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私の中におっさん(魔王)がいる。  作者: 月村伊織
第一部
1/111

プロローグ・舞い降りた日

描き直しました。

 ――魔王。

 この世界には魔王と呼ばれるものが存在する。

 この世界のどこかに封印されていると云われている魔王は、実体がないのだそうだ。


 魔王には意思が無く、また生命いのちすらない。

 魔王の正体は、莫大な力、エネルギーの塊、そう伝えられている。


 魔王が復活したのは今から六二五年前。

 あまたの犠牲を出して、魔王は復活した。


 魔王の復活には、力を持つ者が数人で輪を組み、祝詞を唱え、生贄を授ければ良いとされ、贄が魔王の器に相応しければ、魔王はその者の中に宿る。

 しかし、相応しくなければ、魔王に吸収され消える。


 魔王に相応しい器は、中々現われるものではない。

 故に、六二五年前の魔王復活の折、贄の犠牲となった者は五千とも、一万とも伝えられている。


 魔王となった者はその力を使って、世界を滅ぼしたとも、世界を救ったとも云われている。



 ――― ――― ―――



「――本気でこんな昔話を信じる気か?」


 太陽が西に傾き、その色をオレンジへと変える頃、冷たい瞳をした男は薄闇を受け入れようとする部屋の中にいた。


「まだ疑っておいでなのですか、毛利様」


 正面には正座をしながら柔和に笑う、灰色の髪の青年がいた。

 中性的な顔つきの青年は、静けさの中で佇むように座っている。


「信じていただけたから、こうしてここにおいでになられたのだと思っていましたが」


 毛利と呼ばれた冷たい瞳をした男は、金色の瞳を薄日に鈍く光らせた。


「ないとは言い切れない、そう考えただけだ」

「あらゆる可能性をお考えになる。さすがは毛利様です」

「世辞はいらん」


 ないとは言い切れない――しかし可能性はないに近い。そう続く言葉を呑み込んだ毛利を、青年は察しておだてた。

 その浅ましさを毛利は一蹴した。


「ほんの少し、お力を貸して頂くだけでいいのです」


 青年は内心、苦虫を潰したような心持だったが、やわらかな声で聴許を促した。しかし毛利の答えは彼をさらに不愉快にする。


「力というのは、生命に必要なエネルギーか?」

「……ご存知で」


 可能性はないに近いと内心で思いながら、そんなところまでしっかりと調べている。これだからこいつはやっかいだ――と、彼は内心で苦々しく毛利をねめつけた。


「まあ、本当に魔王を呼び出せるのなら、そんなことは微々たることだが――もしや風間ふうま、貴様よからぬ事を企んではおるまいな?」


 表情を変えず、抑揚もなく発せられる言葉は、相手に自分の真意を僅かにも感じさせない。

なにか企んでいる者はひやりとし、なんの企みもない者すらも疑心暗鬼の恐怖を感じるだろう。

 しかし、そんな毛利を相手取り、風間と呼ばれた柔和な面持ちのこの男は、易々と笑って見せた。


「よからぬ事ですか……ここに集まる者は皆、よからぬ事を企んでいるのではございませんか?」

(確かにな……)


 僅かに毛利の口元が緩んだ。

 それを見破るのは至難の業であっただろう。

 実際、風間はそれには気づかなかった。


 場に僅かな沈黙が訪れたとき、大きな羽音が辺りに響いた。縁側の障子がカタカタと風に揺れ、翼の影が降り立つ。

 毛利は僅かに片方の眉を吊り上げ、風間はにこやかに笑むと立ち上がった。



 * * *



 庭に降り立った生物は、短い首に大きく裂けた口。凶暴そうな牙と無骨な体に大きな羽を持った姿をしていた。ティラノサウルスの皮膚を白くコーティングし、真綿のようにふわふわとした巨大な羽毛を生やしたそれは、まさしくドラゴンと呼べる生物だった。

 首周りにある綿毛のようなたてがみから、人影が覗いた。


 派手で艶美な着物を纏った彼は、豪快な笑みを浮かべながら、三メートルはあるドラゴンの背から大胆にも降り立った。

 鈍く、重い音を周囲に響かせたが、彼は意にかえさず豪快に歩き出し、そのまま下駄を撒き散らし、ドカドカと縁側を踏んで、勢いよく障子を開いた。


「よお、待たせたなぁ!」

「待ってはおらぬわ」


 騒々しく部屋へと入ってきたのは、白髪に燃えるような赤い瞳の、女物のような派手な着物を纏った屈強な男だった。

 そんな男を毛利は、抑揚のない声で一蹴した。

 ぴしゃりと言われ、なんだこいつ!? というように目を見開く男を、風間はにこやかに受け入れた。


「お待ちしておりました」


 さあ、さあ、こちらへ――と、部屋の奥へと誘導する。


「すぐにうちの連中が到着すると思うんだが、どうするよ?」

「お連れ様には、そうですね。西の区画で休んで頂いてください。あとで私の手の者が案内します」


 ドカ! っと豪快に座りながら、言葉足らずで快活に発せられた質問に、風間はすぐさま答えた。


「ドラゴンは?」

「西の区画の庭にドラゴンの収容小屋がございまから、そちらをご利用下さい。毛利様ご一行にもそうして頂いております」


 続く質問にも、スラスラと答えた風間はにこりと笑んで、先程自分が座っていた位置よりも奥に座った。


「そうか、わかった。じゃあ部下どもが来るまで、俺の竜はそこにとめさせてもらうわ」


 言って、男は降り立った庭を指差した。

 そしてなにかに気づいたように続けた。


「お前の主はどうしたよ? 話じゃくるってことだったが」

「今、毛利様のお付きの者を南の区画に案内しております」

「自らでか!?」

「そういう方なので」


 はあ~奇特なやつもいるもんだね――と、男は白髪の髪を掻き揚げた。


「――んで、お前が毛利か?」


 不躾な言い方に、毛利は僅かに片眉を上げる。


「そうだが――」

「やあっぱりな、そうだと思ったぜ。官吏の嫌みったらしい感じが漂ってるもんなぁ!」


――それがどうした。と、毛利の言葉が続く前に男が快活に毒を言ってのけた。しかし、男に悪気はなかった。いや、正確には僅かしかない。

 先程の先制パンチのお礼、という気持ちがいささか含まれている。


「こちらもすぐにわかったぞ。貴様は花野井剣之助であろう。密書にて生きた者を使うのは嫌だと駄々をこねた、腰抜けよ。人を殺すのが仕事であろうに……盗賊あがりの将軍風情が何に情をかけたのやらな」


 毛利は冷静に、幾ばくか嘲笑的に吐き捨てた。その声にはやはり抑揚はない。

 男、こと、花野井は、今すぐにでも毛利の首を掴みに行きたかったが、ぐっと衝動を抑えた。


「そいつは悪かったな、だがひとつ訂正しておくぜ。盗賊じゃなく、山賊だ」


 怒りを堪えたためか、若干ながら声が震える花野井に、毛利は薄く笑った。

例によって解る者はいなかったであろうが、僅かながらに口元が緩む。むろんわざと間違えたのだ。


「なにが違う。人の物を強奪し、殺し犯すのは変わらぬだろう。人間のクズを将軍にするなど岐附はよほどの人材不足らしいな」


 続く花野井、ひいては岐附を嘲る言葉に、花野井は怒りをあらわにした。


「ああ!? 宰相のくせに自国に戦争を招いておいてよく言うぜ。首切りもんの大失態だろーが!」


 あげくに世界大戦にまで発展させやがって――と言いかけて花野井はその言葉を胸にしまった。

 今更そんなことを言ってもしょうがない。

 自らを落ち着かせるように、チッと舌打ちをして浅く息を吐き出す。


 毛利は応酬することはなかった。代わりに強く歯軋りをする。表情は能面のようなままで。

 重苦しい空気が瞬時に充満する。そこに、叫び声が響き渡ってきた。


「うわああ!」


 聴き馴染んだ声音に、風間はいの一番に駆け出した。


「雪村様!」


 障子を開けた先にいたのは、真っ赤なドラゴンに襟を銜えられて宙吊りにされている黒髪の青年だった。

ドラゴンは、馬と同じ大きさの胴体に細くうねった爬虫類の首がついている。前足は短く、後ろ足は太い。先ほどのティラノサウルスのようなドラゴンと比べると、羽を入れても二回りほど小さい。赤いドラゴンの真上には、同じような翼竜が十数匹旋回している。いずれも人を乗せていたが、赤い色は一匹もいなかった。


「ごめん、ごめ~ん。ぼくのシンディって繊細だからさぁ。ちょ~と、扱いづらいんだよねぇ」


 悪びれない語調で、赤いドラゴン――シンディの上から黒髪の青年に向って話しかけたのは、フードつきの黒い服を纏い、透き通るような白い肌が印象的な少年だった。

 全身黒のわりには服の装飾品が派手で、スライダーやチェーンがピンクや金色だ。フードについている小さな角のかざりも赤と黒のボーダーだった。


「キミ、三条みじょうの人間?」


――だろ? と続く言葉を少年は呑み込んだ。当たりをつけている事を悟られないためだった。するとシンディに銜えられている青年はこくんと頷いた。


三条雪村みじょうゆきむらだ」

「ふ~ん。そっかぁ」

(こいつが、あの三条家当主ね……)


 少年は薄っすらと笑って、心の中で憎々しげに呟いた。

 

「ほら、シンディ放しな」


 心とは裏腹に、明るくシンディの背をポンポンと叩くと、シンディは、パッと三条雪村を放した。


「うわ! ――痛てぇ!」


 雪村は打ちつけた尻を擦りながら、シンディを軽く睨みつけた。

 シンディのくつわの縄紐を掴みながら、少年は地面に降りた。


「お待ちしておりました、黒田様」


 風間から発せられた少年の名に、花野井と雪村は目を見開いて驚いた。しかし毛利は若干眉を動かすに留める。


「黒田、お前みてえなガキが……」


 呆然とした呟きのあと、花野井は愉快そうに口の端を歪めた。それとは対照的に、複雑な表情で黒田を見たのは雪村であった。


「ぼくが一番最後なの?」

「ええ、まあ、そうですね」

「ごめんねぇ。ぼくが一番近いのにさぁ。復興が全然追いついてなくって、大変でね~。どっかの誰かのせいで」


 言い方は軽かったが、それぞれ言葉に引っかかりを覚えたのか、さまざまな表情で黒田を見た。

 花野井は苦笑し、雪村は眉根を寄せ、毛利は誰にも分からないように片眉を釣り上げた。そして風間は微笑みながらも、内心では不快感をあらわにする。


「それで、密書の続きの話し合いはどこでするのかな?」

「では、行きましょうか。黒田様ご一行と騎乗翼竜は、私の部下に案内させますのでご心配なく。皆様、私について来て下さい」



 * * *



 案内された十畳ほどの和室の中で、彼らは座ろうとはせず、自然と互いに向かい合って歪な円のような形になっていた。


「まずは、自己紹介でもしておきましょうか? 皆様、私以外とは初お目見えですよね」


 風間にそう促されて、いの一番に名乗ったのは花野井だった。


「花野井剣之助だ」


 それ以上の情報は与えず、白銀の猫っ毛を揺らし、にかっと笑う。

 続いた黒田も毛利も名しか名乗らなかったが、互いに有名人であったため誰がどこの国の何であるのかはそれだけで把握出来た。


 しかし、三条雪村だけは名乗られただけでは個人の特定には至らなかった。三条という苗字で一族の把握は出来ても、当主と風間につき足されなければ一族の中の一人という位置づけだっただろう。それでも、この世界では十分に有名であったが。

 花野井は、どことなくぼうっとした様子の雪村をまじまじと見やった。


(こいつが、さっきの奇特なやつねぇ……)


 素直だが、愚鈍で、危ういやつという印象を、花野井は彼に持った。それは、雪村に似た人物を彼が知っていたからなのだが、それゆえに残念に思う。

 花野井は雪村のようなタイプが嫌いではなかったからだ。むしろ、好きな部類だった。


 こんな場で、このような目的で会ったのでなければ、雪村が三条一族でなければ、そして彼にとっての仇敵国の者でなければ、弟のように可愛がったに違いないであろうと。


「では、さっそく議題に入りましょう」


 風間の声を機に、花野井は雪村から目線を外した。風間の手の動きに促され、それぞれがそのままの位置で腰を下ろす。


「まずは、今夜決行ということでよろしいですね?」

「ああ」


 風間の確認に花野井は短く答え、雪村は渋々といった感じで頷いた。毛利は腕を組み静かに瞳を閉じる。


「ちょっといいかな」


 声を上げたのは黒田だった。


「風間さんに最初に話を聞いた時も言ったけどさ、本当に魔王は宿るの? あの時の答えじゃ、十中八九ってなことだったから、密書でもなにも言わなかったけどさぁ。……でも、例の昔話じゃ、魔王の器となるものを見つけるために多大な犠牲を払ったわけだろ?」


 風間は相変わらず柔和な表情で黒田を見ていた。黒田は若干の不愉快さを現しながら、言わずに留めた言葉を放つ。


「それを、たったの二年半で見つけたわけ?」

「あるいはもっと早くの段階から探していたのかも知れぬな。数ヶ月前、我々に連絡をするよりも遥か以前に見つけていたという可能性もある」


 外面的には能面のような表情で嘲笑した毛利は、切れ長の瞳をさらに鋭くし、風間を見やった。


「何せ、三年前まで世界大戦中だ。混乱に乗じてどこの国にでも何にでも忍び込めるであろう」

「お前が言うかね」


 ぼそっと呟いた花野井の声を、毛利は無視する。


「きな臭い噂もあったと聞くぞ。何せ鎖国していた大国まで出張ってくる有様だったからな」

「それはそうですが……。それと、これと、なんの関係が?」


 にっこりと笑みを作りながら、風間は向けられた疑惑を一蹴した。


「話を戻しても?」


 ふんわりと微笑んだ風間に、毛利は小さく顎を引いて答えた。


「二年半かけて、数ヶ月前、魔王の器候補を見つけました。それは信じていただくより他ありません。黒田様よろしいですか?」

「まあ、良いけど。でもさぁ、もうひとつ良い? その器ってやつの中に魔王が定着する可能性って確率的にみたら低いわけだろ? なのに、〝死体〟なんて使って大丈夫なわけ? もっと確率の高い方法だってあるでしょ」

「生きた人間でためせってことか? 黒田」


 花野井は黒田を軽く睨み付けた。


「ま、そういうことだね。散々密書で議論してきたことだけど、ぼくはやっぱ、効率が良いほうが良いんだよ。どうせやるならさ。昔話だって、死んだ人間を使ったなんて出てこないでしょ。生きた人間を使ったから、生贄っていうんだからさ」

「……反対だな」

「俺も反対!」


 冷静に否定した花野井に便乗し、仲間発見! とでも言うように嬉々として雪村が手を上げる。


「心配ございません。この器で大丈夫なはずですから。それに、考えてもみてください。もし魔王が宿った場合、生きた人間よりも、死んでいる人間に宿った方が都合が良いのではありませんか?」


 風間は安心安全を謳う実演販売者のように笑む。


「……たしかにね」


 思いついたように、黒田は頷いた。にやりと冷酷に笑む。

 首を傾げた雪村と花野井を見て、毛利が密かにため息をつく。


「つまり、生きた人間には意思がある。我々が魔王を手に入れようと争っても、その人間が魔王の持ち主なのだ。そいつがどうしようが、我々にどうこうできる権利などないということだ」

「でも、死体ならその心配はないってわけ。だって、本当に意思のないただの器なんだから」


 ふふっと笑った黒田は、どこか無邪気だ。

 複雑な気持ちになった雪村と花野井を余所に、風間はさわやかに笑んだ。


「では、皆様、こちらをご覧下さい。儀式の方法を記した書になります。皆様の分は写しになりますが、全て同じ文面になっております。ご確認ください」


 風間はさわやかな笑みを浮かべたまま、赤の横線が入った巻物を配った。

 きれいで新しそうなその巻物とは対照的に、雪村の手元に置かれた物は、くたびれた、古い紙の匂いのする生成りの巻物だった。

 おそらくそれがオリジナルだろう。


 渡された巻物を一斉に広げる。

雪村以外は手に持ったが、彼だけは畳に広げた。無防備に広げられたオリジナルの巻物に、一瞬皆の視線が注がれる。

 花野井の眉が、胡乱げに弾かれた。


「ごらんのように封魔書ほうばしょには、儀式を行う時間帯は書かれておりません。ただ、大きな月の出る晩とあります。今宵は中秋の名月、これほど相応しい晩はないでしょう」

「それで今夜にしたわけだ」


 花野井が合点がいったという面持ちで頷く。


「はい、その通りです。では、時間帯はいつにいたしましょうか?」

「月がもっとも強く輝く時が良かろうな」

「では、蠍の刻にいたしましょう」


 風間の提案に皆が頷いた。


「で、さ。ここに滞在できる期間はみんなどれくらいなわけ?」


 軽くフードを引っ張りながら、窺うように黒田が聞いた。


「俺は一週間から二ヶ月ってとこか」


 いつの間にか懐から出した酒を煽りながら、花野井は答えた。


「俺達は最大で二ヶ月は大丈夫かな――な?」

「はい」


 顎に手を当てて考える風だった雪村は、風間に確認を取った。風間は軽く顎を引く。


「貴様はどれくらいだ?」

「ぼくは、そうだなぁ……ぼくも最大で二ヶ月ってとこかな。毛利さんは?」

「一ヶ月半が限度だな」


 黒田からの訊き返しを毛利はそっけなく返す。

 それに気を留めることなく、黒田は続けて尋ねた。


「風間さん、確認しておくけど、ここを確保したのは、同盟に関しての密談ってことでいいんだね?」

「はい。この国――倭和ヤマト国にはそう説明してあります」


 花野井は怪訝な顔をした。


「倭和の立会人はどうした?」

「金で買収してあります」

「ハッ! どこの国も官吏にはやっぱそれか」


 悪びれたようすのない風間の笑みに、花野井は失笑を投げかけた。その声音からは、嫌悪感が満ち満ちている。風間個人にではなく、官吏にといったところだろう。

 そんな花野井を横目で見やって、黒田は生意気そうな笑みを浮かべた。


「――んじゃあ、こっからが本題ね。魔王が無事憑依したら、誰がどうやってそれを手にするのか決めようじゃんか」


挑発まじりの表情に、彼らは黒田の次の言葉を予想した。しかし、その言葉を放ったのは、まったくの別の人物だった。


「単純明快であろう。――戦えば良い」

 

 セリフをとられた黒田は若干むっとした表情で口を窄めたが、同時に怪訝でもあった。少し意外な気がしたからだ。黒田含め、この場にいる中で毛利がもっとも戦闘能力に劣っているという印象があったし、それは風間と毛利以外の全員の総意でもあった。


「文官のくせに、良いのかよ?」


 口の端を持ち上げて、花野井が試すように笑う。

 毛利は僅かながらに片眉を持ち上げた。


「盗賊風情に負けはせぬ」

「だから山賊だっ!」


 わざとの言い間違いに、花野井は律儀に応えた。

 そんな大人二人を一瞥して、黒田が吐息交じりに賛同をはき出す。


「ま。それが一番だね。力を欲する者達が集まったんだもん。力で形をつけるのが当然かもね」


 一同が頷く中で、雪村だけは複雑な表情でいたが、何かを言うことはなかった。

 

「――そういうことで。各自、時が来るまで自由に過ごしていただき、時間になったら南の庭園に集合してください。その際、くれぐれもお付きの者は連れてこないで下さいね」


 風間の警告を最後に、一同は解散した。



 * * *



 大きな満月が、野原のように広がる庭の芝を照らしていた。塀沿いに植えられた松と紅葉に似た低木。その内堀を埋めるように様々な木々や、花が彩っている。十メートル先あたりに屋敷の正面玄関が見える。かなり年月が経った印象があるが、朽ちてはいない。誰かが定期的に管理しているようだった。

 その庭の中心で、毛利達は何かを囲んで立っていた。それは、銀の鎧を纏い紅色くれないいろのマントを羽織って横たわる中年の男だった。


「これが例の死体か」

「ええ、そうです」


 静かに目を閉じている男の顔は蒼白だったが、死人のようには見えない。

毛利は、表情も変えずに円の中心に寝そべる男を見やる。風間は相変わらず、にこやかにしていた。状況と口調、表情の違いに違和感を感じずにはいられない。

 黒田はその空気に少し笑いを覚えた。


「死んでから、数ヶ月も経ってるとは思えねぇな」


 感慨深げに、そしてどことなく嫌悪感を滲ませて、花野井が顎を掻く。


「そう見えるだけですよ。結界を施しておりますので」

「魔王が宿る死体が朽ちてたら、コトだもんなぁ」

「そうですね」


 にやりと笑みを浮かべ、両手を顔の正面で振る花野井に風間はやわらかい笑みを浮かべる。雪村は、風間の隣でこっそりと両手を合わせた。

 それを見て、黒田が嘲笑的に口の端を持ち上げた。


「で、これ誰なの?」

「とある方とだけ。――さて、皆様。始めましょう」


 黒田は追及したい気もしたが、風間の指示に従う。彼にとっては、誰がどう死のうとどうでも良かったからだ。


「雪村様」


 風間に促された雪村は、渋々といった感じで長方形の呪符を取り出した。緑色の紙に青色の文字が描かれている。


「ちょっと離れてて」


 さっと皆が距離を取ると、雪村は横たわる男に正拳突きを食らわせた。その瞬間、男の周りの空気がたわんだように見えた。雪村の腕が見えない結界を突き抜け、正拳突きをしたはずの拳が札ごと男の体に埋まっている。だが、雪村が腕を引き抜くと、男の肉体も身に纏っている鎧も傷一がついていなかった。


「これで、準備は整いました。では、魔王の結界を解きます。これには、皆様のお力が必要です」


 言って風間はナイフを取り出した。


「一滴でよろしいので、血液を頂戴いたします」

「そんなの必要ないよ」


 黒田はにやりと笑うと、親指の皮を噛み切った。流れ出た血液は地面には落ちず、まるで生き物のようにうねりながら、物凄いスピードで毛利らに向った。


「おっと!」


 花野井は軽々と避けたが、彼以外は反応しきれず、うねった血の刃を受けた。


「うわぁ! びっくりしたぁ!」

「大丈夫ですか? 雪村様!」


 目を丸くした雪村に、駆け寄った風間は心配そうに彼の手の甲を凝視する。


「良かった……」


ほっと息をつく。自分の頬と同じく、薄皮を切られただけだ。


「超過保護」


 悪びれなく、嫌味たっぷりに笑った黒田を風間は鋭く睨み付けた。


「黒田様。これは一体なんのおつもりで?」

「なにって、手間を省いただけだよ。みんな薄皮切るに留めてあるんだから、そんなに騒がないでよ。それとも、心臓貫いた方が良かった?」

「……ご冗談を」


 風間は乾いた笑みを浮かべ、黒田は面白そうに頬をニタリと持ち上げる。そこに、


「お~い。もう切ったぜ」


 いつの間にか指先を赤く塗らした花野井が声をかけた。


「早くしてくれよ。じゃねぇと、傷すぐに塞がっちまうからな。俺は」

「では、早速」


 風間は各々の血を、ジャケットの内ポケットから取り出した呪符につけて回った。呪符は先ほどの物とは違い薄紅色だった。

 風間はそれを、屋敷に程近いところにぽつんとあった庭石の上に置いた。淡い桜色のようにも見える白い庭石は、漬物石くらいの大きさしかない。近くで見ようと毛利らは、風間に近寄る。その時だった。


 突如屋敷の半分を割るように光が立ち上がった。赤い光は屋敷から庭を走り、完全に彼らを取り囲んだ。


「なんだ?」


 ぽつりと毛利が呟いた瞬間、光はいっそう輝きを増し、呪符を置いた庭石が弾け飛んだ。その直後、毛利達は激しい痛みと脱力感に襲われた。


 項垂れるように膝を突くと、目に映った自分の影が濃くなっている。夜だというのに、昼のように明るい。混乱の中、必死に顔を上げると、頭上で白銀の光が降り注いでいた。小さな、太陽のように眩い光の塊。


(これは、ヤバイ)


 直感したのは黒田だけではなかった。

 このまま自分の中の〝何か〟をあの白い太陽に奪われ続ければ、間違いなく死ぬだろう。命、魂、そういうものを削り取られ、白い太陽に吸い出されている。そんな確信が、彼らにはあった。

 

 激しい苦痛の中で黒田は辺りを見回すと、一同が一様に苦悶の表情を浮かべていた。あの毛利でさえもだ。表情のある毛利を、どことなく可笑しく感じる。

 

(ハッ! ぼくってまだ余裕あるじゃん!?)


 などと強がってみた黒田だったが、目の前が白く滲んで行くのがわかった。


(ああ、最悪。これまでかぁ……)


 一瞬、死が過ぎる。

 だが、黒田はそれを撥ねつけた。


(ざけんなよ! ぼくはここで死ねないんだよ! あいつらを根絶やしにするまでは!)


 憤怒の感情が湧き出した瞬間、激しい苦痛が終わりを告げた。

 身体が途端に軽くなる。しかし、それは一瞬で過ぎ去り、すぐに脱力感が襲ってきた。息が荒くなる。

 膝をつきそうになる体をぐっと堪えた。


 他国の者の前で醜態をさらすわけにはいかなかった。

 残りの者も膝をつき、倒れこみたい衝動に駆られたが、黒田同様に意地でもそれをするわけにはいかない。

 プライドがそうさせなかった。


 だが、やはりというべきか、雪村だけは膝を突き、あー疲れた! と言わんばかりに豪快に仰向けに寝そべった。


「……死体、死体は?」


 驚いた声音を上げたのは花野井だった。彼は窺うような視線で一同を見回す。囲んだはずの死体が跡形もなく消えていた。


「――どういうことだ?」


 毛利は静かに、抑揚のない詰問を風間に向ける。風間は静かに瞳を閉じた。


「おそらく、魔王の許へ行ったのでしょう。帰ってこなければ失敗。――帰ってきた時は、成功です」



 * * *



 月に照らされて、待つこと数分が経過した。

 失敗したのではないかという消沈と苛立ちが漂い始める。


 何か言いたげな瞳を風間に向けた毛利は、組んでいた腕を解いて風間に歩み寄った。風間はちらりとそれを見た。警戒の色が僅かに滲む。そこに、静かに風が吹き抜けてきた。

 何かおかしいような気がして、五人はそれぞれ周囲を見回す。


 風に混じって、何か異様な空気が運ばれているような、そんな気がしてならない。

 遥か上空から、何かが降ってくる――そんな気がした。


 彼らは導かれるように上空を見上げた。

 すると月の中に黒い点が見え初めた。それは序所に大きくなる。――人だ。

 

 人が降ってきているのだと気づいた。そして、はたと閃いた。

――あれは器か、と。


 落下してくる人物はくるりと身を翻した。

 その途端、上空からの凄烈な突風が頭上で弾けた。


(結界か……!)


 毛利は勢いよく振り返る。視線の先にはやわらかに笑まれた口元とは正反対の、強い瞳の風間がいた。確信犯的な表情に、毛利の風間への疑念がさらに強まる。


 屋敷周辺に張られた結界に、次々に突風が襲いかかる。結界は揺れ、歪み、地響きにも似た轟音が響いた。

 凄烈な風が結界を叩きつけ、ついには結界を穿いた。

  

 結界は音もなく瓦解し、猛烈な突風が下にいる者を襲った。

 木々は薙ぎ倒され、草も根から飛び散る。

 折れた幹が屋敷へと叩きつけられたが、屋敷そのものにも結界が施されていたのか、跳ね返され、屋敷にはいっさい傷はつかなかった。


 しかし庭にいる彼らはそうはいかない。

身を屈め、飛ばされないようにするしか成す術がない。だが、いまだに続く突風に、一番身体の軽い黒田はとうとう身が浮きかけた。

 身体がふわりと風に持っていかれたところで、突如、黒田の体は重力を取り戻した。


「うわ!」


 急に重くなった体の感覚によろけ、転びそうになった。

 黒田は一瞬なにが起きたのかわからなかった。


 あんなに激しかった風がなくなり、辺りは静寂に包まれている。

 なにが起きたのか把握したのは、堪えた体勢を整え、顔を上げた時だった。


 自分達の周りに、薄い膜ができている。

 その膜の外は相変わらず風が猛威を振るっていた。


 結界の中にいるんだ。

 黒田はそう悟り、ふと見ると、真剣な顔をした雪村が印を結んで気を張っていた。


(こんな、坊ちゃんに助けられた……)


 黒田の中に悔しさがこみ上げる。

 他の者も異変に気がつき、雪村に視線を向けた。

 すると途端に風が和らいだ。

 いつの間にか、頭上に影が降り立ったていた。


 ゆっくり、ゆっくりと、風に体を預けながら、ふわふわと少女が降りてきた。少女の瞳は、虚ろに闇を写していた。

 

 息を呑む声が聴こえる。

 それが自分だけのものではないと黒田はすぐに気がついた。

 その場にいる全員が、言葉を失っていた。


 恐れか、敬意か、魅了か、それはわからない。

 だが、その場にいる全員が圧倒されたのだけはわかった。


 少女は虚ろな瞳をしたまま、地面へと降り立つと、膝を折り、倒れこんだ。

 一同がはっとして駆け寄ると、少女はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

 あれほど圧倒的な力を使いながら、彼らを圧倒しておきながら寝ている……。寝ている姿を見る限り、さっきの少女と同じ人物だとは思えなかった。

 そして思わず、毛利が切るように吐き捨てた。


「なんだこの小娘は」



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