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私の中におっさん(魔王)がいる。  作者: 月村伊織
~風間の章~
21/111

加筆修正しました。

 薄い光に目が覚めた。

 頭がすっきりしてる。

 隣を見ると、風間さんが寝ずらそうに端っこで寝ていた。体を起こすと、私が中央で寝てるからだと判った。


(今、何時だろう?)


 ぼんやりと思って、枕元に置いてあるウロガンドを拾う。時刻は、獅だから、午前四時。日が昇るまであと一時間ある。

 私はまた、もぞもぞと毛布にもぐった。すると、風間さんが寝返りを打った。それと同時に、瞳がゆっくりと開かれる。


「……おはようございます」


 寝ぼけ眼で風間さんが言って、微笑む。

 距離が近い。

 ほんの少しだけ手を伸ばせば、風間さんに触れる。そんな距離。心臓が掴まれたように苦しかった。

 

「おはようございます」


 小さく返して、瞳を伏せた。

 ドキドキして、風間さんを見ていられない。


「――んっ」


 風間さんは軽く伸びをして体を起こした。


「調子はどうですか?」

「あ、はい。なんかもうすっかり大丈夫そうです」


 頭の痛さもないし、だるさも嘘のように消えてしまっている。筋肉痛はまだ少しだけあるけど、それだってほんの僅かなものだ。


 私の体力半端ない。

 やっぱ、ちょっとづつ慣れていくもんなんだな。おかげで風間さんに迷惑をかけずに済みそう。

 私は起き上がって、思い切り伸びをした。

 身体の力を抜いて、目を覚ます。


「昨日はすいませんでした」


 ぺこりと頭を下げると、良いんですよ、と返事が返ってきた。


「あの、貞衣さん達は……?」

「あの後、行って断ってきました。二人で食事をすると言ってましたよ。貴女の心配をしていました」

「そうでしたか……ありがとうございます」

「いいえ」


 風間さんが微笑む。

 最近ちょっと風間さんの笑顔の種類がわかってきたつもりなので、ちょっと分析してみる。今の微笑みは、愛想笑いの部類。な、はず。

 

「もう少ししたら出ましょう。朝食は途中で摂るということでよろしいですか?」

「あ、はい」


 今日も朝から豚竜の干し肉と糒かなぁ……。

 昨日の晩御飯、食べられなかったのが悔やまれる。きっと、美味しい永国料理だったんだろうなぁ。

 私はそっと、残念な息をつきつつ仕度を始めた。



 * * *


 宿屋を出ると、日が昇っていた。

 時刻は四時半あたりだったけど、予想より早く日が出ていた。

 でも、やっぱり早朝。

 人通りはないに等しい。


 遠くの方でちらほらと人影が見られた。

 白衣のような衣を纏っている。永では料理人は生成りの白衣のような服を着ているので、多分あの人達は料理人だろう。

 その人影を追うように歩く。人影の更に先には、小さくなった牌楼が見えた。

 

鳥影うえい


 突然聴こえた声に振り返る。

 風間さんは、俯きかげんで歩いていた。風間さんが何かを言った風には見えない。魔王の力が遠くの声でも拾ったかな?

 首を傾げたときだった。


「ピイ!」


 不意に鳥の声が上空から響いた。

 見上げると、大きな鳥が先回している。薄く透ける羽根の模様が鷹に似ている。何気なく見ていると、その鳥は急遽下降してきた。


「え?」


 鳥は速度を増し、私に真っ直ぐに向って落ちてくる。


「きゃ!」


 思わず小さく悲鳴を上げて身を縮める。

 すると鳥は無防備な背中から、あっという間に風呂敷包みを掻っ攫って行った。


「ちょっと!」


 驚きながらも、反射的に鳥を追う。

 鳥は大通りから外れて路地へと飛び去る。

 狭い路地を縫うように走って、百メートル満たないところで、


穿ゲキ!」


 背後から声が飛んで、振り返りざまに黄色い何かが飛んでいく。それは、鞭のようにしなって鳥を打ち落とした。

 鳥は、地面に叩きつけられて息絶えていた。


 鞭は、しゅるりと巻尺に戻されるように引っ込んだ。視線で後を追うと、鞭は風間さんの指の間から出ていた。鞭は、呪符の姿になって消えた。

 私は乱れた息を整えつつ、鳥が銜えていた風呂敷包みを拾い上げる。


「あれは、鷹鳥ようちょうですね」

「鷹鳥?」

「ええ。永国に生息している鳥で、大きな町に住み着き、人から食べ物を奪うことで有名です。今後気をつけましょう」


 そうなんだ。そういえば、昨日も牌楼のところで見かけたような気がする。あのカラスみたいな大きさの鳥は鷹鳥だったんだ。


「はい」


 頷いたけれど、鷹鳥に申し訳ないような気がした。だって、いくら鳥だからって、盗んだからって、死んで良いってことにはならないわけで。せめて、手でも合わせようと地面を見て、私はきょとんとしてしまった。


 さっきまであったはずの鷹鳥の死体が消えてしまっている。

(あれ? 違うところだったかな?)


 私は首を左右に振って、ふと変な気分になる。それは、違和感。目の端で、なにかを捕らえたような気がする。

 とても、悪いなにか。


 視線を僅かに右へずらす。

 建物と、建物の僅かな隙間からなにか。じっと目を凝らして、ぎょっとした。


「――!」


 思わず叫びそうになって、息を呑む。

 ……脚だ。

 人間の脚が僅かな隙間に覗いていた。

 暗い影から、細く、白い脚が投げ出されている。


 女の人の脚だとすぐに分かった。

(……寝てるの?)


 私はそう思い込もうとする。その可能性だって、ないわけじゃない。

 だけど、その脚に血の気はなかった。

 どうしたら良いものか、混乱していると、風間さんが異変に気づいた。


「どうしました?」


 不可解そうに言って、目線の先をなぞる。

 一瞬息を呑む音が聞こえ、風間さんは脚へと駆け寄った。


「……そんな」


 落胆と驚きが混じった声を漏らす。

 まるで、その脚の持ち主を知っているかのような……。


(――知っている?)


 疑心が渦巻く。

 もしかして、まさか、そんなわけ……。


 居ても立ってもいられず駆け出した。

 路地を覗こうとすると、目の前に腕が現れた。

 風間さんの腕だ。


「見ないほうが良い」


 真剣な眼差しで静止する。

 その表情で、この脚が誰なのかが解った。


 でも、確かめたい。

 違っていて欲しい。――違うはずだ。

 私は風間さんの腕を押しやった。


「……」


 頭が、真っ白になった。声をどうやって出したら良いのか解らない。


 そこに横たわっていたのは、積み上げられるように、折り重なっていたのは――貞衣さんと、晴さんだった。


 闇色の瞳に映しだされるものはなく、顎が落ちきり、舌が伸びきる。喉は大きく切り裂かれ、赤黒い肉片が皮膚の中から覗いている。あんなに可愛かった顔が、苦痛で歪んでいるようだった。


 反対に貞衣さんの上に、折り重なるように被さっている晴さんの顔は、頬しか見えず。

 背中から、痛々しく赤黒いものが滲んでいる。血だ。


 どうしよう。

 そのまま崩れ落ちるように、膝が地に付いた。


 うそでしょ。


 うそだと言って。

 誰に対してそんな事を思ったんだろう。

 解らない。でも、私は強く願った。――これがうそだと言って欲しい。


 頬をゆっくりと、涙が伝う。

 いつの間にか、私は泣いていた。


 それを自覚した途端、わっと感情が関を切る。


「うわああ」


 悲鳴を上げて泣き叫ぶ。

 叫ぶ声を、押さえる気がしなかった。


 なんで、どうして。

 どうして、どうして、どうして。


 そんな疑問ばかりが頭に浮かんでは消える。

 不意に腕を掴まれた。

 引っ張り上げられて、力なく立たされる。


「人がきます。行きますよ」


 涙で滲んだ風間さんは、焦っているように見えた。

 ざわざわと、人が何かを言う声が聴こえる。


 警官サッカンに事情を聞かれるわけにもいかない。

 風間さんがポツリとそのようなことを言って、私の腕を引っ張った。

 留まろうとする足を、私の腕を強く引くことで、風間さんが動かした。


「――解」


 低い声が、聞こえた気がした。



 * 



 気がついたときには、私はもう牌楼を潜り、際弦を出ていた。

 緩やかな丘を登り、遠くなった際弦を見渡す。

 

 涙が、止まらない。

 止りそうもない。


 嗚咽することもなく、私の頬を伝っていくだけの雫。

 瞬きをするたびに、二人の顔が浮かぶ。


――どうして、あの二人があんな目に合わなければならなかったんだろう。お腹に子供もいたのに。


「……殺されたんですか?」


 しわがれた声で、ぽつりと呟く。

 風間さんは握っていた私の腕を離した。


「……おそらくは、そうでしょうね」


 ぽつりと言って、風間さんは視線を落とした。

 あんなに、幸せそうだったのに。

 これから、結婚式だって言ってたのに。子供も……。


 貞衣さんの明るい笑顔が浮かんで消えた。

 その途端、表情が崩れたのが自分でもわかった。


「うう……ひぐっ」


 その場にしゃがみこんで、嗚咽して泣き崩れた。

 私の肩に少し冷たい手のひらが乗る。

 風間さんがなにを思っていたのか、どんな顔をしていたのかはわからない。

 でも、私が泣き止むまで黙って傍にいてくれた。




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