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回想②

「お前さんの名前は今日からアンジェだよ」

「アンジェ……ですか?」


小屋に住むようになってから数日後のとある朝。向かいに座って朝食を摂っていたヘクセさんが突如そんなことを言い出した。私の名前は天道ゆずりである。断じてアンジェという名前ではない。意味がわからず首をかしげる私にヘクセさんは朝食を食べる手を止めて説明を始めた。


「お前さんの名前のユズリというのは奇妙な音でねえ。私はいいんだが、町でその名前じゃあ不審がられるだろう?」

「ああ、それでですか! むしろありがとうございます」

「喜んでくれて私は嬉しいよ。さて、お前さんに少々提案があってねえ。お前さん私の弟子にならないかい?」


ここにタダで住むことに申し訳なさがあった私はその願ったり叶ったりな提案に一も二もなく飛びついた。弟子として住み込むならヘクセさんの手伝いができてここに住む正当な理由になる。そこまで思考を働かせて私はある考えに思い至り弾かれたようにヘクセさんを見つめる。


「……もしかしてヘクセさん気がついて……」

「さあねえ。私はただお前さんに魔女の素質があると思ったからだよ」

「……魔女の素質?」

「魔女の魔力は特殊でね。普通は放出するしかできない魔力を別のものに『込める』ことができるのが魔女の魔力さ。お前さんは気がついていないだろうけどね、持っていた奇妙な形の鞄には魔力が宿っていたんだよ」


奇妙な形の鞄と言われて思い浮かべたのが私がこの世界に迷い込んだときに持っていた鞄だ。私にとったらなんの変哲もない鞄なので首をかしげるしかない。


「丈夫だったり妙に汚れにくかったりなんてことはなかったかい?」

「……あ。確かに……」


それには心当たりがあるが、ただ単に生地が丈夫で運良く汚れないだけなのだとずっと思っていた。そもそも魔力云々など紙の向こう側の世界の出来事で私の鞄に魔力が宿っているなどと発言した日には白い目で見られること必至である。


「無意識のうちに込めたものだから微々たる効果しか現れないが……お前さんのその魔力量なら色んなことができそうだねえ」

「へえ……。魔女になるにはその素質だけでいいんですか?」

「そうさ。その素質を持つ者自体滅多にいるわけじゃあないからね。それこそ境門通過者の次に珍しいんだ。それを考えるとお前さんは最早神獣と同列の存在だよ」


神獣がどんな存在なのか私には分からないが珍獣と同じような感覚でいいのだとしたら酷いものだ。今の話を聞いていると二拍子揃った私は確かに希少だろう。しかし例えが動物なのは複雑だ。

そんな私の微妙な顔を見てヘクセさんは悪戯が成功した子供のように意地悪く口角を上げた。


「意地悪はここまでにしようかねえ。……魔女になることを承諾したお前さんの答えに水を差すようになる話だが聞いてくれるかい?」


真剣な目をしたヘクセさんに私は思わず背筋を伸ばして頷いた。ヘクセさんは朝食後の紅茶を飲みつつ言葉を選ぶかのようにゆっくりと口を開いた。


「この話を聞いてから魔女になりたくない、と拒否しても一向に構わないからね。それで追い出すことはしやしないから安心しな」

「……はい」

「魔女には掟があってね。真名を他人に明かしてはいけないんだよ」

「……まさかアンジェという名前もそのために?」

「さっき言ったことも本当さ。ただ魔女になるならばこの条件が加わることになるってことだよ。私のヘクセという名も真名ではないしね」

「その……真名を明かしてはいけない理由はなんですか?」

「魔女の契約を了承なしにさせないためだよ。魔女の契約はすべてをその相手に捧げるという契約でね。生涯を誓い合うよりも確実で強固な結びつきさ。なんせ相手に自らの命を握らせているようなものだからねえ」


どこか遠くを見つめながらヘクセさんは紅茶を口に運ぶ。私は魔女の契約の内容に少々引きながらもヘクセさんの続きを待つ。


「まあでも魔女の契約をする魔女なんて殆どいないよ。自らの命を預けられるほど愛することができる相手はそうそう巡り会えやしないしね」

「でも過去にはいたんですよね? その契約をして命を預けるほどの利点は魔女にあるんですか?」

「ふむ、お前さんは頭が働くねえ。そうさね、契約した魔女はその時点から相手からの愛が続く限りとんでもない幸福を得ることができるくらいだよ」

「利点少なっ!」


驚くほどメリットのなさに私は思わず声を上げてしまう。ヘクセさんは驚きもせずに肩をすくめる。


「魔女なんてそんなもんさ。……私の話はこれで終わりだよ。さてお前さん。この話を聞いて魔女をやめたくなったかい?」


ピンと伸ばした背筋を保ったまま私は首を横に振った。ヘクセさんは僅かに驚いたように目を見張り理由を尋ねてきた。


「一番はヘクセさんに対する恩返しがしたいからです。……それと、これから先何があるかわかりませんし、ここが右も左も分からない女一人が身一つでどうにかなる世界だとは思っていません。その中で魔女という職に就けばもし一人で暮らしていくことになったとしても役に立つと思ったのもあります」


打算と自己満足なのは重々承知の上だ。言葉を繕うことも飾り立てることもしない。それをしてしまえば何かが壊れる気がしたから。根拠はないけれど私の勘がそう言っていた。


「その考え方は間違っちゃいない。むしろそう考えてくれて私は嬉しいねえ。ただの自己満足だけでは魔女は務まらないからね」

「ありがとうございます。ヘクセさんに失望されないよう頑張ります!」

「魔女になるには知識と経験が一番必要なことだからね。お前さんは頭も働くし問題ないだろう」

「……魔力の操作じゃないんですか?」


意外な事項を言われ目が点になる。そもそもこの世界における魔女の役割を知らないことに今気がついた。

ヘクセさんに恥ずかしながら尋ねると分かりやすく教えてくれた。


「私の主な仕事は魔法薬の販売や(まじな)いさ。呪いと言っても怪しいものではないよ。恋占いや天気予測などのちょっとしたことに役立つものだ。魔法薬は魔女の特殊な魔力の本領発揮といったところだろうねえ。例えばただの回復薬(ポーション)なら薬草学を学べば作れるが……その回復薬(ポーション)の効果を増幅したり使用期間を延長させたりできるのは魔女だけでね。冒険者にとっては手が出しにくいが王宮の騎士団の連中には重宝されているよ」


どうやらヘクセさんはそれで稼いでいるらしい。王宮の依頼が来ないときは安価な値段で町に魔法薬などを売り生計を立てている、とのこと。呪いは自発的に行わず、この森に足を運び心から必要としている場合のみ行うようだ。


「私がやっているのはこのくらいだね。とても地味で表立ったことはしないがそれでもいいかい?」

「むしろ目立つのが苦手なので望むところです。これからよろしくお願いします」


この日から私は『天道ゆずり』改め『アンジェ』としてこの世界で生きることになった。

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