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私の中におっさん(魔王)がいる。  作者: 月村伊織
第一部
11/111

大戦の話を聞きました。

書きなおしました。

 私は縁側で呪符を見つめた。すっと吹いて来た風が冷たい。どうやらこの世界は今は秋らしい。

 昨日はドキドキが治まらなくて、結局部屋でごろごろしてたらいつの間にか寝てしまっていた。楽しみにしていたウロガンドの目覚まし音も屋敷探索も御破算。用意してもらった遅めの朝食は、夕食にはや代わり。

 なんとも残念なような、贅沢なような一日が過ぎ、私はまた屋敷探索に乗り出すべく呪符を見つめる。

 昨日同様、私は昼食という名のおやつタイムの食事を待っていた。だって、昨夜はあんまり眠れなくて……。昼寝が過ぎたわけじゃないのは、自覚してる。

 不意に毛利さんの顔が浮かんできて、ドキドキしそうな自分を首を振って振り払った。


 本当は家に帰る術を探したいんだけど、今いる国、倭和ヤマト国は国土の殆どがドラゴンの住処という恐ろしいところで、屋敷の外に出たくても出られない。

 代わりに風間さん達が帰る方法を探してくれている。


 ちなみにこの倭和国はアニキから聞いた話だと、永久中立国で、攻め込まれない限り戦わないという比較的平和主義な国柄らしい。それでも、先の大戦で攻め込んできた怠輪タイワ国の二万におよぶ軍勢を一人残らず、捕虜も出さす、皆殺しにしたっていうんだから、怖すぎる。平和主義とはとても呼べない気がする。

 怠輪国はそれまで鎖国していて、千葉センヨウ国の一部としか国交を開いておらず、なんで戦争に出張ってきたのかわからないってアニキは首を捻ってたっけ。


 なんでも一部では、この倭和国には凶暴なアジダハーカという魔竜が存在していて、とある部族に守られて眠っているという噂があるらしい。

 実際にその部族はこの倭和国にいて、強い上に、政府の言うことを利かないって問題視されてるらしい。けど、干渉しない限り安全らしい。

 アニキはその伝説だか噂だかを信じて進軍したんじゃないかって言ってた。けど、話を聞いてた風間さんが、だったら倭和国を襲う前に千葉国やラン国を襲ったのはおかしいんじゃないですかって、反論していた。


 それもそうだなって、アニキは納得してたみたい。私はよく分からなかったけど、後から月鵬さんに聞いたら、どうやら千葉と爛は突然やってきた怠輪軍に相当な痛手を負わされたみたい。爛なんて、王都にまで侵攻されて滅ぼされる寸前だったって聞いた。

 だけど、戦争が終わったら、また鎖国状態に戻って、だんまりを決め込んでいるらしい。


 不気味な国ですよねと、月鵬さんが不穏な表情で呟いてたのが、なんだか印象的で不安になった。

岐附は大丈夫だったのか心配になって訊いたら、岐附は怠輪には攻め込まれなかったみたいで一安心したけど、功歩軍に岐附の将軍が殺されたらしくって、すごく哀しそうな瞳をしてた。

 私が聞いた戦争の話はここまでだった。

 もしかしたら、月鵬さんの知り合いだったのかもと思ったら、もう何も訊けなかったんだよね。

 だけど、それぞれの国や大戦の話に少し興味が出てきたから、今から昼ごはんが出来る間、屋敷探索がてら誰かを捕まえて話を聞いてみようと思ってるんだけど、


「上手く転移できるかなぁ?」


 私は緊張しながら、とりあえず毎日、誰よりも長い時間お喋りしに来てくれるクロちゃんを思い浮かべた。

 縁側をゆっくりと歩きながら、目を瞑って歩いていると、不意に何かにぶつかった。

 びっくりして瞼を開くと、目の前に大きな背中があった。スーツ姿の男性は振り返ると驚いた顔をした。


「びっくりしましたよ。急に現れたんで」

「え?」


 辺りを見回すと、縁側にいたはずなのに、廊下にいる。転移が成功したみたい。


「やった! あっ、すみませんでした。ぶつかってしまって」

「いえ、良いんすよ」


 翼さんは軽く言って笑ってくれた。ちょっと顔は怖いけど、翼さんに話し聞いてみようかな。


「あの、翼さんに訊きたいことがあるんですけど」

「訊きたいこと?」

「お時間大丈夫ですか?」

「大丈夫っすよ!」


 おずおずと尋ねると、翼さんは明るくニカッと笑った。

(良いひとぉおぉ~!)


 その笑顔を見た瞬間、私の警戒心は一気に降下。途端にゼロへと変わった。私ってば笑顔フェチな上に、ギャップ萌えで単純で、我ながら呆れちゃうけど、しょうがない。笑顔のステキな人に悪い人はいないんだから!



 * * *



 翼さんが天気が良いのに室内にいるのはもったいないと言って、縁側へ案内してくれた。その途中で通った部屋から人の話し声が聞こえてきて、風間さんが言ってたみたいにこの屋敷にも他に人がいるんだと実感してしまった。


 縁側に出るとあいにく空は薄曇になってしまっていたけど、紅葉のような赤々とした木々が、遠くの塀沿いに並んでいてきれいだ。縁側の近くにも数本、同じ木が立っていた。

 そこかしこに風情のある岩が転々と置かれ、縁側の手前にはそれほど小さな池があった。


 中央区画の中庭は小さいし、東の区画の庭は、葉が丸く切られている木や、松に似た木、花のついた木、それが迷路のように並んでいたけれど、ここの区画は格段に見通しが良い。


「ここってどの区画なんですか?」

「北の区画っすよ」

「へえ~、そうなんですか……」


 北と言うくらいだから、ゆりはもっと閑散としているのかと思ってた。


「私の国にも、あの赤い葉っぱの木に似た木があるんですよ」

「へえ……なんていう木なんすか?」

「紅葉ですね」

「紅葉っすか。じゃあ、似てますね。あれは美樹ミジっていうんすよ」

「へえ~! も、がないだけですね!」

「っすね~!」


 あははははっ! と、二人して声に出して笑うと、ほのぼのとした空気が流れた。

 それにしても、翼さんとちゃんと話すのは初めてだけど、こんな風に砕けた話し方の人だったなんて意外。

 見た目がヤクザ――もとい恐持てだから、もっと乱暴か硬い言葉で話すイメージだった。


「それで、訊きたい事ってなんなんすか?」

「え~っと、それはですね」

 いざとなると訊き辛いな……。私は少し迷ってから、

「この世界で三年前まであった戦争のことなんですけど、どんなだったんですか?」


 翼さんは少し考える風にして、


「美章は先の大戦で一番被害が多かったって聞きました?」

「はい。多分どこかで。でも、爛も国が滅ぼされる寸前だったんですよね? 王都に攻め込まれたとか?」

「まあ、それはそうっすけどねぇ」


 言葉を濁してから、難しそうな顔をする。

 なんか違ったのかな?


「爛の場合は、千葉国と戦ってたんすよ。爛の王都は国の中心部より、白海側にあって、白海ってのは爛の内海になるんすけど、そこから予期せず怠輪に攻め込まれちゃったもんだから、対応し切れなくて一気に王都になだれ込まれたって感じなんすよ。貴女の国がどうかは知りませんが、ここじゃ軍てのは、ドラゴンと能力者と一般人で編制されて一団となるわけっすけど、能力者はもちろんのことドラゴンってのも重要になるわけっす」

「ドラゴン……」

 

ゴンゴドーラが思い浮かんだ。あんなのに人間が襲われたらひとたまりもないよ。銃があれば応戦できそうだけど、ここには銃やミサイルなんかの重火器は存在してないらしいし。


「今いる倭和国がどうして最強って言われてるか判ります?」


 私は首を横に振る。やっぱり最強なんだ、この国って。


「それはこの国の殆どがドラゴンの住処だからっす。多種多様なドラゴンがたくさんいるってことは、色んな武器がたくさんあるのと同じなんすよ」

「そっか」

「それに、それぞれの国には固有種ってのがいて、倭和はダントツで多い。爛が怠輪に後れを取ったのは、怠輪の固有種ドラゴンを把握していなかったってのが大きな要因なんすよ」

「なるほど……。それほど、ドラゴンの情報って大事なんですね」

「そうっす」


 翼さんは深く頷いた。


「でも、千葉も襲われたのに被害が抑えられたのは何でですか?」

「被害が抑えられたっていっても、かなりの打撃は食らったらしいっすよ。爛と同じく、不意打ち喰らったわけっすからね。でも、爛と違った点は王都が怠輪に上陸されたところから遠かったことと、多少なりとも情報があったってことでしょうね」


 そっか。


「たしか、千葉と怠輪は国交があるんですよね」


 一部らしいけど、ないよりはマシってことかな。


「俺が思うに、それはあんまり関係ないんじゃないっすかねぇ?」

「どうしてですか?」


 首を傾げた私に翼さんは苦笑を送る。


「千葉は怠輪に密偵を送ってたんじゃないかってのが有力っす」

「密偵って、スパイ!?」

「スパ?」

「いえ、なんでも。こっちの話です!」


 こっちには、スパイって言葉はないのか。


「怠輪ってすっごく上陸しにくい土地なんすよ。海も特殊だし、どうやって侵入してたのか不思議なんすけど、密偵を送ってなきゃ応戦できた理由が見つからないんすよねぇ」


 自分に言うみたく呟いて、翼さんはすっと私に視線を向ける。


「まあ、爛が滅ぼされかけたってのはそういう理由で、被害状況が一番ヤバかったのはうちの国なんすよ」

「それは……なんていうか」


 被害が一番酷かった国の人に思い出させるようなことを聞いちゃって、なんか悪いことしちゃったな……。


「気にしないでください。うちの国は案外慣れっこなんすよ」

「え?」


 驚いてばっと顔を上げると、翼さんはニカッと笑った。


「俺が生まれるず~っと前から戦争ばっかなんすよ。先の大戦だけじゃなくて、美章国ってのは岐附と功歩に領土を侵されちゃ、取り返すの繰り返しなんす。今でも返還されてない土地があるくらいで」

「そんな……」

「貴女がそんな顔することはないっしょ~」


 ぽんと肩を叩かれる。翼さんって、やさしい。戦争ばっかりで辛くないはずないのに……。やさしすぎて、泣きたくなった。


「他に聞きたいことはないっすか?」


 私は気持ちを切り替える。


「えっと……そもそもどうして世界大戦って始まったんですか?」


 大戦さえ始まらなければ、爛も美章も大きな被害を出さずに済んだはずだもん。


「そっすねぇ……そもそもの原因は爛と千葉の不仲っすね」

「不仲?」


 翼さんはこくんと頷いた。


「隣国同士、元々仲は良くなかった二カ国っすけど、激変したのが十年前。どっちかの国の大使が殺されたとかなんとかで一気に関係が悪化して、で、爛の王が隣国の岐附と同盟を結んじゃったんすね」

「それって悪いことなんですか?」

「千葉側からしたら、欄に戦争の意思ありととってもしょうがないことっすね」

「どうして?」


 意味が分からない。同盟結んだくらいでなんでそうなるの?


「爛国ってのは、千葉国と岐附国に挟まれてんすよ。もし、千葉と戦うなら、岐附に攻め込まれる危険を考えなきゃならない。逆に岐附と戦うなら、千葉に攻め込まれることを考えなきゃならないわけっす。一方の国に侵略中に背後を取られるから」


「そっか。岐附と手を組んだってことは、千葉と戦争になっても背後から狙わないよっていう約束をしたってこと同じなんですね?」

「そっす」


 翼さんは軽く顎を引く。


「それで、爛と千葉が戦争をおっぱじめたわけっす」

「そうなんだ……」

「他の国からすればただの対岸の火事だったわけっすけど。俺達美章国軍人にとっては、かなり冷や汗もんだったっすね。早く終結してくれないかなぁって思ってました」

「どうしてですか?」

「長期戦になれば、好戦的な王のいる功歩が出張ってくることは明白だったっすからね。そこで、外交による政治的解決してくれれば良かったんすけど、うちの国はろくな政治屋がおらんのですわ」


 はあ~と深いため息をついて、わざとらしく翼さんは首を振る。不謹慎だけど、ちょっと顔がにやけてしまった。


「それで、出張ってきちゃったんですか?」

「うん」


 翼さんは大きく頷く。しぐさが可愛い人だな、翼さんって。


「とうとう功歩は出陣しました。当時、功歩は幾度となく美章国はじめ、岐附、瞑に進軍していましたが、岐附は大国のうえ海を隔てているし、前王の時代は強い兵がわんさかいたんで、中々上手いこと侵略できずにいたんす。けど、この時は岐附の軍は前王ほどの強さはなかったらしいですし、同盟関係にある爛は戦争中。援軍は送らないだろうし、我らが美章も当時、岐附と同盟状態にありましたが功歩が国土を蹂躙すればそれどころじゃない」


「そういう理由で、進軍を決心したんですか? 功歩は」

「でしょうね。十中八九」

「なんかムカつきます」

「まあ、やつらもそれなりの報いは受けましたよ」


 そう言った翼さんの声音は冷たい。一瞬だけ目が怖かった。だけど、次の瞬間には元の明るくて軽い感じの調子に戻っていた。


「功歩がなめ切ってた瞑が永と手を組んで、軍が手薄になった功歩を攻めたんすよ。大打撃を受けまして、兵を撤退させたんす。それが三年前っすね」


 それが報い? でも、なんとなく違う気もする。翼さんが言った報いは、気のせいかも知れないけれど、もっと陰惨な気配がした。


「同時期に怠輪が、千葉、爛、倭和を攻め込み、倭和に返り討ちにされ、倭和以外のどの国も疲弊しきって戦争は休戦になったんすよ」

「大変だったんですね」

「まあ、悪いことばっかじゃないっすよ。おかげで隊長と会えたんすから」


 翼さんはやわらかい表情で遠くを見た。きっと、その隊長さんって大事な人なんだ。


「その隊長さんってどんな人なんですか?」


 訊くと、翼さんはきょとんとした顔をした。


「ああ! そっか。ゆりちゃんはまだ知らないんすね」


 ゆりちゃん? 男性にそんな風に呼ばれたことないからちょっと戸惑ってしまう。


「知らないってなにがですか?」

「隊長にはもう会ってますよ。黒田隊長がそうっす」

「――えっ!?」


 私は目を見開いた。

 クロちゃんが翼さんの上司なのは知ってたけど、隊長って……クロちゃんって軍人だったの?


「隊長はうちの国の英雄っす!」


 翼さんが誇らしげに胸を張った。

 しかも、英雄って……! クロちゃんって何者? 

もしかして、見た目が若いだけで私より年上なのかも知れない。


「隊長が指揮をとった戦場で負けたことは一度もなかったすね~! 功歩のクソヤローどもを策ひとつで破るんすからね。知将と名を馳せるだけのことはありますよ。うちの黒田三関は!」


 しみじみと言って、翼さんは顎を触る。話の腰を折るようで申し訳ないけど、私は質問した。


「あの、黒田くんって何歳なんですか?」

「十五歳っすね」

「十五……」


 私よりひとつ下だ。

 そんな少年が、戦争に赴いて戦っていたなんて……。私には到底想像できない。

 なんだかすごくショックだ。


「いつから戦ってるんですか?」

「そっすねぇ。たしか、十歳でした。年を偽って入隊したんすよ。うちの国ではわりと早い年から募兵を募るんすけど、それでも十三からなんすよ」


 私は半分頭が真っ白になっていて、後半の翼さんセリフは頭に入って来なかった。

 十歳? 十歳の子が、人を殺したり、殺されたりする悲惨なところに行ってたの?


「……どうして?」

「どうしてって、なんで募兵したかっすか?」


 私は答える代わりに頷く。

 翼さんは途端に真剣な顔になった。


「それは、本人に訊いたらダメっすよ。殺されたくなければ」

「……え?」


 クロちゃんが私を殺す?


「冗談っすよ~! でも、好奇心や同情は抑えてくださいっすね」


 おどけて言って、人差し指を唇の前に持ってきた。さっきの真剣な表情はどこかに消えてしまったみたい。


「なんだ冗談ですか。びっくりしたじゃないですか」

「すいません。でも、隊長がいかにすごいかはお教えしましょう!」


 おどけて言って、翼さんは大げさに万歳する。

 

「俺が、初めて隊長に会ったのは五年前! 隊長は当時歩兵で、あれが初陣だったんすよ。戦況は悪く、このままじゃ負けるかなってんで作戦会議をしてたんっすわ。そこに僅か十歳のガキが、指揮官が鎮座してる自軍のテントに乗り込んできて〝お前ら使えないから俺に指揮させろ〟って言い放ったんす!」

「えっ本当ですか?」

「当然ガキがなに言ってんだ出てけー!って、なるでしょ。そしたら反発したやつ全員のして〝俺に従え〟って、つめた~い目して言うもんで、結局従っちゃったんすよね~。何を隠そう、俺もその場にいたんすけどね」


 私は目をぱちくりとさせる。


「……のされたんですか?」

「のされましたよ」


 当然、とばかりに翼さんは頷いた。


「いやしかし、それで勝っちゃうんだから、さすがは天才。知将だ英雄だって言われるだけのことはあるってもんですよ」

「勝ったんだ。黒田くんってすごいですね!」


 十歳の少年が指揮をとり、敵軍を相手取って戦う。そんなことが出来たら、本当の天才だ。クロちゃんって頭が良いんだなぁ。


「すごいなんてもんじゃないっすよ!」


 翼さんは声を上げた。

 でも、さっきと声音が違う。称賛だけじゃなく、どことなく怖がってる風でもある。


「あれは、えげつないっすよ。敵が嫌がることはすべてやる。敵が戦意喪失するまで徹底的にやる」


見る見る翼さんの顔が歪んでいく。

一見、恐怖を装ってるけど完全に面白がってる。上司をディスって楽しんでるのが見え見えで、私は苦笑を漏らした。


「敵の意表をつくのがだ~いすきっていう、一種の変態っていうか――」

「おい、翼!」


 背後から、冷たい声が呼びかけた。

 振り返った先にいたのは、柱に肩を預けて立っているクロちゃんだ。にこりと笑みながら、腕を組んでいた。


「……げっ」

「ちょっと、こっちこい」


 笑んでいる表情は柔らかかったけど、声に険があった。

 ちらりと翼さんを見ると顔面蒼白でクロちゃんを見つめていた。

(ご愁傷様です)

 私は心の中で手を合わせた。


 翼さんはすごすごとクロちゃんの許へと寄っていった。

 翼さんにがなりそうなりながら、太ももに軽く蹴りを入れるクロちゃん。

 すんません、とジェスチャーで、へこっと頭を下げる翼さん。

 なんとなくそんな光景を微笑ましく思っちゃうのは、翼さんが本当はクロちゃんが好きだっていうのがわかるからだと思う。

 こんな感じの仲の良い先輩と後輩っているなぁ……年齢は逆だけど。


「ふふっ」


 私は思わず笑ってしまった。


 翼さんをシッシ! と追いやって、クロちゃんは私の隣に腰掛ける。


「何かあった?」

「え?」


 なにか、と言われて瞬時に思い浮かんだのは、毛利さんの顔で、一瞬ドキッと心臓が高鳴った。


「ううん。何もないよ」


 私は慌てて作り笑いを送る。

(言えるわけない)


「今、クロちゃんの話してたんだよ。クロちゃんって、すごい人だったんだね」

「ああ、うん。まあね。三関さんかんの席にもいるし、褒め称えても良いけど? ――って、クロちゃん?」


 自信満々に言い放ったクロちゃんが、途端に怪訝な顔をする。

(あれ? 私今なんて呼んだ?)

 ……しまった! つい、心の中の呼び方で呼んじゃった!


「それって、ぼくのこと?」

「え、うん。ダメかな?」


 私が窺うと、クロちゃんは明らかに不愉快そうだった。


「なんだよその呼び方、ぼくこう見えても結構偉い地位にいるんだけど?」


 拗ねたように若干頬を膨らませるクロちゃんに、思わず頬がほころぶ。

(可愛い。弟がいたら、絶対こんな感じなんだろうな)


「じゃあなんて呼べばいい?」

「黒田様!」

「――俺様か!」

「俺様?」


 クロちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 こっちの世界には、俺様というワードはないらしい。


「ううん、何でもない」


 私は苦笑して小さく手を振った。


「ま、キミが呼んでくれるならなんでも良いけどね」


 不意にやわらかい声音でクロちゃんは囁いた。フードの奥の緑色の瞳がやさしく細められる。なんだか、ドキドキした。

(クロちゃんってこういうとこずるいんだよね。普段は生意気な感じなのに、いきなり王子様みたいなことしてくるから)


「じゃあ、やっぱりクロちゃんで!」

「え~? まあ……いいけどぉ」


 クロちゃんは、渋々承諾したあと、にこりと笑った。その瞬間、太陽を隠していた雲が切れて、クロちゃんを刺した。風が静かに吹いて、フードを揺らす。

 後ろに見える赤い葉が、妙に似合っていて、まるで一枚の絵画を見ているような気分になった。


(ああ、そっか。クロちゃんってやっぱり壮絶に顔良いんだ)


 私は唐突にそんなことを思った。

 一瞬だけ見えた気がしたフードの奥の素顔が、そう思わせたんだと思う。残念ながら、きちんとは見えなかったけど。


「ねえ、三関って将軍の次に偉い地位なんだっけ?」

「そうだよ」

「さっき、クロちゃん三関とか言ってなかった?」

「うん。ぼくそれだから」

「すごいね」

「でしょ!」


 クロちゃんはえっへんと胸を張る。


「でも、三関って具体的に何する人なの?」

「将軍が一万の兵を動かせる人だってのは知ってる?」

「どうだったかなぁ? 聞いたかも知れないけど……」

「まあ、そういう地位の人のことなの。で、三関はその下だから、二千から一万の軍を動かせる人のこと。下に行くほど動かせる人員の数が減ってくってだけで、やることは大体変わんないよ。兵の指揮して、動かして、戦って、ってそれだけ」


 つまらなさそうに言って、クロちゃんは肩を竦める。

 正直、私には一万とか千の兵なんて言われても良くわからない。

 そんな規模の人が一堂に会しているのなんて見たことがないから。でも、歌手とかアイドルとかのコンサートをテレビで見たときの、あの規模の人が軍隊だって考えたらぞっとした。

 私がそんな人達の指揮を取れって言われても、絶対に無理。でも、クロちゃんはそれをやってきたんだ。

 つまらなそうに言ってるけど、今までとんでもないプレッシャーだってあったはずだよ。だって、色んな人の命を背負ってるんだもん。

 クロちゃんが自信家なのって、そういうプレッシャーをはねのけてきたからなのかも知れない。

 それを、この年で……。ううん、もっと前から……。


「クロちゃん」

「なに?」

「あのね、私がこんな事を言うのはおこがましいかも知れないけど、クロちゃんになに一人で抱えきれない事とかが起こったらいつでも私に言ってね」

「……は?」


 クロちゃんは唖然とした顔をした。

 そりゃそうだよね。唐突だもん。だけど、言いたい。


「クロちゃんは、すごい人だと思うけど、誰かに頼っても良い時ってあると思うの。年齢は関係なく、一人で抱えるのが辛い時って誰にだってあると思う。私は、聞くことしかできないと思うけど、誰かに喋る事で人って結構楽になれるところがあると思う」


 クロちゃんは偉い。

 だけど、クロちゃんだってまだ子供なんだ。私と同じ少年なんだ。そんな子が、これからも戦場に立つことがあるかも知れない。そう思ったら、やっぱり甘えられるところが必要だよ。

 それは翼さんのところでも、他の上司とか部下とか、家族とか友達とかでも良い。でも、少しでも安心できるそんな場所が少しでも多くあって欲しい。


「あんまり、気を張り過ぎないでね」


 クロちゃんは不意にフードを引っ張る。フードがさらに目深くなって、顔をそらした。その一瞬で、白い頬が赤く染まっていた気がした。

 もしかして、照れた?


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 クロちゃんは、消えそうな声で呟く。

 こんなクロちゃん見るの初めて。私は良いことをした気分になって笑った。

 私もクロちゃん達のお世話になってるわけだし、ちょっとは力になりたい。


「あっ! 忘れてた!」

「なに!?」


 ふと思い出して声を上げた私に、クロちゃんは驚いて視線を向けた。


「今何時だろう?」


 スカートのポケットからウロガンドを取り出す。まだ時間まで三十分くらいある。


「ねえ、なに?」


 怪訝そうにクロちゃんが訊いた。


「お昼ご飯作ってもらってるから、時間になったら戻ることになってるの」


 昨日同様、月鵬さんにタイマーをつけてもらっていた。


「飯まだ食べてないの?」

「うん。寝坊しちゃって……」


 クロちゃんはあからさまに呆れた顔をした。


「しょうがないじゃない! 眠れなかったんだからぁ。毛利さ――」

「毛利?」

「いや、なんでもないっ!」


 慌てて、手をぶんぶんと振る。


「ねえ、ちょっと。あいつがなに?」


クロちゃんの頬が若干引きつる。

 あれ、なんか怒ってる? 


「言ったっけ? そんなこと」

「言った!」


 即答で返された。なんとか誤魔化そうとしたけど、ダメだったっぽい。

 キッと鋭い目線で見られて、無言の圧力を感じるけど、そんなことをされても言えないものは言えない。


「襲われたの?」

「え!? なんでそれ――!」


(ヤバッ!)

 思わずぽろりと飛び出してしまった。すぐに口を塞いだけど、時すでに遅し。


「ふ~ん……」


 不機嫌な笑みクロちゃんは呟いて、突然私に詰め寄ってきた。


「で? どこまでされた、何された?」

「へ?」


 矢継ぎ早で問われて、顔が引きつる。クロちゃんは間髪入れずに語気を荒げた。


「――いいから言え!」

「はいぃっ!」



 * * *



 クロちゃんの迫力に押されて、結局喋ってしまった。

 恥ずかしさで、胸がいっぱいだ。


「――キスと、太ももと、首筋ね」

「ちょっと声に出して言わないでよ!」


 恥ずかしいじゃないっ! 


「その先は覚えてないってこと?」

「なんか……気絶したみたいで」

「ふ~ん……気絶ね」


 言い含んで、クロちゃんは私をジロジロと見てきた。


「あ、あんまり見ないで!」


 恥ずかしさに耐え切れず、肩に手をやって追いやろうとすると、その手を掴まれた。

 一瞬だけムッとした表情で私を見て、すぐに真剣な表情へと変わった。

 その眼差しにドキッとする。


「知ってる?」

「……え?」

「消毒する方法あるんだけど」


 囁くように言って、私の顎をくいっと持ち上げた。

 そのまま、クロちゃんの綺麗な緑色の瞳が近づいてくる。

(キ、キスされる!?)

 思わずぎゅっと目を瞑った。

 

「……ハハッ!」

「へ?」

 

 不意の笑い声に瞼を開けると、クロちゃんは可笑しそうに笑っていた。

 事情が呑み込めない。どういうこと?


「冗談だよ」


 クロちゃんはふっと微笑んだ。


「ちょっと、もう!」

「ハハハッ!」

「びっくりしたんだからね!」


 クロちゃんの肩をぺんっと叩く。クロちゃんはまだ笑ってた。


(なによもう! そんなに笑うことないじゃないっ! 乙女の純情ってのがあるのよ、私にだってっ!)


 頬を膨らませた私に、クロちゃんは、「ごめん、ごめん!」と言って背中を軽く叩いた。ごめんで済んだら警察はいらないんですからねぇえ! と拗ねようとしたときだ。


「グェ、グェ」


 蛙の鳴き声のような声がスカートのポケットから響いた。

 私は、驚いて肩を震わせる。

 ポケットの中でガサゴソと動く何かがいる。

 もしかして……蛙?


「きゃああ! クロちゃんこれ、これ取ってええ!」


 パニックになりながら私は、クロちゃんにしがみついた。

 一瞬驚いた声を上げてから、クロちゃんはポケットに手を突っ込んだ。


「やだやだやだやだ! 蛙嫌いっ! 怖い!」

「なんだ、ウロガンドじゃん」

「……へ?」


 拍子抜けしたような声に、強く瞑っていた目を開けた。

 クロちゃんが摘むようにして持っていたのは、小さなドラゴンの尾だった。

 

「時間になったから知らせたんだよ」

「え?」


 目をぱちくりとさせてしまう。

 小さなドラゴンは自分の尾を銜え始めた。蛇のような体に、変わった羽が生えている。丸い羽で、文字が書いてあって、それが序所に、丸まった体につくようにして動く。たしかに、ウロガンドの時計盤だ。

 そう気づいた途端、ドラゴンは元のウロガンドの形へと戻った。


「これ、どうなってるの?――生き物?」


 呆然とした私に、クロちゃんは即答した。


「違う。機械だよ」

「そうなんだ。でも、妙にリアルだったね」

「うん、まあね。伝説上のドラゴンをモチーフにしたんだって。ヨルムンガンドとウロボロスっていうやつ」

「へえ、そうなんだ。でも良かった。蛙じゃなくて」


 私は小さく安堵の息をつく。


「じゃあ、戻るね」


 そう告げて手を振る私に、クロちゃんはにこやかに手を振り替えした。

 目を閉じて一歩踏み出すと、中央の和室の中にいた。



 * * *



 ゆりが手を振って前へ向き直ると、足を踏み出した。だが、ゆりは縁側に足をつけることなく消えた。


 中央にゆりが戻った事を、心なしか寂しく思う。

 そんな自分に気づかないふりをして、黒田はゆりの居なくなった縁側をただ見つめていた。

 不意に、瞳に憤怒の色が映る。


「毛利、あいつ」


 憎々しげに呟いて、黒田は舌打ち交じりに縁側を進んだ。




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