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私の中におっさん(魔王)がいる。  作者: 月村伊織
第一部
5/111

日本じゃありませんでした。

書き直しました。

(冗談じゃない! 早く逃げなくちゃ! 変な宗教なんか入りたくないわ!)

 

 部屋を出た私は、さっきの部屋へ戻るふりをして、間隔的に縁側に置いてあった下駄を拝借して庭に出た。


 庭の低木や中木を縫うように抜けると、すぐに門があった。

 お寺にあるような立派な門だったけど、色が特殊で全体がかすんだ青色だった。門の柱には龍の彫刻が施されている。


 私は、かんぬきを外して木戸を押した。瞬間、ぱんっと弾ける音が小さく聞こえた気がしたけど、辺りを見回しても特に何もない。


(遠くで風船が割れたのかも)


 誰にするでもなく頷いて、私は屋敷の外へ出た。坂の上にあったらしい屋敷の下には深そうな森が広がっている。


 ちょっとだけ緊張と不安が襲ってきたけど、私は首を振って坂を下り始めた。



 * * *



「日本にこんな森があったなんて……」


 鬱蒼とした森だった。

 森に入る前までは空に一転の曇りもなかったはずなのに、森の中は曇天のように薄暗い。今にも夜がやってきそうなほど、静かで不気味だ。

 私は空を見上げた。


 木々の葉が密集していて、それが日の光を遮ってる。葉の隙間からはたしかに青空が窺えた。


「それにしても、どこ行ったら良いんだろう?」


 森へ続いていた坂道は、大きな湖につきあたり、そこで道が途絶えてしまっていた。私はしょうがなく、とりあえず横道に続く獣道のようなところを通ってきたんだけど……。


 辺りを見まわす。

 見渡す限り、木と芝生と藪しか見えない。獣道もいつの間にかなくなってしまって、私はとりあえず藪は避けて進んでいたんだけど、もうそろそろそれも限界かも知れない。

 戻ろうにも、どこをどう通ったのかわからない。


「完全に、迷子だぁ!」


 私は泣きたい気分で叫んだ。

 このまま遭難しちゃったらどうしよう。熊とかでる森だったらどうしよう。ひとたまりもないよ、私なんか。

 それどころか、食べ物もないし、水もない……。


「これって、かなりヤバイ状態なんじゃない?」


 青ざめながら、思わずぽつりと呟いた。


「スマホがあれば、助けを呼べるのに。私の鞄、どこ行っちゃったんだろう?」


 あの白い空間ではたしかに持ってたのに……。空から落ちた時に落としたんだ。いやいや、ちょっと待って、そんなことあるはずないってば。あれは夢なんだから。

 ダメだな。パニっくって変なこと考えてるよ。


「グギャア! グギャア!」

「きゃあああ! ――わわっ!」


 奇怪な鳴き声が森に響き、慣れない下駄に思わず足を滑らせた。

 豪快に尻餅をつく。


「うう……痛い。もう、最悪!」


 お尻を擦りながら体を起こす。

 するとその先、大きな木の根元に、見慣れた黒い塊があった。


「あれって――」


期待に胸が躍る。私は駆け出した。


「鞄だぁ!」


木に引っ掛けたのか、破けたり傷ついたりもしてるけど、まぎれもなく私の鞄だ。


「スマホ、スマホは無事!?」


 ガサゴソと鞄を漁ると、水色の皮に蝶々の絵柄がプリントされている手帳型ケースが現われた。急いで開いてみる。


「すごい! 奇跡じゃん、壊れてない!」


 壊れた様子はどこにもなかった。それどころか傷一つない。


「やった! これで助かる! えっと、とりあえず家に……いや、警察のほうが良いかも」


 浮かれ気分で番号を押した。プップップップ――と、音がする。


(早く繋がって!)


 祈ったときだ。


『電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないためかかりません』

「え!? うそでしょ? 警察だよ!?」


 私は慌ててモバイルデータの確認をした。モバイルデータはたしかにONになってる。


「ってことは、もしかして圏外?」


 私は思わず膝をついた。

(うそでしょお!? 最低、最悪っ!)


「グギャア! グギャア!」


 また変な鳴き声がして、びくっと身を竦めた。立ち上がって不気味な森を見回す。

 なんだろう。気のせいかな、鳴き声がさっきより近い気がする。


「グギャア! グギャア!」

「!」


 気のせいじゃない!

 さっきより、絶対近い。


「グギャア! グ……!」


 奇妙な鳴き声が、背後の草むらで止ったのを感じる。自然と冷や汗が流れ出す。なんなの? もしかして、熊?


(でも、待って。落ち着いて、もしかしたら安全な生き物かも知れないじゃない。熊とかじゃなくて、う、うさぎ……はないか。鳥! ただの大きな鳥かも! 鳴き声は鳥っぽいし、きっとめずらしい鳥よ!)


「グルルル……」

「……っ!」


 唸り声が響いた瞬間、私は駆け出していた。

 違う! 絶対、鳥じゃない! 熊? 狼? 野良犬? そんなのどうでも良い! とにかく、逃げなきゃ!

 駆け出した私の背後から、大きな羽音が聞こえてきた。


(え? 鳥? なんだ、結局鳥かぁ。じゃあ、逃げなくても――)


 速度を緩めようとした瞬間、羽音にまざって重いものが落ちる音がした。


――バサ! ドスン! バサ! ドスン! ガガッ!


 地面を強く蹴るような音も響いてくる。


(なんなのぉ!?)


 私はさらにスピードを上げ、反射的に振り返った。

 

「……は?」


 自分がアホみたいに、あんぐりと口を開けたのがわかった。脳が、一瞬停止したのを感じる。


「いや、ちょっと、待ってよ」


 思わず呟いていた。

 オレンジ色の爬虫類のような表皮、蝙蝠のような羽、鋭い牙に、二メートル近くある大きな体。その巨体を羽ばたかせながら、地面を蹴っている。

 それは、いるはずのない生物だった。


「ドラゴン?」


 そう、あれは、まぎれもなくドラゴンだ。ゲームとか、映画で見るみたいな……。違うのは、派手な表皮だけ。


「うそでしょ……そんなことあるはずない」


 一瞬立ち止まった足を、我に帰って動かし始める。だけど、足が震えて思うように走れない。小石に躓いて、つんのめる。転んじゃダメだ! 必死に踏ん張って、体勢を整えるけど、やっぱり足が思うように動かない。


「誰か、誰か、助けて!」

「ギャアアア――!」


 私が叫んだ瞬間、背後から不気味な悲鳴が響いた。

 思わず振り返る。その瞬間、私を追いかけていたドラゴンの首と胴体が、真っ二つになって地面へ落ちたのが見えた。


「え、え?」


 数メートル、多分、五メートルくらい先に巨体が横たわる。首の切り口から大量に血が流れていた。


「うっ」


 吐き気がやってきて、私は顔を背けた。


「無事か?」


 人の声がして、勢い良く顔を上げると、ドラゴンの影から毛利さんが出てきた。血の着いた日本刀を懐から取り出した布で拭く。


(もう、何がなんだかわかんない)


 けど、私はほっとして、助かったことと、人に会えたのが心底嬉しくて、その場にへたりこんでしまった。


「うっう……」


 涙が頬を伝う。


「う、ぐすっ、ひっく」

(ああ、恥ずかしい。けど、止まんないよぉ)

 

 涙を見せないように俯いてると、ふと、ひんやりとした何かが頬を包んだ。思わず顔を上げると、目の前にフードに隠れたクロちゃんの顔がある。


 間近で見た彼の頬も、私の顔を包む手のひらも、透き通るように白く、薄っすらとそばかすが見える。フードの奥に隠れた瞳は、深い緑だった。きっと、明るいところで見たら、草原のように美しい。そんな風にぼんやりと思ったとき、クロちゃんの顔が近づいた。

 冷えた頬に、暖かくて、やわらかいものが微かな衝撃をあたえた。

 私は驚いて身を引いた。目を見開いて、頬に手を当てる。冷えていた体が瞬間的に熱くなった。


「い、今、ほっぺたに、キ、キス!」

「涙、ひっこんだでしょ?」


 クロちゃんは軽くウィンクした。


「へ?」


 たしかに、涙は止ってた。

 だからって、キスするなんて……! でも、クロちゃんってもしかして外国人? 肌が日本人とは違う感じだし。だったら、挨拶みたいなもんなのか。


「早速抜け駆けか」

「早いもん勝ちでしょ」


 毛利さんが淡々と言って、クロちゃんは得意げに笑みを返した。

 私は小首を傾げる。何の話?

 そこに声が飛んできた。


「お~い、無事か?」


 数メートル離れた木の陰から、花野井さんが手を振って走ってきた。


「おっ、無事か、良かったな!」


 花野井さんは私の前まで駆けてくると、頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「きゃっ!」

(か、髪が乱れる)


 私は乱れた髪を直しながら、びっくりしていた。頭を撫でられたことにも驚いたけど、花野井さんの表情も意外だった。

 なんだかすごく心配してくれて、やっと見つけてすごく安心したみたいな。そんな笑みだった。


(やっぱり、良い人なんだ)


 アニキって呼びたい。私、一人っ子だからずっとお兄ちゃん欲しかったんだよね。花野井さんはお兄ちゃんっていうより、アニキって感じの方が似合う。

 そんなことを考えつつ、私はちらりと横たわるドラゴンらしき生物に目を向けた。


「あの……あの生物ってなんなんですか? ここって、日本ですよね?」


 クロちゃんと花野井さんはぽかんとした表情で顔を見合わせた。毛利さんはあいからず、能面みたいな表情だから何考えたのかはわからない。けど、なんだか嫌な予感がする。


「日本ってなんだ? それが嬢ちゃんの世界か?」

「だから、それやめてくださいってば。日本語話してるくせに、日本がわからないとかありえないじゃないですか。もう、そういう宗教の話はなしとして答えて欲しいんです」


 ちょっと強気に言ってみると、ふっとクロちゃんと花野井さんは笑った。


「やぁっぱ、そういう風にみてたか!」

「言っとくけど、ぼく無宗教だから。神様なんか微塵も信じてないよ」

「え……」


 じゃあ、どういう?


「とりあえず、さっきの質問に答えた方が良いかな?」

「え?」

「あの生物がなんなのか、だよ」


 クロちゃんは横たわる生物を指差した。

 私は複雑な気持ちで頷く。


「この生物は〝ゴンゴドーラ〟ドラゴンの一種だね」


 私はめをぱちくりとさせた。

(今、なんて言った?)

 クロちゃんは呆れたようにため息をついて、ゴンゴドーラとやらを見る。


「飛ぶのがへたくそで有名なんだよね~。全長は羽を広げると二~三メートルくらい。ドラゴンの中では小さい方だね。でも普段は群れでいるから、襲われたら普通の人は生きて帰ってこれないだろうね。よかったね、単独のゴンゴドーラで。ま、ぼくなら群れでも平気だけどね」


 クロちゃんは得意気に言ってウィンクしたけど、私はそれどころじゃない。説明もそこそこに、愕然としてしまった。


 本当に、本気で言ってるの? あれが伝説上の生物であるドラゴンだって? そんなバカな。――でも、じゃあ、他になんだっていうの?

 

「あ~っ! みつけたぁ!」


 突然大声がして、びくっと肩を震わせた。振向くと雪村くんと風間さんが走ってきていた。


「良かった。無事だったんだな! 青龍の門の結界が破られた気配がしたから、もしかしたらと思ってみんなで探してたんだよ。部屋にも居なかったし! この森危険な部族がいて危ないらしいからさぁ、心配したよ!」


 ほっと胸を撫で下ろした雪村くんは、私の顔を見てきょとんとした。後から来た風間さんが心配そうに眉根を寄せる。


「どうなさいました? 谷中様」

「え?」

「何か、ございましたか?」

「あの……そこの生物がドラゴンだって――」

「ええ。そうですね」


 風間さんは振り返って横たわる生物を見た。


「でも、ドラゴンは伝説上の、空想の生き物で」

「いいえ。実際に存在しております。めずらしくもありません。――この世界では」

「…………」


 私は呆然としながら、横たわる生物をじっと見つめる。

 口を開こうとして、唇が震えた。今から言う言葉を、どうか、否定しないで。お願いだから。


「ここは、日本ですよね?」

「いいえ。ここは倭和国の十青じゅうせい地方です」


 風間さんの毅然とした声音に、頭が真っ白になった。

 本当に、ここは日本じゃないの? ――私のいた世界じゃないの?







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