涙
加筆修正しました。
薄い光に目が覚めた。
頭がすっきりしてる。
隣を見ると、風間さんが寝ずらそうに端っこで寝ていた。体を起こすと、私が中央で寝てるからだと判った。
(今、何時だろう?)
ぼんやりと思って、枕元に置いてあるウロガンドを拾う。時刻は、獅だから、午前四時。日が昇るまであと一時間ある。
私はまた、もぞもぞと毛布にもぐった。すると、風間さんが寝返りを打った。それと同時に、瞳がゆっくりと開かれる。
「……おはようございます」
寝ぼけ眼で風間さんが言って、微笑む。
距離が近い。
ほんの少しだけ手を伸ばせば、風間さんに触れる。そんな距離。心臓が掴まれたように苦しかった。
「おはようございます」
小さく返して、瞳を伏せた。
ドキドキして、風間さんを見ていられない。
「――んっ」
風間さんは軽く伸びをして体を起こした。
「調子はどうですか?」
「あ、はい。なんかもうすっかり大丈夫そうです」
頭の痛さもないし、だるさも嘘のように消えてしまっている。筋肉痛はまだ少しだけあるけど、それだってほんの僅かなものだ。
私の体力半端ない。
やっぱ、ちょっとづつ慣れていくもんなんだな。おかげで風間さんに迷惑をかけずに済みそう。
私は起き上がって、思い切り伸びをした。
身体の力を抜いて、目を覚ます。
「昨日はすいませんでした」
ぺこりと頭を下げると、良いんですよ、と返事が返ってきた。
「あの、貞衣さん達は……?」
「あの後、行って断ってきました。二人で食事をすると言ってましたよ。貴女の心配をしていました」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「いいえ」
風間さんが微笑む。
最近ちょっと風間さんの笑顔の種類がわかってきたつもりなので、ちょっと分析してみる。今の微笑みは、愛想笑いの部類。な、はず。
「もう少ししたら出ましょう。朝食は途中で摂るということでよろしいですか?」
「あ、はい」
今日も朝から豚竜の干し肉と糒かなぁ……。
昨日の晩御飯、食べられなかったのが悔やまれる。きっと、美味しい永国料理だったんだろうなぁ。
私はそっと、残念な息をつきつつ仕度を始めた。
* * *
宿屋を出ると、日が昇っていた。
時刻は四時半あたりだったけど、予想より早く日が出ていた。
でも、やっぱり早朝。
人通りはないに等しい。
遠くの方でちらほらと人影が見られた。
白衣のような衣を纏っている。永では料理人は生成りの白衣のような服を着ているので、多分あの人達は料理人だろう。
その人影を追うように歩く。人影の更に先には、小さくなった牌楼が見えた。
「鳥影」
突然聴こえた声に振り返る。
風間さんは、俯きかげんで歩いていた。風間さんが何かを言った風には見えない。魔王の力が遠くの声でも拾ったかな?
首を傾げたときだった。
「ピイ!」
不意に鳥の声が上空から響いた。
見上げると、大きな鳥が先回している。薄く透ける羽根の模様が鷹に似ている。何気なく見ていると、その鳥は急遽下降してきた。
「え?」
鳥は速度を増し、私に真っ直ぐに向って落ちてくる。
「きゃ!」
思わず小さく悲鳴を上げて身を縮める。
すると鳥は無防備な背中から、あっという間に風呂敷包みを掻っ攫って行った。
「ちょっと!」
驚きながらも、反射的に鳥を追う。
鳥は大通りから外れて路地へと飛び去る。
狭い路地を縫うように走って、百メートル満たないところで、
「穿!」
背後から声が飛んで、振り返りざまに黄色い何かが飛んでいく。それは、鞭のようにしなって鳥を打ち落とした。
鳥は、地面に叩きつけられて息絶えていた。
鞭は、しゅるりと巻尺に戻されるように引っ込んだ。視線で後を追うと、鞭は風間さんの指の間から出ていた。鞭は、呪符の姿になって消えた。
私は乱れた息を整えつつ、鳥が銜えていた風呂敷包みを拾い上げる。
「あれは、鷹鳥ですね」
「鷹鳥?」
「ええ。永国に生息している鳥で、大きな町に住み着き、人から食べ物を奪うことで有名です。今後気をつけましょう」
そうなんだ。そういえば、昨日も牌楼のところで見かけたような気がする。あのカラスみたいな大きさの鳥は鷹鳥だったんだ。
「はい」
頷いたけれど、鷹鳥に申し訳ないような気がした。だって、いくら鳥だからって、盗んだからって、死んで良いってことにはならないわけで。せめて、手でも合わせようと地面を見て、私はきょとんとしてしまった。
さっきまであったはずの鷹鳥の死体が消えてしまっている。
(あれ? 違うところだったかな?)
私は首を左右に振って、ふと変な気分になる。それは、違和感。目の端で、なにかを捕らえたような気がする。
とても、悪いなにか。
視線を僅かに右へずらす。
建物と、建物の僅かな隙間からなにか。じっと目を凝らして、ぎょっとした。
「――!」
思わず叫びそうになって、息を呑む。
……脚だ。
人間の脚が僅かな隙間に覗いていた。
暗い影から、細く、白い脚が投げ出されている。
女の人の脚だとすぐに分かった。
(……寝てるの?)
私はそう思い込もうとする。その可能性だって、ないわけじゃない。
だけど、その脚に血の気はなかった。
どうしたら良いものか、混乱していると、風間さんが異変に気づいた。
「どうしました?」
不可解そうに言って、目線の先をなぞる。
一瞬息を呑む音が聞こえ、風間さんは脚へと駆け寄った。
「……そんな」
落胆と驚きが混じった声を漏らす。
まるで、その脚の持ち主を知っているかのような……。
(――知っている?)
疑心が渦巻く。
もしかして、まさか、そんなわけ……。
居ても立ってもいられず駆け出した。
路地を覗こうとすると、目の前に腕が現れた。
風間さんの腕だ。
「見ないほうが良い」
真剣な眼差しで静止する。
その表情で、この脚が誰なのかが解った。
でも、確かめたい。
違っていて欲しい。――違うはずだ。
私は風間さんの腕を押しやった。
「……」
頭が、真っ白になった。声をどうやって出したら良いのか解らない。
そこに横たわっていたのは、積み上げられるように、折り重なっていたのは――貞衣さんと、晴さんだった。
闇色の瞳に映しだされるものはなく、顎が落ちきり、舌が伸びきる。喉は大きく切り裂かれ、赤黒い肉片が皮膚の中から覗いている。あんなに可愛かった顔が、苦痛で歪んでいるようだった。
反対に貞衣さんの上に、折り重なるように被さっている晴さんの顔は、頬しか見えず。
背中から、痛々しく赤黒いものが滲んでいる。血だ。
どうしよう。
そのまま崩れ落ちるように、膝が地に付いた。
うそでしょ。
うそだと言って。
誰に対してそんな事を思ったんだろう。
解らない。でも、私は強く願った。――これがうそだと言って欲しい。
頬をゆっくりと、涙が伝う。
いつの間にか、私は泣いていた。
それを自覚した途端、わっと感情が関を切る。
「うわああ」
悲鳴を上げて泣き叫ぶ。
叫ぶ声を、押さえる気がしなかった。
なんで、どうして。
どうして、どうして、どうして。
そんな疑問ばかりが頭に浮かんでは消える。
不意に腕を掴まれた。
引っ張り上げられて、力なく立たされる。
「人がきます。行きますよ」
涙で滲んだ風間さんは、焦っているように見えた。
ざわざわと、人が何かを言う声が聴こえる。
警官に事情を聞かれるわけにもいかない。
風間さんがポツリとそのようなことを言って、私の腕を引っ張った。
留まろうとする足を、私の腕を強く引くことで、風間さんが動かした。
「――解」
低い声が、聞こえた気がした。
*
気がついたときには、私はもう牌楼を潜り、際弦を出ていた。
緩やかな丘を登り、遠くなった際弦を見渡す。
涙が、止まらない。
止りそうもない。
嗚咽することもなく、私の頬を伝っていくだけの雫。
瞬きをするたびに、二人の顔が浮かぶ。
――どうして、あの二人があんな目に合わなければならなかったんだろう。お腹に子供もいたのに。
「……殺されたんですか?」
しわがれた声で、ぽつりと呟く。
風間さんは握っていた私の腕を離した。
「……おそらくは、そうでしょうね」
ぽつりと言って、風間さんは視線を落とした。
あんなに、幸せそうだったのに。
これから、結婚式だって言ってたのに。子供も……。
貞衣さんの明るい笑顔が浮かんで消えた。
その途端、表情が崩れたのが自分でもわかった。
「うう……ひぐっ」
その場にしゃがみこんで、嗚咽して泣き崩れた。
私の肩に少し冷たい手のひらが乗る。
風間さんがなにを思っていたのか、どんな顔をしていたのかはわからない。
でも、私が泣き止むまで黙って傍にいてくれた。




