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騎士は場所と自分の状況を理解したのだろう、無理に起き上がろうとして痛みに顔をしかめる。慌てて手を添えて起き上がるのを手伝い、背中のあたりにクッションを挟めば些か楽になったのか表情が和らいだ。


「……助けていただき感謝します。私はダングストス国第三騎士団隊長のシュテルツェルト・ボルドリアと申します」

「しゅて……しゅてる……つぇると……さん」


なんとも言い辛い名前だろうか。舌の回らない私に騎士が苦笑し、好きに呼んでくれて構わないと言われたのでお言葉に甘えてシュルトさんと呼ぶことにした。


「シュルトさんはなぜこの森に?」

冒険者組合(ギルド)からの依頼です。この森に強い魔力を持った魔物が出現しているから退治してほしいというものだったのですが、お恥ずかしながら隙を突かれまして……。なんとか撃退はしましたが出口が分からず彷徨っている間にあの泉のそばで力尽きたのです」


その魔物の話なら聞いたことがあった。町に食料品を買いに出た時に人々が噂をしていたのだ。魔女(わたしたち)をよく知る町の人々からは気をつけるようにと買い物を済ますたびに言われ、この町に宿泊している冒険者からはお前の仕業だろうと罵られた記憶がある。まあその冒険者は魔女を慕う町の人々にボコボコにされたが。

その時のことを思い出し、くすりと笑いが漏れてしまう。それを自分の失態への笑いと勘違いした騎士が慌てふためく。神に愛されたと言うべき美貌が眉をハの字にして困っている姿はなんとも笑いを誘い、私はさらに声をあげて笑ってしまった。


「……申し訳ありませんでした。決して騎士様を嘲笑ったわけではありませんのでご了承ください……!」


ようやく笑いが収まり段々と状況を思い出した私の顔からサッと血の気が引く。ベッドの上で未だに困り顔のシュルトさんに深々と頭を下げ全身全霊で謝罪した。


「いえ……笑われても仕方のないことをしてしまった自覚はありますからお気になさらず」

「ああ違うんです!私が笑ってしまったのは魔物の話を町で聞いた時のことで一悶着ありまして……その時のことを思い出してつい……」


言い訳にしか聞こえないかもしれないが事実なので伝えておく。するとシュルトさんは私の必死さが面白かったのだろう、私より遥かに優雅な仕草で笑った。


「ふふ……魔女は少々不気味な存在だと思っていたのですが、その偏見は改めた方がいいようですね」

「それは是非に。魔女はちゃんとした職業ですよ」


魔女は所謂縁の下の力持ち的存在である。回復薬(ポーション)を筆頭にその他様々な魔法薬は人々の生活になくてはならないものだ。それがなくなってしまったら誰しもが生活に支障がでる。魔法薬は魔女でなくても薬草学を一通り学べば作れるが、魔女ほどの完成度(クオリティ)はない。そうなると魔女の魔力を込めていない魔法薬は使用期限が短いためどんどん消費され、作り手側が追いつかない……つまり需要と供給のバランスが崩れてしまうのだ。誰もそんなことは考えていないだろうけれど、とても重要なことだ。


「そうだ、このお粥食べてください。もちろん変な薬なんて入れてませんからね?」

「貴女を見てその心配はなくなりました。ありがたくいただきます」


器にお粥を移してシュルトさんに渡す。これまた芸術品のような手で器を包むように受け取り、木製のスプーンでお粥を少しずつ食べ始めた。


「……優しい味ですね。とても美味しいです」

「お口に合ってよかったです。それを食べたら薬を飲んでください」


ことん、と小さな瓶をテーブルに置く。ライムグリーン色をしたそれは回復薬(ポーション)だ。回復薬(ポーション)は体力回復はもちろん自然治癒力を高めるものでもある。そして魔女の魔力を込めた品なので効果は抜群だ。一応軟膏は塗ったが早く治すためには回復薬(ポーション)もセットで使ったほうが早い。ただ魔女の魔法薬は高いので無駄遣いを避けるために普通は軟膏だけで済ます人が多いが。


「何から何まですみません。あとで第三騎士団あてに請求書を送ってください」

「これは私が作ったものなのでお金はいりません」


この間ようやく回復薬(ポーション)を作らせてもらった時の余りだ。何かで使うと思ってふたつほど取っておいたのだが健康体そのものの私には使う機会など訪れなさそうなのでむしろ使って欲しい。そう伝えればシュルトさんはまだ何か言いたげだったが、お粥を綺麗に食べたあとしっかり飲んでくれた。


「あと数日もすれば動けると思います。その間はここで療養してください。シュルトさんに失礼かもしれませんが、この森をその状態で抜けるのは自殺行為です」

「……そのようですね。おとなしく急な休暇を楽しむとします」


にこりと女神の如き微笑みを浮かべどこか嬉しそうに窓の外の森に目を向けた。美しい絵画の一枚のような光景に一瞬見惚れるが、我に返って空になった鍋と器を下げる。鍋と器を洗い干して麻布のエプロンで濡れた手を拭いた。


「あ、ルナ!おかえりなさい。お疲れのところ悪いんだけど……もう一回お願いしていい?」


おずおずと羊皮紙を見せるとルナは胸を張り翼をまだ飛べる言わんばかりにバタバタと動かした。その頼もしさと可愛らしさに思わずルナを抱きしめる。ふかふかの羽毛と暖かい体温が気持ちいい。


「それじゃ、よろしく」


暫くふかふかを堪能した後、ルナに括り付けられていた羊皮紙を外し、新たな羊皮紙を括り付ける。行き先は変わらず王宮だ。一応羊皮紙にはシュルトさんの魔力印が押されているから虚言でないことは証明できるはずだ。

力強く羽ばたいていくルナを見送っていたらキィッと玄関の扉が開く音がした。そちらに顔を向けると杖を支えに真っ黒なローブを羽織ったヘクセさんが帰ってきたところだった。慌てて出迎えヘクセさんが脱ぎ捨てる前にローブを受け取る。


「……知らない魔力を感じるねえ」

「あー……ヘクセさん、それにはちょっとした理由(わけ)がありまして……」


魔力感知の鋭いヘクセさんが気がつかないはずもなく、目を泳がせる私にひとつ大きなため息をついた。


「危険な魔力でもないし、その話は後だよ。それより王宮からの返事はきたかい?」

「あ、はい。これです。ちょうどいま届きました」


上等な羊皮紙をヘクセさんへと手渡す。お気に入りの揺り椅子に腰掛けたヘクセさんは羊皮紙に目を通し始めた。私はお茶を淹れる準備をする。


「明日九刻の鐘が鳴るころに森の入口に馬車が来るからその前に依頼の薬を持って行っておくれ」

「わかりました。香草茶(ハーブティー)を淹れたのでどうぞ」


ヘクセさんがお気に入りのローズヒップティーを出すと心なしか嬉しそうに飲み始めた。これならば話しても大丈夫だろうと向かいにあるふかふかなクッションを敷いた椅子に腰掛けてなるべく簡潔に事情を話した。


「そうかい。事情はわかったよ。その騎士様はいまお前さんの部屋かい?」


空になった陶器のカップをソーサーに戻し、二階に視線を向けたヘクセさんに頷きカップを洗い場へ持っていく。


「それなら隣の部屋が空いていただろう? 騎士様にはそこを使ってもらいな」

「え、でもいいんですか?」

「ある部屋を使わないのはもったいないしねぇ。すぐに使える状態だからね。構やしないよ」


確かに二階には私の部屋の他にもうひとつ部屋がある。ヘクセさんは一階を使っているから空き部屋のそこは使用しても全く問題ないのだが、ヘクセさんから言いだしてくるのは正直意外だった。

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