てきて八百長で倒すとか?」

「いや、ないって言ったのは八百長じゃなくて、カードバトルがありえない」


 優鬼は力強く否定した。

 優鬼は演劇部門で桃華のクラスに負ける訳にはいかないし、そのつもりで思考誘導もかけた。

 ――が、しかし桃華に恨みがあるわけではない。カードバトル桃太郎という、監督の桃華が虐められかねな酷い演劇には、いくらなんでも待ったをかける。弟として。


「あ、やっぱり?」

「やっぱりも何も、そんなの俺に相談するまでも無く却下だろ」

「それがクラス会の雰囲気とか、カードゲーム同好会の奴らの熱気とかが混ざり合って話がこじれてきて」

「そんなの時こそ多数決の暴力」

「うちのクラス、カードゲーム同好会の人数が多くて」

「…………」


 運動部員が少ないというのは、ここにつながる伏線だった。

 さすがにクラスの過半数がカードゲーム同好会というわけではないらしい。しかし戦闘シーンには殺陣とカードバトルの他に、柔道や相撲、麻雀などの複数の案が出ていた。

 そして複数の候補の中で多数決をとった結果、カードゲーム対決に一番票が入ってしまったらしい。

 クラスの空気もおかしくなってきていたため、頭を抱えた桃華は監督権限を発動し、脚本を練り直すと宣言して逃げ帰ってきたのだった。



「だからさ、明日までに戦闘シーンの方向性だけでも決めておかないと、マジにカードバトルになりかねないんだよ。

 そしたらあたしはそんな演劇ではないよくわからない何かの監督になるわけで――な。わかるだろ?」

「わかるわかる。姉ちゃんならきっとできるよ」

「できるかぁ!」

「ぐえぇ!?」


 優鬼はもうかかわるまいと思い机に向かおうとしたが、その首を桃華が後ろから腕で絞めた。

 そのまましばらく格闘し、必死に桃華の腕を叩く優鬼にようやく桃華は腕を放した。


「げふっ、そ、そうなったら、それを理由にカードゲーム同好会の人間に脚本も監督も任せちゃえばいいじゃないか……」

「あ」


 桃華は優鬼と違い、元々監督や脚本をやりたかったわけではない。だからこそこうして度々弟を頼っている。

 今日はそのまま別の人に監督を押し付けるチャンスだったかもしれない。


「そ、その手があったか……」

「ただまあ、そこで姉ちゃんが監督を降りたら、いよいよクラスの出し物がカードゲーム対決で決まってただろうけど」

「…………文化祭に積極的に参加したいわけじゃないけど、流石に自分のクラスの出し物がそれってのは嫌かなぁ」

「なら、カードバトルに勝てるような戦闘シーンを考えておかないとなぁ。

 ……まあ、一日経てば姉ちゃんのクラスメイトも頭が冷えてるだろうけれど」

「うん、そうなる事を期待するよ」


 こうして姉弟は、昨日に続いて顔を突き合わせて話し合う事になった。

 優鬼も桃華のクラスを蹴落とす事はやめたわけではないが、ある程度は助けてやらなければという思いが生まれていた。少なくとも、カードバトル桃太郎は避けさせなければならないと。


「それで、他にはどんな意見が出てたの?」

「まずは私が出した対バンとヒーローショーだけど、この二つできる人がいなくて却下だね。それにさっき言った柔道剣道麻雀……あとはトランプも出てたかな。

 料理対決って案もあったけど、多目的ホールでは火が使えなくて却下になった」

「鬼と桃太郎の料理対決か。地味に見てみたかったな、それ。

 一体何を作るつもりだったんだろう?

「鬼は鬼おこしとか?」

「お菓子じゃんか」

「桃太郎は……炒った豆とかじゃない?」

「それ、投げつけるための武器だよね? 料理対決じゃないよね?

 桃太郎なんだから桃料理じゃないの?」

「桃料理じゃ鬼に勝てないでしょ。あとは――鶏肉料理?」

「雉!?」


 ノってきた優鬼は叫び、そして本題とはズレてきた事に気づいて咳払いをした。

 心なしか、桃華には優鬼の耳が赤くなっているように見える。


「ごめん、話が逸れた。

 料理対決は火が使えないと無理として、他にはどんな案が出てたの?」

「あとは、カードゲームより普通のテレビゲームのほうがわかりやすいって意見もあったね。

 鬼と戦うゲームを桃太郎役がプレイして、その画面をプロジェクターで映すのはどうかって」

「要するに、動画サイトの生中継ゲーム実況か。なんか、本当に偏ってるよね姉ちゃんのクラス」

「あとは――なんでも良いけど鬼は殺さないで、友情や愛情が芽生える終わりが良いって女の子も」

「……それ、愛情が芽生える場合は鬼が女性ってことで良いんだよね? 腐向けにしろってことじゃないよね?」


 おそらくはカードゲーム同好会の暴走に乗じ、普段は大人しいクラスメイト達も隠していた本性を出してきたのだろう。腐向け桃太郎を提案した女子生徒は今頃、後悔して身悶えしているに違いない。

 カードバトルを潰そうにも、ろくな意見が出ていなかった。これでは桃華が逃げ帰ってくるのも仕方ない。

 もっとも桃太郎をやろうと言ったのも、戦闘シーンを工夫しようと言ったのもその桃華なのだが。


「なにしろうちのクラス、普通のチャンバラで良いじゃんって人の方が少数派だからね」

「それはチャンバラって言い方をするからだろ? 殺陣たてと言え殺陣と」


 子供のチャンバラと真面目な殺陣には天と地ほどの差があるのだが、現在は民間放送で時代劇がやってないので若者には理解しづらいのかもしれない。

 優鬼も十分に若者だが、今時に某歴史小説家に憧れて文芸部に入った彼は時代劇を愛していた。

 優鬼はライトノベルが好きで、書いている小説もほぼライトノベルである。しかし最初に愛した小説は父に借りた歴史小説だった。正義の暗殺者や火付盗賊改方が主人公の小説が有名だが、優鬼のおすすめは剣客親子の日常を描いたものだ。

 古い割には文章がわかりやすく、登場人物も多くはないので若者にも読みやすい。主人公が若い女性達に言い寄られる場面や自慰行為に浸るヒロイン、活躍する強い主人公に美味しいそうな料理描写などは、ライトノベルやネット小説しか読まない世代にもきっと受け入れられるだろう。むしろルーツと言えるかもしれない。

 あの小説を読んではるばる一本うどん屋に食べに行った人は、きっと日本に万単位で存――


「あ、テレビゲームの派生で、桃太郎役を観客から選んで観客にプレイしてもらおうってのもあったかな」


 はるか遠くに飛んでいた優鬼の思考を、桃華の声が引き戻す。


「水族館とかのショーで、子供達が手を挙げる奴か。もはや演劇のえの字もないなぁ……

 イルカやオットセイと遊ぶならともかく、誰も手を挙げないでしょ」

「そうかな? 優鬼だって中学生まではゲーム屋さんの無料体験コーナーで一日中遊んでなかったっけ?」

「少なくとも多目的ホールの舞台に立ってまでやろうとは思わないし、それはもう演劇じゃなくてコンピ研の出し物だよ」

「別にゲームを自作するつもりはないっぽいけど」

「論外だ!」


 結局二年B組の意見はほとんど参考にならなかったので、優鬼は自分で桃太郎と鬼の対決シーンを考える。


「優鬼、剣道や柔道は?」


 桃華はまだクラスの案を捨てていなかった。


「剣道なら殺陣の方がいいよ。それに剣道着来てると誰が桃太郎で誰が鬼だかわからないし。

 柔道だと、畳か何かを下に敷かないと危ないからね。十分じっぷんの準備時間で準備するのは難しいかな?

 それ以前にどっちもシュールで何かおかしいけど」

「むぅ」


 そこで桃華はおし黙る。

 さすがに麻雀やトランプについては弟に聞くまでもなかったので。


「やっぱり戦闘シーンと言えば時代劇の殺陣みたいな感じがいいと思う。

 ただ、それだけだと四十分持たないかも」

「ん? よく準備時間や持ち時間がわかったね」

「……まぁね。

 それで問題は、桃太郎なんて流し気味に演じたら十分じっぷん程度だし、時代劇の殺陣を残り三十分はもたないかなぁと思ってさ」


 文化祭の演劇は全て照明設備の整っている多目的ホールで行われ、クラス演劇は事前に引いたクジの順番に従って公演される。演劇希望のクラスが多い時には抽選が行われるが、今年はそれほど希望がなかったために抽選はなかった。

 それは優鬼にとっては幸運な事だが、桃華にとっては不運である。抽選があれば真っ先に桃華の二年B組は辞退する事ができていただろうから。

 一クラスの演劇時間は四十分とされていて、そこに前後の準備と撤収の時間を入れて、一時間刻みで一つの演目が行なわれる。演劇部だけは昼の一番良い時間と、持ち時間一時間半を与えられていた。


 持ち時間を超えるわけにはいかないが、見終わった客が次を待たずにそのまま帰ってしまう事が増えるので、短すぎるのは認められないらしい。

 当然、一年A組の脚本担当の優鬼がそれを知らないわけはない。姉がその事に突っ込んでくる前に、優鬼は話を進めてしまう事にした。


「普通に殺陣をやると、鬼との決戦にどんなに時間を使っても十分が限界じゃないかな?」

「じゃあ、殺陣も駄目って事?」

「そこはやりようだよ。

 例えば、犬猿雉とも一対一の決闘をして家来にするのはどうだろう? 時間を稼げるし、そうやって一度お供達の見せ場を作っておけば、鬼とお供達の決戦の時に見せ場を作り易いからね。

 売り込みも、『殺陣にこだわった桃太郎』って事にすればいい感じだと思うよ」

「なるほど、それ良いかも!」


 解決の糸口を見つけた桃華は喜び、優鬼も桃華に微笑みかける。

 本当は家来達との出会い方をストーリー付けて工夫すれば、桃太郎はより面白くなるだろう。また家来のうちの一人くらいは決闘で仲間にしてもいいだろうが、三人すべてと決闘すると『殺陣にこだわり過ぎてかったるい桃太郎』になってしまう。

 優鬼は裏でそう考えていたが、桃華にそこまでの知恵を貸すのは避ける。カードゲームや麻雀対決では酷すぎて問題有りだが、面白くなりすぎてもいけない。

 このくらいならば一年A組が負ける可能性はないし、桃華が責められる事もないという妥協点であった。


「けど犬猿雉ってどうやって戦うのかな?」

「擬人化するとしても、元の動物っぽさは欲しいね。

 犬は……噛みつき? 猿は鉄の爪で、雉は突剣でいいと思うけど」

「あ、ひとつ思いついた。犬には最初は刀を持たせておいて、対決の時に鬼に金棒で刀を折られちゃうんだよ。で、鬼が勝利を確信したところで喉にガブリと噛み付いて倒すとか」

「お、いいんじゃないかな! 犬の見せ場っぽさがあって」



 その後いくつかの殺陣の案を出し、時間配分などは優鬼が調整して姉弟会議は終了した。

 桃太郎は犬猿雉を決闘で仲間にして、義兄弟の盃を交わす代わりに黍団子を食べる。武器はもう少し日本らしい物が良いと、犬に刀、猿に鎖鎌、雉に槍を持たせる事にした。


「これで何とかなりそうだよ。ありがとな優鬼」

「どういたしまして」


 最後に優鬼にお礼を言い、桃華は優鬼の部屋を出た。

 殺陣の案がまだ固まりきらないが、それはクラスで話し合えばいい。


 問題は明日、キワモノ揃いのクラスメイトをどう説得するかである。

 最大派閥がカードゲーム同好会である現状、他のクラスメイトを殺陣派に引き込まなければ今日の優鬼との話し合いは無駄になる。

 カードゲーム大会になったら監督を降りるつもりだが、二年B組の全員が等しく馬鹿にされる事は避けられないだろう。


「流石に一日経てば、皆冷静になってるよねぇ……」


 そう信じつつも一抹の不安を感じながら、桃華は翌日のクラス会へと臨むのだった。

 

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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

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