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「店、やってただろう?」


翌朝の日も上らぬ時間に、冒険者組合(ギルド)の前から出た。するとそこにはすでに準備万端のアリアさんが立っており開口一番そう言った。


「あ、はい。とても助かりました」

「あの店はね、夜遅くに訪れたいっていう冒険者や旅人が多くてさ。営業時間を遅らせたら普通に営業するよりも随分実入りがいいものだからあのまま続けてるんだとさ」

「強盗とか大丈夫なんですか?」

「アタシも含めた冒険者達が見回りをしてるからね、その辺は心配ないよ」


要望を受け入れてくれたお礼に無償でこのお店を護衛してくれているらしい。シュルトさん曰く屋根の上に一人、裏口に一人、入口のそばに一人いたそうで、その誰もがCランクからBランク程度の実力はありそうだったとか。


「それならよっぽどのことがない限り大丈夫ですね」

「まあね。そもそもあそこの店主も元冒険者だ。相当腕の立つ冒険者だったそうだから返り討ちが分かってて襲おうとは思わないだろうさ」

「すまん! 遅くなった!」

「今揃ったところですよー」


そんな話をしていると、薄霧の向こうからリドさんが姿を現した。筋肉質な体を包む鎧はどうやら特殊な素材でできているらしく走っているにも関わらず音がほとんどしない。これなら魔物にも気づかれにくそうだ。


「よし、全員揃ったね!」


アリアさんが意気揚々と歩き出す。私たちもそれについていき、町の関所を抜ける。そこから二時間ほど歩いて小さな森にたどり着いた。


『きたのー!』


森の入り口にいたのは沢山の小人族たち。代表の子を筆頭にわいわいとこちらにやってきた。


「あなた! 帰る、なんて置き手紙ポケ……衣嚢(いのう)なんかいれてあるからてっきり迷いの森に戻ったものとばかり!」

『ごめんなさいなの……。アンジェさんがアルルの洞窟に行くっていうから仲間を集めてたんだ……』


しょぼんと肩を落とす代表の子にそれ以上何も言えなかった。ここにいたことには驚いたけれど、帰るとメモがあったから帰ったんだ、程度の認識で済ましてしまっていたのもまた事実。怒る権利も文句を言う立場でもない。


「それで、君たちは一体なにをしてくれるの?」


押し黙った私の代わりにアリアさんが尋ねた。すると後ろの小人族たちがきゃあきゃあ何か言い始める。いっぺんに喋り始めたせいで何を言ってるのかは不明だが懸命に何かを伝えようとしているのは伝わった。


『僕らはアンジェさんのために薬草を見つける手伝いをするの! だから道端に目を配らなくて大丈夫!』

「それはとても有り難いですね。ですが、君たちは薬草類の見分けがつくのですか?」

『僕らも薬は煎じるから見分けはつくの』


えへんと胸を張る小人族たちに癒されたところで、私は彼らに必要な薬草類を伝える。小人族たちはふむふむと皆一様に頷き、ばらばらに動き出した。


「にしても小人族があんなに友好的なの初めて見たな」

「アタシも初めて見たときは驚いた。そもそもあんなに大勢の小人族なんてなかなか見かけないよ」


小人族達は、基本的に質素に密かに暮らしているのでなかなか見かけない。さらに臆病な性格の子達が多く、人間の前にも滅多に姿は現さないからあれほど大勢が友好的に寄ってきたら驚くのも無理はないかもしれない。


「ま、小人族達が薬草を探してくれんなら周りを気にせず進めるな」

「集まったら私達を探して持ってきてくれるらしいです」


それなら安心だと全員で先に進む。アリアさんが方位磁石(コンパス)を手に方角を見ながら慎重に森の中を歩いていく。木漏れ日があるためか、散歩にでもしたくなるような空間だ。


しかしその景観を邪魔するのが魔物である。清涼な雰囲気が魔物の出現によって一気に崩れ去った。


「いい気分で歩いてたって言うのに。まったく、魔物は空気を読まないね」


大剣を背から引き抜いたアリアさんがいの一番に魔物に突撃していく。次に呆れたような表情のリドさんが続き、魔物はあっという間に片付いた。


路銀になりそうな素材を剥ぎ取り、魔核を破壊して先に進む。先ほどの魔物はリザードという蜥蜴人間で鱗が硬い。そのため防具類の素材として使われる。さらに魔物の血は魔法薬の材料としても有能なので小瓶に血を注ぎ、しっかり栓をして鞄にしまう。


「アンジェさん、返り血はつきませんでしたか?」

「大丈夫ですよ。お二人が気を遣って倒してくれたので」


こちらに返り血がいかないよう、必要最低限の動きでリザードを倒してくれた二人に頭を下げる。褒められ慣れていないのか、二人とも照れたように頬を掻く。


「次からは私も参戦します。アンジェさんに返り血などついたら大変ですし」

「それくらい大丈夫ですから! 私も皆さんほどではないですけど戦えますし。シュルトさんはむしろ、洞窟で活躍してもらいますからあんまり動かないでください!」


森に入る際に決めた役割を早々に放棄しようとするシュルトさんを必死に宥める。道中の魔物は極力アリアさんとリドさんが倒し、アルルの洞窟内の魔物はシュルトさんが前に出るということで決まった。


私は、戦うと手を挙げたのだが猛反対され泣く泣く採取だけ。そこまで心配されるほど弱くはないつもりなのだが、信じてもらえないらしい。


「ですが……」

「返り血くらい大丈夫です! 替えの服もありますし。むしろ戦いたいくらいなんですよ!? それを飲み込んでるんですからシュルトさんも我慢です!」


私の稚拙な説得で納得してくれたようで、アンジェさんが言うなら、と意見を引っ込めてくれた。


「護衛対象だからってそこまで気にかけるなんて、お嬢ちゃん本当は貴族の娘だったりしてな」

「そんなことあるわけないじゃないですか。私はただの薬師ですよ」

「ほんとかあ?」


疑わしげな目を向けてくるリドさんに、傷薬を投げつける。反射的に受け取ったリドさんは目を白黒させていたが、私が腕を指差すとバツが悪そうに俯いた。


「隠してるつもりでしょうけど、バレバレです。少しの傷でも後々大変になるんです。私の身分よりも自身の体を気にしてくださいね」


魔物に噛まれたと言うより剣を回す時に掠った程度の傷で、気にも留めないだろうがその傷が命取りになることもある。残念ながら本人がそのことを全く意識してなかった。だからこそ私でも気がつけたのだけれど。


「……はい」


黙らせることには成功した。そのまま静かになったリドさんを引き連れ、さらに道を進んで行く。ちょくちょく魔物に出くわしたが、男気全開のアリアさんとどこか強張った顔のリドさんが全て倒してくれた。


「さて、今日はここで野宿だね」


すっかり暗くなった空を仰いでアリアさんが告げた。魔物が比較的近づかない湖の側に荷物を置き、結界を張る。道すがら集めていた小枝や枝を薪代りに火を起こす。


「木の実や果実はアンジェさんが拾ってくださったお陰で充分すぎるほどありますし、あとは腹の足しになるものを狩ってくればいいでしょうか」

「この辺りは何回か来たことがあるから良い狩場を知ってるよ。リド、アタシとアンジェはここにいるからあんた一緒に行ってあげてよ」

「はいはい。んじゃ兄さん、行きますか」


火を起こし終えたリドさんはシュルトさんを連れ、木々の向こう側に姿を消した。足音すら聞こえなくなった頃、アリアさんが突然脱ぎ出した。


「あ、アリアさん!?」

「ほら、あんたも早く脱いで。あいつらがいないうちに身体を清めるよ」


なんでも狩りに行かせるのは半分口実で、アリアさんの目的はこちらだったようだ。リドさんはそれを汲み取ったらしく、あと一刻は戻らないだろうと意気揚々水に飛び込んだ。


「つ、冷たいんじゃ……」

「まあね。でもここの水は綺麗だから。さっき飲んだし、安全だよ」


ほらおいで、と手招かれ、意を決した。外で裸になるのはとても恥ずかしいけれど、アリアさんとなっていることだし一人じゃないのが心強い。


飛び込んだ水は震えるほど冷たかったけれど、汗は落ちた。湖を泡で汚すわけにはいかないので水浴びだけで我慢し、火のそばで暖めていた布地で体を拭きすぐに服を着込む。髪の水分をしっかり拭き取って、同じく着替えたアリアさんと一緒に木の実や果実を小刀(ナイフ)で切り分ける作業に入った。


最後の果実を切り終わった頃、二人は帰ってきた。猪のような鹿のような、変な動物をリドさんが背負っている。


「随分上物獲ってきたね。イノシカなんて臆病で足が速いから中々仕留められないのに」

「この兄ちゃん、えげつないわ。気配を殺してイノシカに気がつかれる前に剣を一振り」

「……イノシカ?」


そのまんま掛け合わせたような見た目と名前に唖然としていると、リドさんはどさりとその場にイノシカを置いた。


「イノシカは最高級の食肉として取引されています。臆病で魔力探知を持つので中々捕まえられないのです。換金すれば一頭で銀貨五枚はくだらないでしょうね」

「それは……稼げますね……」


一頭銀貨五枚はそれを専門とすれば相当稼げるだろう。しかしその手の話は一切耳に入ってこない。迷いの森で暮らしてた私は世間に疎いが、それでも冒険者組合(ギルド)に属しているのだから多少の情報は入る。その中にこれだけ稼げる手段はどれだけ秘密にしていても漏れてくるはずなのだ。


首を傾げた私にアリアさんが、イノシカを捌きながらイノシカ捕獲の難しさを語ってくれた。


曰く、イノシカは用心深く、慎重な性格に加え、魔力探知という特殊な能力を有しているために魔力のある種族はまず近づけない。弓矢で狙おうにも魔力探知の効果範囲が広すぎて直ぐに位置が割れて逃げられてしまうようなのだ。逃げ足も速く魔力強化を施した馬でさえ追いつけないらしい。


「そんな馬鹿みたいな動物を捕まえようなんて躍起になるよりこつこつ依頼をこなした方が効率的だよ」

「た、たしかに。それならなんでシュルトさんは狩れたんですか?」

「私は魔力遮断が可能なので、リド殿に囮になってもらってその隙に」

「……簡単に言うが魔力遮断なんて高度なことできるやつなんて限られているだろうに……。さすがSランクだね……」


魔力遮断とは、その名の通り漏れ出る魔力をすべて遮断することだ。説明だけ聞くと簡単そうだが、実際はかなり難しいらしい。詳しくは知らないが、六百年生きているアリアさんでさえまだ習得していないという。


「アタシは魔法が苦手なのもあるけどね。それでも魔力遮断なんて会得しようと思ってもできるもんじゃないよ」


捌ききった肉を串に刺し、アリアさんが即席で作っていた肉焼き機に引っ掛ける。二本の枝で作った支柱は意外にも丈夫で倒れる様子はない。


「焼けるまで果実でも齧ってな」


言うが早いが、肉を監視しつつ果実を口に放り込むアリアさんに続き、リドさんも私達が切り分けた果実を二つほど手にとって食べ始めた。

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