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私の中におっさん(魔王)がいる。  作者: 月村伊織
第一部
9/111

それぞれの思惑。

書き直しました。



 ランプのが暖かく燈る部屋で、黒田はにやにやと顔をゆがめた。上司の異変に気づいた翼は、不思議そうな表情を作った。


「めずらしくご機嫌っすね。なにか良いことでも?」

「べっつにぃ!」


 答えた黒田はまた嬉しそうに笑う。

 そのようすを見て翼は得心がいった。


「ああ、なるほど、悪巧みでも成功したんすね」

「うるせーよ!」


 図星をさされたのか、黒田は途端に不機嫌になった。翼はいつものことだといったん黙る。

 再び訪れた静寂に、黒田はもう一度だけゆかいそうに笑った。



 * * *



 薄暗い部屋で、風間は深いため息をついた。

 心底呆れていた。


「いったい誰が覗きなさいと言いました? 私は夜月でも見て口説いてきなさいと言ったんです」

「まあ、無理だと思っていましたが」とぽつりと呟くと、

「だいたいなんで着替えなんて取りに行ったんですか?」


 突き放すようなに言った。


「だって、必要だと思って……黒田くんが女性はキレイ好きだから着替えは必要だよって言ったから、そりゃそうだなって思ったんだよ!」

「……黒田?」


 黒田の名前を聞いた途端に、険のある表情に変わった風間を、怪訝に雪村が覘き見た。


「どこで会ったんです?」

「彼女を送って、すぐに」

「雪村様が着替えを取りに行くとき黒田は?」

「さあ?」


 先程の険のある表情ではないものの、どことなく険しい顔をしている風間とは対照的に、雪村はあっけらかんとしていた。

 なにも考えていないのがみえみえだ。


「……その後、また会いました?」


 若干呆れたように訊きながら、風間は腕を組んで直立不動だった体制を崩した。

 そのようすに雪村は自分がなにかまずいことをしたのかと若干ながら不安になった。


「うん……着替えを戸の前に置こうとしたら、下に置くのは汚いから、今なら入っても大丈夫なんじゃない? 女性は長風呂だからね。って言われて――」

「開けたら覗き魔となった――と」

「ほとんど見てねーよ!」

「そんな問題ではありません!」


 ぴしゃりと言われて、雪村はぐっと黙り込んだ。


「あのクソガキ、さっそく仕掛けてきましたね……ふふっ!」


 風間は笑った。微笑んだ。

 これまでにない、さわやかな微笑みで。


 雪村は怯えた。脅えきった。

 これまでにないほどの、へたれっぷりで。



  ** *



 二週間後の深夜、ランプが煌々と燃える部屋で花野井は酒瓶をあおる。ぐびぐびと音を立てて、酒が腹へと流れ込んだ。


「カシラ、あんまり飲まないで下さいよ。同盟中とはいえ、敵陣の中にいるようなものなのですから」


月鵬は眉間にシワを寄せて、花野井に注意を促した。


「あ~はいはい。わかってるよ」


 花野井は酒を飲みながら、手をぶらぶらと振る。月鵬は深くため息をついた。澄んだ緑色の瞳を向ける。


「いくらなんでもあの人の命令だからって、良いのですか? いたいけな少女を騙すなんて」


 言葉の端々に嫌味がまざる。そして、月鵬は言い辛そうに言葉を口にした。


「それに、恋愛だなんて……あの人のことはもう良いのですか?」


 表情からは花野井を心配しているのが見て取れたが、花野井はその問いには答えない。


「恋愛だなんて大層なもんじゃねえよ。ようはあのお嬢ちゃんを落とせば良いんだろ。今までの女と変わりゃしねえよ。――明日っから落としにかかんぞぉ!」


 花野井は明るく言って、立ち上がった。


「便所行ってくるわ」


 気だるそうに言って部屋を出ようとする背中に、月鵬は憤りをぶつけた。


「ゆりちゃんは良い子ですよ」


 花野井は何も言わず、表情も変えずに部屋を出る。

 だが廊下に踏み出した途端、表情が崩れた。


「わかってんだよ、んなことは!」


 苦々しく歪められた表情は、悔しさなのか、哀しさなのか――呟く声に憤りが宿っていた。



  ** *



 明かりのない部屋に、月光が差し込めている。

 その光を受けながら、毛利は酒を一口含んだ。


 少し離れた位置にいた柳は、静かに刃物を磨いている。毛利の物ではない。クナイのような刃物だった。

 おそらく、柳の私物であろう。


「どうやら風呂の件、黒田くんの仕掛けみたいですよ。風間さんの策を逆手に取られたごようすで、今や覗き魔に加え、下着泥棒だそうで。おねえさんが彼を避ける理由はそんなとこみたいですね」


 柳は快活に情報を告げたが、どこか愉しそうでもあった。

 そんな従者をチラリと流し見るものの、毛利は能面のような表情は崩さない。


「そんなことだろうと思っていた。この三週間、やけにやつらの間に黒田が割って入るわけだ」


 そうは言うものの、毛利は黒田のことを微塵も考えてはいなかった。その気配を感じ取るも柳は話を続けた。


「三条雪村くんが謝罪させないようにしてるんでしょうね。仲直りされたらライバル増えますから」


 ふんっと毛利は鼻で笑う。


「そうさせた本人がな」


 皮肉った毛利だったが、すぐにまた別のことを考え始めた。

 あの時、ゆりの中に魔王がいると判った時、風間は好機だから恋に落として傷つけようと言った。自分もとりあえずはそれに賛成はした。しかし、黒田がなんで恋愛なんだと訊いたわけもわかる。それは、毛利自身も疑問に思っていたからだ。


「拷問、強姦、悲惨な光景の目撃……心を殺す、空にする方法はいくらでもありそうなものだが、何故あやつは恋に落とすなどと言ったのか……」


 なぜ、恋愛なのか……毛利はそこがどうしても理解出来なかった。他に選択肢がある以上、それを試さないでいるのは納得がいかない。

 それに、恋愛関係に持ち込むというのは、分が悪い。毛利は今まで異性として誰かを好きになったことがなかった。興味がなかったし、そんな暇もなかった。


「やはり、あやつは信用ならんな」


 主の呟きに、柳は目を細める。

 信用できないのは風間だけではないだろうとでも言いたげだ。


「試してみるか……」


 毛利は虚空に呟いて、杯の酒を飲み干した。




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