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「この度は私の部下が大変世話になった。ご迷惑をおかけして申し訳ない」


第三騎士団団長、リードヴェルチェ・マスディリアス。六ある騎士団の中で最も武力に優れていると言われる第三騎士団をまとめるその人は、今朝馬を走らせてシュルトさんを迎えにきた。


……大量の宝石や金属貨幣を持って。


そして現在、数日前の傷が嘘のように治ったシュルトさんと一緒に頭を下げている。騎士というより盗賊や海賊にいそうな厳つい顔に、壁を彷彿とさせる長身に見合った筋骨隆々の身体も相まって、小さい子供なら泣いてしまいそうな風貌である。


「あの、シュルトさんは迷惑なんてかけてないので……頭を下げるのをやめてください。そしてこのお礼品は受け取れません」

「いや、しかし……!」

「私は怪我をした人を助けただけです。感謝されるのは嬉しいですけど過剰なお礼は望んでないんです」


ちょっときつい言い方になってしまったが、このくらいはっきり言わないとこの世界では流されてしまう。必要としない品を渡されても困るだけだ。


「団長、彼女は銀貨一枚すら受け取ってくれませんでしたと手紙に書いたでしょう? なぜこんなに持ってきたんですか」


頭を下げていたシュルトさんが頭を上げ、団長を非難する。その声はどこか怒りを含んでいるように感じた。


「む……。私なりの礼のつもりなのだが……」


やっと顔を上げ、眉根を寄せる。それがさらに恐ろしさを倍増させ、子供が泣き出す顔から夢に出てきそうな顔にグレードアップした。


「ですので、このお礼はお持ち帰りください。私はここまで馬を走らせて頭を下げてきてくれただけで充分です」


魔女は謙虚であれ。そう教えられたのもあるが、過去の経験からお金や宝石を必要以上に持つことが恐ろしいのだ。あっても損はないが、この世界では物々交換が成立するため、最悪お金がなくても生きてはいける。そんなわけで目の前にある金属貨幣やら宝石やらは私にとって恐怖の対象でしかない。


「……魔女殿は謙虚な方なのだな」

「まだ見習いですけどね」


ここの魔女はヘクセさんだ。断じて私ではない。


「たしかに本人が必要ないというものを押し付けてもお礼にはならぬな。……申し訳なかった。今度何かあれば騎士団を訪ねてきてくれ。見習い魔女殿の力になろう」

「ありがとうございます。その時は是非にお願いいたします」


団長さんとシュルトさんは右の拳を左胸の前に持ってくるという騎士特有の敬礼をして、二頭の馬に乗って森を去っていった。




「こんにちは、アンジェさん」

「……あ、こんにちは」


溢れそうなくらいの木の実が入った籐籠を両手で抱えて足で玄関の扉を蹴り開けた目の前に、美貌を最大限に活かした微笑みをひっさげて彼はそこにいた。私は蹴ったまま停止していた足を戻し、取り繕うように笑う。木の実を外にある貯蔵室に仕舞い、シュルトさんをいつも通り小屋の中へ招いた。


ことの発端は一ヶ月前。シュルトさんが団長さんと帰った数日後、いつものように洗濯物を干していたところに、いないはずのシュルトさんが目の前の洗いたてのシーツよりも美しい微笑みをたたえて立っていたのだ。


「シュルトさん? どうされたんですか? なにか忘れ物でも……」

「あ、いえ。ただ貴女に会いたくて来てしまいました」

「…………え?」


数秒間固まった私は、とりあえずシュルトさんを庭に置いてある背凭れのない丸椅子を勧めた。が、彼はそれを断るとさくさくと庭に立ち入り、いつも台を使って干しているシーツを軽々と物干し竿に干し始めた。あまりにも自然な動作に思考が止まる。


「……シュルトさん! それは私がやりますからっ!」


一拍おいて我に返った私は、慌ててシュルトさんを止める。しかし身長の差でいくら飛び跳ねてもシュルトさんが持つシーツを掴むことができない。


「いいんですよ。この方が早く終わるでしょう? 私は貴女と喋る時間がほしいのです」


美の女神も裸足で逃げ出す微笑みを直視できなくなった私は、顔が赤いのを悟られないように籠から布巾や手巾やらに使っている布類を干す。空色や桜色に染められた布は、青空の下に満開の桜が咲いている様を思い出させた。


「美しい色合いの手巾ですね。このような色は見たことがありません」

「特別に調合してもらったんですよ。あまり派手な色は好きではないので、淡い色にしていただいたんです」


この世界の人間はどうにもはっきりとした鮮やかな色が人気らしく、淡い色はあまり見かけない。どうやら貴族達の中で派手な色が流行しているらしく、元々敬遠されがちだった薄い色の製造はさらに縮小されたのだ。それを知って愕然とした私はヘクセさんの伝手を使い、薄い色の染色薬を作ってくれそうな人に頼み込みこの二色を作ってもらったのだ。


「私もこちらの色の方が好みですね」

「ありがとうございます」


どうでもいいやり取りを交わしながら手を動かす。やはり二人でやるとスピードが違う。あっという間に洗濯物は籠からなくなった。その籠を洗い場に置いてエプロンを外すとフード付きのローブを羽織って外へ出た。シュルトさんと森を散策しながらお互いの近況を話し合う。近況と言っても私はほぼ毎日同じことの繰り返しなのでもっぱらシュルトさんの勤める騎士団で起きた出来事を聞くだけだったが、彼が話し上手で全く飽きなかった。

お互い暇ではないので小一時間程度だったが、シュルトさんはとても嬉しそうだったし、私も良い気分転換になった。そして彼はそれから頻繁に小屋にやって来るようになったのだ。


今日も何気ない会話を、シュルトさんが持ってきてくれたクッキーと紅茶を飲みながら一時間程度すると満足げに帰っていった。去っていく背中を見送り、私も仕事の続きを再開する。


そんな茶飲友達のような関係は半年ほど続いた。

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