表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

5

「いただけません!」


革袋の口を紐で縛りなおして目の前のテーブルに置く。中に入っていた銀貨はざっと見ても五十枚近くあった。しかもこの一袋だけではなく、床には同じ革袋があと四つ置いてある。もし、中身が全て銀貨ならば高額な魔法瓶を大量に購入してもお釣りがくる。

この世界の通貨は共通して、銅貨、銀貨、金貨である。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚となる。

この国の平均月収が銀貨三十枚ほどで、例を挙げるなら四人家族がひと月食べ物に困らずに生活できるくらいである。それを踏まえて考えるとシュルトさんの上司は金銭感覚がおかしいのがわかるだろうか。騎士団の団長ならば確かにこの金額は微々たるものだろう。しかしそれでも常識的ではない。


「ふふ、貴女ならそう言うと思いました。私の上司は金銭の勘定が苦手な方でして……。すべて、とは言いませんので、私の滞在費だと思ってほしい枚数だけ受け取ってください」

「銀貨一枚でも多いですっ!」


シュルトさんに使った薬は、私の試薬なのでもちろん無料(タダ)だ。宿泊費だって空いている部屋を使ってもらっているから必要ないし、数日分の食料だって銅貨三枚で事足りる。むしろ、銀貨一枚でも貰いすぎなのだ。


「それでは……私に使っていただいた魔法薬の代金と言うことで、一袋受け取ってください」


私がテーブルに置いた革袋を指差した。顔は微笑んでいるのに有無を言わさぬ威圧感があるのは気のせいだろうか。思わず頷きそうになるのをぐっと堪えて首を横に振る。


「……はぁ。わかりました。お代を受け取っていただくのは諦めます」


ついにシュルトさんが折れた。私は心の中でガッツポーズを決め、シュルトさんに服と銀貨の入った革袋を押し付けた。


「これで服の件は大丈夫そうですね。よかったです」

「はい。貴女にさらにご迷惑をお掛けしなくて済みました」


これで解決とばかりに私はシュルトさんの部屋を後にし夕飯作りに取り掛かった。今日は庭で採れた野菜のスープとお手製のパンだ。パンは生地から手作りしていて、今日はラズラリーの実と胡桃を練りこんだもの。窯の中に昨日から準備していたパン生地を入れる。焼けるまでしばらくかかるので野菜スープを準備する。


「これじゃあシュルトさん足りないよね……」


スープを作りながら他の食材を物色していると、塩漬けしてある鳥の肉が見つかった。そうだ、今度食べようと漬けてたんだった。忘れていたが今思い出してよかった。最悪忘れたままで食材が無駄になるところだった。


「よかったー!これを焼けばちょうどいっかな」


フライパンに油を垂らして肉を焼く。ジューっと美味しそうな音とパチパチと油のはじける音が食欲をそそる。薬を作る片手間で作っていた香辛料で味付けをして完成だ。ちょうどパンもいい具合に焼けたので、焼きたてのそれと野菜スープと塩漬け肉をトレーに乗せてシュルトさんの部屋に持っていった。


外を見るのを飽きたのか、私が暇潰しにと渡した本に目を通していた。ふと顔を上げて私とトレーを見比べてにこりと笑う。


「美味しそうな匂いですね。わざわざありがとうございます」

「お口に合うかどうかは分かりませんが……」

「ふふ、あとで感想をお伝えしますね」

「お願いします」


シュルトさんの部屋を後にして、一階のダイニングへと戻ると焼きたてのパンを窯から取り出して、野菜スープを木の器によそう。二人分並べ終わると見計らったようにヘクセさんが玄関から現れた。


「ちょうどよかったみたいだねえ」

「はい。いま並べ終わったところだったので食べましょう。……いただきます」

「ふむ……いただきます」


最初は手を合わせ、いただきますと言う行為に首を傾げていたヘクセさんだが、理由を知ると私の見よう見まねでやり始めた。今ではなんの違和感もなく使っている。もちろんごちそうさまもセットだ。


「しかしお前さんは本当に腕を上げたよ。始めの頃はよくパンを焦がしてたっけねえ」

「その頃のことは忘れて下さい」


それでもヘクセさんは文句を言いつつも全部食べてくれたのだ。出来なくて悔しくて泣いたときは頭を撫でながら前より進歩してるから大丈夫、もう少しだと励ましてくれた。黒歴史ではあるけれども、いい思い出だ。


「アンジェ。あの騎士にこの薬を渡しておやり。跡が残らずに治るだろう」


夕飯を食べ終え、シュルトさんから美味しかったとの言葉とともに空の食器を受け取って下へ降りて行くと、ヘクセさんが机の上に小さな壺を置いた。中身はどうやら新作の傷薬らしい。


「いいんですか?」

「これは余りだからね。腐らせるよりはマシさ」


なんとまあ素直じゃない。ヘクセさんが薬を余らせることは絶対になく、しかもそんな薬を作る依頼なんて今は来てない。依頼を管理しているのは私なので断言できる。ということはその小壺分だけ作ったことになる。ヘクセさんなりにシュルトさんを心配しているのだろう。


ニヤニヤしている私を見てヘクセさんは不服そうに鼻を鳴らした。


「ふん。勘違いするんじゃないよ。さっさと治してさっさと出て行って欲しいだけさ」


それならわざわざ手間のかかるよあな薬作らなくていいのに。しかも単品で。


本当に素直じゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ