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「ん……! 美味しい!」

「だろう? さすが最高級食材なだけあるね」

「俺……、生きててよかった」

「見つけてとった甲斐がありましたね」


こんがり焼けた肉を四人で切り分け頬張る。月並みな表現だが、ほっぺたが落ちそうとはこのことなんだろう。気がついた時には全員で丸々一頭綺麗に食べつくしていた。


「はぁ、食った食った! 野宿でこんなに美味しい思いができるなんて久々だよ」


満足げにお腹を叩くアリアさんはそのままごろんと寝転んだ。私はまだ余っている果実を食べつつ、隣で焚き火に火をくべるシュルトさんを観察した。赤々と照らされた顔はひとつの芸術品で、どれだけ眺めていても飽きることがない。特に目を引かれるのは宝石を埋め込んだような紫水晶の瞳だ。この瞳に見つめられるたび、どぎまぎしてしまう。


「兄ちゃん、俺たちも水浴びしに行こうぜ。あっち側なら死角になって見えねえだろ」


果実を食べ尽くしたリドさんがシュルトさんに声をかける。その声にずっと眺めていたことを思い出し、慌てて視線を逸らす。そんな私の様子を知ってか知らずか、行ってきますねと一声かけてリドさんと一緒に湖の死角に消えて行った。


「ま、あれだけ綺麗な顔だと眺めたくなる気持ちもわかるよ」

「……ぷはっ! えっと、その……」

「大丈夫大丈夫。恋愛感情ではないのは分かってるから。伊達に何百年も生きてないよ」

「それならよかったです……」


勘違いされるのも仕方のないことではあるが、それでも下手に勘違いをされると誤った情報が伝わる可能性がある。そうなったら今後旅をする上で非常に困る。


「リドあたりは勘違いしてそうだけとね。あの馬鹿、頭いいのにそれを使わないから」


困ったように笑うアリアさんを見て、長年連れ添った夫婦のような感じがして笑ってしまう。予想外の反応にきょとんとしたアリアさんは、首をひねった。


「アリアさんとリドさんがーー」


理由を言いかけてわたしは固まった。そしてそのまま下を向いてアリアさんの背後を指を指す。視界に飛び込んできたのは大きめの布を体に巻きつけたリドさんを背負った上半身裸のシュルトさんだった。


緻密に計算されて創り上げられたかのような美しい肉体は、その顔と相まって最早人間の域を脱している。思わず下を向いたのはこのまま見続けてはまずいと本能的に判断したためだ。


「なっ……!?」

「すみません。リド殿が湖で鼻から血を出して倒れてしまって……」

「そいつはその辺に放り投げていいからまずはあんた、上を羽織りな!! 」


ぶんっとアリアさんが自身の外套を投げつけるのが音でわかった。がさごそと音がするのでシュルトさんはちゃんと外套を羽織っているのだろう。


「突然でしたので、急いだ方がいいのかと思いまして……」

「ああ、まあ……それはわかるけどさ。とりあえずアンジェ、もう顔を上げても問題ないよ」


一度大きく深呼吸をして顔を上げる。しっかりと外套を羽織ったシュルトさんに安堵のため息が漏れた。


「アンジェには刺激が強かったか……。すぐ顔伏せて正解だよ。あのまま固まってたらリドの二の舞だ」

「それはどういう……?」


本当に何もわかっていない顔で、シュルトさんが首をかしげる。その様子にアリアさんはやれやれと肩をすくめてシュルトさんを指差した。


「あんたのその顔同様、体も目に毒ってことだよ」

「はあ……」


私の隣で髪を拭きながらシュルトさんは微妙な顔をした。魅せるためでなく戦うために鍛えた肉体に卒倒されてもたしかに嬉しかないだろう。


「……ハッ!? 俺は一体……ってアリアに嬢ちゃん……?」

「あんたはシュテルツェルトの体を見てぶっ倒れたんだよ。ほら、後ろ向いてるからさっさと服着な」


衣服を放り投げたアリアさんはくるりと後ろを向いた。私も慌てて後ろを向き、木々を眺める。背後にある焚き火が微かに先を照らしていて昼間の清々しさとは違いどこか不気味だ。


「もういいぞー」


リドさんの声に我に返り、焚き火の方に体の向きを変えた。簡素な生成りのシャツとズボンに着替えたリドさんは苦笑いで状況説明を求めてくる。アリアさんの説明は動揺していて聞こえていなかったらしい。


経緯を把握したリドさんは顔を覆って俯いた。隠しきれていない耳は真っ赤だ。心の中で合掌する私をよそに、アリアさんは大笑いしながらリドさんの背を遠慮なく叩く。


「リドがぶっ倒れた瞬間を想像したら笑いが止まらなくなっちまった!」

「アリアさん……。そろそろリドさんが地面に埋まりそうです。その辺にしておきましょう……」


抵抗もせず、叩けば叩くほど地面に近くなっていくリドさんは見ていてとても可哀想だ。アリアさんは笑うのに夢中で自身が彼を地面に埋め込まんとしていることに気がついていない。そろそろ接触するというところで声をかけ、やめさせる。


「リド殿、申し訳ありません」

「兄ちゃんは絶対悪くない!」


頭を下げるシュルトさんにリドさんは力強く自身の非だと説得する。むしろ誰も悪くない気がするのは私だけか。


「……何か、います」


さらに言い募ろうとしているリドさんを唐突に遮り、隣に座る私を庇うように前に出たシュルトさん。アリアさんもリドさんも気がついたのか、表情を引き締め各々の武器に手を添えている。


焚き火の向こう側、仄かに照らされた茂みががさがさと揺れ、音が近づいて来る。シュルトさんが動き出そうと力を込めた瞬間。


『見つけたのー! アンジェさんみてみて! こんなに薬草とれたのー!』

「な……なんだあ……。あなたたちかあ……!」


へなへなとその場に座り込む私に、小人族たちは嬉しそうに集まり薬草のたくさん入った籠を我先にと持ち寄ってきた。私が慌てて並ばせるとまるで王様に品物を献上するように列名を成した。


「……すごい……! こんな量のリエルリリの葉なんてみたことない! こっちはレレミーの根っこ! 葉まできちんとあるー! それにこれはユーフース葉と実っ! しかも完熟してるものばっかりっ! それにこっちはーーー」


全ての籠の中身を確認し、一人で興奮してきゃーきゃー騒ぐ。私が依頼した薬草は予想以上に質の良いものばかりで、それ以外で採ってきてくれたものも貴重なものが多い。


『喜んでくれてよかったのー! また欲しい薬草があったら言ってね。採ってくるの』

「ありがとう、代表くん。これはお礼」


人差し指でうりうり頭を撫でてやり、革袋の中から蜂蜜をひと瓶取り出しそれを手渡す。琥珀色の詰まった瓶を見て小人族たちは一斉に飛び跳ねた。


『こ、こんなに貰っていいの……?』

「全然構わないよ。たっくさん良いものを採ってきてくれたお礼」

『ありがとうなの!!』


甘味が大好きな小人族にとって蜂蜜は宝石よりも価値のあるものに見えているのだろう。焚き火に照らされ琥珀色に透き通る蜂蜜を囲み飽きずに眺めている。


「かわいいー……」

「アンジェ、顔面崩れてるよ」

「だって、この子たちが可愛すぎて……」


表情を引き締めようとするが表情筋は言うことを聞かない。自然と緩んでしまう頬を両手で押さえても全く意味がなかった。


『それじゃあ、僕たちはここでさよならするの。何かあったらこの笛を吹いてくれれば駆けつけるからね』


そうして受け取ったのは小人族が持つにしては大きな笛だった。人間基準で考えるならホイッスル程度の大きさだ。よくよく見れば細かく魔法陣が刻まれている。


「ありがとう。なにかあったらよろしくね」


森に帰って行く小人族たちに手を振って見送る。彼らの姿が完全に消えたところで手にした笛に目を落とした。


「これ、革袋に入れてたら危ないですよね……」

「だな。……ふむ、嬢ちゃんそれちょっと貸してくれ」


何かを思いついたのかリドさんが自身の荷物を漁りながら笛を指差した。首を傾げつつもリドさんの手のひらに笛を乗せた。


「お、あったあった! ……これをこうしてこうすれば……」


なにやら作業をし始めたリドさんは数分して、できたぞ、と声をあげた。寝るための場所を整えていた私はリドさんの声に振り向いた。


「これなら失くさないだろ? 紐も魔竜の炎吐息(ブレス)にも耐える植物の蔓で編んであるんだ。ちょっとやそっとじゃ切れないから安心しろ」


手渡されたのは長い輪っか状の紐がついた笛だった。どうやら首飾り(ネックレス)のようにしてくれたらしい。リドさんにお礼を言って首からそれをかけて服の中にしまう。


「これで安心です!」


胸元をポンポン叩くとリドさんが苦笑した。アリアさんにも女性のすることではないと窘められた。シュルトさんはくすくすと笑うだけでなにも言わなかったが、まあ二人と同意見なのだろう。


「まあまあ、下に見られるのは悪いことじゃねえだろ? それより明日もあるしそろそろ寝ようぜ」


なんとも強引に話題を断ち切ったリドさんは、さっさと寝るように急かす。焚き火番で一悶着あったものの、時間毎の交代制にすることで落ち着いた。最初の焚き火番であるリドさんを残して私たち三人は寝る準備に入る。アニスさんとシュルトさんは木の幹に背を預けて毛布にくるまり、私は草などをよけて作ったスペースに薄い毛布を敷いて上から魔法陣の編まれた毛布を被った。

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