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 薄暗い地下室の真ん中に鎮座する大鍋が発する熱で室内に熱気がこもり、私の額から一筋の汗が流れ落ちた。

 ぐつぐつと何かが煮えたぎる音、ひひっと引きつったような不気味な笑い声を聞きながら散らかった内装には似つかわしくない、綺麗に整理整頓された棚から材料を選び取る。


「ヘクセさん。これであってますか?」


 材料の入った瓶を近くのテーブルに並べると大鍋をこれまた大きな棒でかき混ぜながら真っ黒いローブの人物はちらりと視線をよこして頷いた。

 森の魔女ーーヘクセリッツ。彼女は森で彷徨っていた私を保護し、後継者として育ててくれている命の恩人だ。私たちは迷いの森と呼ばれる森の奥の水車小屋でひっそりと暮らしている。


「……アンジェ、それを一滴垂らしておくれ」


 先ほどの不気味な笑い声とは想像もつかないほど優しい声でひとつの瓶を指した。瓶の中身はこの森にしか生息しないチェッツリの葉の汁を煮出したものだ。チェッツリの葉は、水に浸して使えば湿布になり、煮汁にすれば魔法薬の効能を高める材料として効果があるのだ。ただ生息期間が短く繁殖力も弱いため採れる量も少なく市場には滅多に出回らない。


「ふむ、これでいいだろう。後は冷まして瓶に詰めるだけさ」


 作業の手を止め満足そうに鍋の中身を覗き込むヘクセさんに私は額の汗を袖で拭いつつ尋ねた。


「この薬、こんなに必要なんですか?」

「ああ。王宮からの依頼だからね。馬鹿に人数が多いのさ。まったく……あそこは老人を労ろうって気はないのかね」


 少し曲がった腰をとんとん叩きながら簡素な木の椅子を引き寄せて腰を下ろし、ローブを籐籠に放りこんだ。


「何を飲みます?」

「今日は紅茶を頼むよ。種類は任せる。茶請けにはルディーヌがいいねえ」

「わかりました。ルディーヌなら作り置きがありましたからすぐに持ってきます」


 地下室の古びた木の扉を開け、階段を登る。ゴトンゴトンと水車が回る音を聞きながらお茶の準備をする。保存の効くルディーヌは干した果実を練り込んだ焼き菓子だ。冷めたままでも美味しいので、それを皿に乗せて紅茶を二人分淹れると地下室へと戻る。


「ヘクセさん、持ってきましたよ」


 薄暗く、薬のにおいが微かに残る地下室に紅茶の甘い香りが漂う。


「お前さんは紅茶を淹れるのが得意だねえ。この私の舌を唸らせるなんて珍しいよ」

「ありがとうございます」


 二人で時間をかけてゆっくりと紅茶とルディーヌを楽しむと、冷めた薬を瓶に詰めていく。大鍋から瓶に詰め終わった時には瓶の数は百を超えていた。瓶の大きさが大体小ぶりの果実程度なので、薬の量が相当だったことがわかる。


「アンジェ、薬が出来たことを王宮に伝えておくれ」


 丸めて細い縄紐で結ばれた羊皮紙を受け取り、一階の住居スペースに戻ると窓の枠に一羽のふくろうに似た鳥が羽を休めていた。


「ルナはいつもタイミングがいいね。これ、お願いできる?」


 名前の由来にもした美しい金色の瞳を見つめて羊皮紙を見せれば小さな脚を出した。括り付けろ、という意味だろう。その頼もしくも愛らしい仕草に笑みがこぼれる。取れないように羊皮紙を括り付け、ルナの大好きな果実を与えると器用に嘴で挟み込み飛んで行った。

 ルナは魔鳥獣と呼ばれるうちの一種で人語を理解し、主と認めた人間に絶対服従するそうなのだ。特徴は長距離を難なく飛び、さらにその速度が伝書鳩など比べ物にならないほど速いことだ。伝書鳩ではこの森から往復二日はかかるが、ルナは半日で帰ってくる。


「よし!ルナが戻ってくるまで片付けをしてアママンダの実でも取ってこようかな」


 ぐぐっと大きく伸びをして地下室の片付けに取り掛かる。ヘクセさんは既におらず、陶製のカップと茶請けのお皿は空になっていた。


「寝てるか散歩だろうなあ」


 ヘクセさんはいつも薬を作り終えて紅茶を飲んだ後は部屋で寝るか気分転換と言って散歩に出てしまう。悪いことではないけれど、急な用事が出来た時に捜すのが大変なのだ。

 食器をヘクセさんお手製の石鹸で洗い、水気を布で拭って日差しが入る窓のそばに置いて乾かす。

 片付けのすべてが終わったところで麻布の全身をすっぽりと覆うフード付きローブを羽織り、籐籠を持って外に出た。

 今日はとても天気が良くて散歩日和だ。きっとヘクセさんは散歩に出かけたのだろう。木々の隙間から溢れる柔らかい日差しを浴びながら澄んだ空気を目一杯吸い込みながらゆっくりと歩みを進める。


「懐かしいなー……ここに迷い込んだ時は死ぬかと思ったなあ……」


 忙しなく動く動物たちや小人族に挨拶をしつつ、私はここに来た時のことを思い出していた。

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