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らくごもの  作者: 桂正雀
5/13

初登校と不落姫

 高校に編入するその前日、自室にいた弘也は美雪と話をしていました。

 「でね、業者がサイズを間違えて発注しちゃったっていうの。どのみち在庫がないから少し遅れるって」

 「ってことは前の高校の制服を着てけ、ってことですか?」

 弘也の言葉を受け、美雪は首肯します。

 「……わかりました」

 美雪は一言「ごめんね」とだけ言うと、弘也の部屋を出て行きます。

 弘也はため息混じりに明王寺高校の学生服を取り出し、明日に備えてそれ畳んで部屋の隅に置いておきました。


 「行ってきます」

 弘也は新しく買った学生かばんを持ち、ボタンの取れた学生服を着て玄関に立ちました。

 「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 美雪の送迎の言葉を背中に聴き、弘也は学校に向かって歩いていきます。

 根津四天王高校というその公立高校は、不忍通りを千駄木方面へと向かう途中にある根津裏門坂を上った先の十字路にある学校で、徒歩十分くらいで通える学校でありました。そこそこ優秀な進学校で、地元では有名な学校でございます。

 昇降口まで行くと、一人の女生徒が弘也に話しかけてきました。

 「君が新入生の高橋弘也君か?」

 その長身の女生徒は細く切れ長の、澄んだ目を弘也に向けて、彼を見据えました。

 「はい。そうです」

 「私は三年五組の平手(ひらて)(りん)だ。生徒会長を勤めさせていただいている。ところで……」

 自分の名前を名乗った凛は怪訝な目を弘也に、正確には弘也の制服に向けました。

 「何だその格好は。学校指定の制服はどうした? もしその格好で学校の秩序を乱さんとするなら、私が許さんぞ」

 ハスキーボイスな凛の声が、弘也の耳に刺さります。

 「業者の発注ミスとかで、まだ制服が用意できてないんですよ。近日中には必ず」

 「嘘はついていないな?」

 凛は目を細め、弘也を睨みます。その目は獲物を睨む鷹のような鋭い目でした。

 「ええ」

 それに対抗するかのように弘也もその蛇のような目で、凛を見返しました。

「ふっ、嘘はついていないようだ。……では早速だが付いてきてくれ。職員室まで案内する」

 固い表情を解いて、スッときびすを返すと、うなじで結んであるその長い黒髪がなびきます。弘也はその後ろへと続きました。

 とあるドアの前で立ち止まると、凛はドアをノックしました。

 職員室は人が一人いるのみで、あとはがらんどうのその部屋に弘也たちは足を踏み入れます。

 「さ、ここだ。入ってくれ」

 弘也に入るように促すとその奥にいる教頭先生の元まで足を進め、一言声をかけます。

 「教頭先生、こちらが新入生の高橋弘也君です」

 「ああ、ご苦労様」

 定年間近と思われる、頭頂部の後退した肥満体型のその男が凛をねぎらったあと、弘也のほうを向きました。

 「……その格好はどうした?」

 先ほどの凛と同じように、教頭は弘也を怪訝な目で見つめます。

 「業者の発注ミスで、まだ制服が用意できてないんです。近日中には必ず」

 「先生、それは私が保証いたします」

 弘也に同調する形で、凛は教頭にそう告げます。教頭はそんな凛を意外そうな目で見つめると、「まあいい」と言って弘也に三つのものを差し出しました。

 ひとつが、生徒手帳。ひとつが、顔写真の入った学生証。そして最後のひとつが、校章でした。

 「制服が届いたら、えりの部分につけるように。今はまだしまっていても問題はない」

 と教頭先生に渡された校章を、ポケットにしまいます。

 「学生証は再交付に金がかかるのでね、無くさないように。詳しい校則などは生徒手帳を参照するように。それと……」

 

 教頭先生から簡単な説明を受けると、弘也と凛は職員室をあとにして廊下に出ました。

 「本来は校長先生に挨拶に伺うのだが、あいにく始業式の最中でな。教頭先生に挨拶に伺う形となった」

 「その始業式に出なくていいんですか? 先輩は」

 「ああ。職員室への誘導を任されていたのでな。出席の必要はない」

 ふっと笑みを浮かべ、弘也を横目で見ながら凛は言いました。

 「しかし予想以上に早く済んでしまったな。さりとて学校を案内する余裕はないし……さて、困ったものだ」

 時計を眺めた凛はそう呟き、腕を組みます。

 「まあよい。順調に行けば、終業式が終わるまであと二分だ」

 「あの」

 「ん? どうした?」

 凛は組んでいた腕を解き、弘也のほうを向き直します。

切れ長の澄んだ黒い目に、通った鼻筋。そして長身ながら膨らむところはしっかりと膨らんだ起伏のある体格をした凛は、名前の通り武道家のような、凛としたさわやかさを感じさせる人でした。

 「さっきは何で俺に同調したんです? ちゃんと着てくる確証はないでしょう?」

 「ああ、そのことか。先ほど私が睨んだ時に、お前は私の目を見つめ返した。嘘などつこうものなら、そんなことはできないだろう」

 凛は口元に笑みを浮かべ、弘也にそう言ってのけました。

 

 「終わったようだな。では教室に案内する」

 ちょうど始業式が終わったようで、生徒が廊下を歩いて来ます。その場に立っていた凛はきびすを返し、歩き始めました。

 階段を上ってから左に曲がり、三番目の教室。それが弘也の教室でありました。

 「ここだ。二年四組」

 凛はここで待機するように言うと、そのまま廊下を歩いて行き、弘也の前から消えました。残された弘也はそこで待機していると、廊下の奥から教師らしい人が歩いてきました。

 「君が高橋弘也君?」

 茶色のスーツを身にまとい、赤のネクタイを締めたその男は、弘也に質問します。

 「はい」

 「じゃあHRの時に案内するから、そこで待ってて」

 言われたとおりにその場に待機していると、教室の奥から「入って来い」という声がしました。

 弘也は一呼吸して、その目の前にある引き戸を横にスライドさせます。

 弘也が中に入った瞬間、騒然としていた教室が凍ったようにしーんと静まってしまいました。

 普段からでも睨んでいるように見えてしまう細い目、無造作に撫で上げ、固定したオールバックのような髪、学校指定の制服とは違う、ボタンが二、三個取れた学生服。誰が見ても不良を思わせる弘也が中へと入ってきた事で、教室が固まったのです。

 (……無理ねぇか)

 心の中で自分を毒づきながら、弘也はクラスを見渡しました。

 「高橋君、自己紹介を」

 黒板に弘也の姓名を書き終わった教師が弘也にそう促すと、弘也は声を発しました。

 「どうぞ、よろしく頼みます」

 たった一言だけそう言い、弘也はスッと頭を下げます。

 弘也が自己紹介し終わると、さっきまではしーんとしていた教室が、再びざわざわと騒ぎ始めました。

 「みんな静かに!」

 ざわめく教室に教師の叱責が響くと、教室は水を打ったように静かになりました。教師は教室を見渡すと、空いている席を探します

 「そうだな、君の席はあそこだ」

 と、担任の教師はいちばん窓側の、三番目の席を指さします。

 弘也は、浴びる視線も気にせずその席まで歩いていき、そしてその席にドカッと座ります。

 「じゃあHR始めるぞ」

 と、再び授業が始まりました。


 チャイムが鳴り、HRが終わりました。

 弘也は見ていた黒板から眼を離し、窓の外へと視線を移しました。

 「高橋君、いい?」

 廊下から戻ってきた隣の席の少女が、弘也に声をかけます。

 「なんだ? なんか用か?」

 その少女はコクッと首肯し、二の句を継げます。

 「学校、案内する」

 その瞬間、弘也とその少女にクラスの男子の視線が集中し、ざわざわと騒ぎ立てました。

 「別にいいよ、そんなの」

 弘也は再び外へと視線を向けますが、その少女は構わずに話を続けました。

 「それじゃ、困る。先生から言われたことだから」

 「……そうか。なら、お願いしようか」

 弘也は席からスッと立ちあがります。

 「高橋くん、付いてきて」

 その少女はそう言うと、弘也を顧みずに廊下へと歩き出しました。弘也はそれを追いかけるように歩いていきます。

 そして、その少女は階段の踊り場で立ち止まりました。それから同じように立ち止まる弘也の手をそっと握り、顔を上げて弘也を見つめます。

 「また、会えた」

 微笑みを浮かばせながらうれしそうにそう言う彼女の顔を、弘也は見つめました。そして記憶をたどり、たどり着いた結論は……。

 「確か、アメ横ん時の……」

 軟派な男に絡まれていた、あの少女。

 白い地肌に低身長でほとんど膨らみのない寸胴体型の、子どもっぽい見た目をした少女。耳まで覆い前髪をそろえた、おかっぱ頭のようなショートヘアーの少女。

そんな彼女が、そのくりくりしたサファイアのように青い目で弘也を見つめています。弘也はかすかに抱いた心当たりは、見る見るうちに確信へと変わってきました。

 そんな弘也の心を悟ったかのように、少女はこくんとうなずきました。

 「お前、高校生だったんだな。俺はてっきり中学生くらいかと……痛てっ」

 そう弘也が言うと、その少女は弘也を睨み、その腕をつねります。その様子はいじけた子どものような、そんな愛らしい様子がにじみ出ていました。

 「じゃなかったら、ここにいない」

 「冗談だ。悪かったよ」

 弘也はふっと微笑んでその少女を見おろします。すると、その少女も弘也に微笑みを返しました。


 「これ、学校の見取り図」

 その女生徒は三階の空き教室に弘也を案内し、その部屋に置いてあった学校の見取り図を弘也に見せます。

 「覚えた?」

 「そんな速く覚えられるわけがねぇだろ」

 小首をかしげて弘也にそう問いかける女生徒を横目に見て、弘也は彼女にそう突っ込むと、また視線を見取り図に目を戻します。

 校舎は、教室や職員室、昇降口などがある教室棟と、理科室や調理室など特別な事情があるときに使う特別棟の二つに分けられており、一階と三階の南北にそれに行き来できる連絡通路があることが見て取れました。

 また、校舎の東側にある体育館は、教室棟の二階から行き来することができること、プールやテニスコートは北側にある校庭の奥にあること、野球場が完備されていること、各運動部の部室は校庭にあること、更には購買部があることがその図から見て取れたすべてでした。

 特別棟にはそのほかに図書室や各文化部の部室があるので常に開放されていること、教師が会議等に使う部屋は申請すれば生徒にも使えること。その二つが、その女生徒から付け加えられました。

 見取り図から目を離すとその少女に目線を合わせます。

 「つうか案内ってこんな感じでいいのかよ。そういうのって見て回るもんじゃねぇのか?」

 「あちこち見て回るの、時間かかる。使えるものは、使うべき」

 「そうかよ」

 ふっと笑って教室を出ようとする弘也の腕をそっとつかみ、彼女は「待って」と声を出しました。

 「少し、お話しない?」

 「あ?」

 「……だめ?」

 その少女は、子どもが親におねだりをするかのように小首をかしげ、上目遣いで弘也を見つめます。

 「時間もまだあるし、いいぜ」

 ため息交じりに弘也がそう言うと、ぱあっと明るい表情になった彼女は弘也と空き教室に置いてあったイスを並べ、それに座りました。

「自己紹介、まだだった。わたし、平手蒼(ひらてあおい)。君は、高橋くん、でいいかな?」

 「ああ、いいよそれで」

 弘也は、教室の天井を見上げながら適当に答えます。

 「それとも、おにいちゃん、のほうがいい?」

 「なっ!?」

 至って真顔で平然と言ってのける蒼に、弘也の顔は紅潮し、思考は一瞬停止しました。

 「いや、おかしいだろ! んな呼び方は!」

 弘也の突っ込みの言葉は、上ずってしまっていました。

 「大丈夫? おにいちゃん」

 弘也の足にぽんと手を置いた蒼は弘也を見上げ、言いました。

 「……普通に呼んでくれ、頼むから」

 懇願するような目で蒼を見つめると、蒼は満足したように微笑みながら「わかった」と言い、椅子に腰をかけ直しました。

 

 それからしばらく、沈黙が続きました。

 「あの、このあいだのこと、だけど」

 その沈黙を破るように、蒼は弘也に声をかけます。

 「ん?」

 「お礼、ちゃんと言えなかった……」

 さっきとは打って変わって沈んだようにそう呟く蒼に、弘也は蒼に微笑みかけました。

 「気にすんな。これで相殺だ」

 「でも……」

 「もしお礼がしたいんだったら、これからすりゃいいさ」

 まだ落ち込んでいるような表情を浮かべる彼女に、弘也はそう言って蒼の肩を叩きました。

 

 次の休み時間、ひじをついて窓の外を見ていた弘也に、二人の男子生徒がすごい剣幕で話しかけてきました。一人が低身長で肥満体型の男で、もう一人がガタイのいい坊主頭の男でした。

 「おいお前! どういうつもりだよ!」

 その二人のうちの低身長で肥満体型の男が弘也を睨みます。弘也は伏せていた頭を起こすと、その目をその男子生徒に向けます。

 「いきなりご挨拶だな、あんた」

 その二人を取っ払おうと弘也は語気を強め、目を更に細めてその二人を蛇のように睨んでみましたが、その二人は一瞬ひるんだだけで、すぐ気勢を立て直します。

 「申し訳ない。こいつ、姫にご執心でね」

 その太った男の隣の、坊主頭の男子生徒が弘也に弁明をしました。弘也は机から体を起こし、怪訝な顔で「姫?」と呟きます。

 「告白した人全員振ること十数回、鉄壁の守りの不落姫こと蒼ちゃんのことだ!」

 肥満体型の男が弘也の机に手を乗せ、弘也の目を覗き込みます。

 「そんな彼女が自分から率先して学校の案内をするなんて……ありえないッ!」

 (ああ、それでか)

 蒼が「弘也への案内は自分がやる」と言った時に数人の男子がざわめいたこと。 弘也はその原因がようやく理解できました。

 それと同時に、二人の立場のようなものが不鮮明ながら見えてきて、弘也はそのバカバカしさに、苦笑を浮かべて二人の顔を眺めました。

 「ありえたからそうなったんだろ」

 「なんだお前その態度は!」

 肥満体型の男が、弘也にがなり立てます。

 「落ち着け馬鹿。で、その理由は?」

 坊主頭がその肥満体型の男をなだめながら、弘也に質問をします。

 弘也は苦笑を浮かべて「さあな」と、席から立ち上がってその二人を見据え、言いました。

 「もう一回じゃんけんでもやって本人に聞いてみりゃいいだろ。俺に聞くよりもそっちのほうが早いぜ?」

 二人のそのぽかんとした表情が、弘也の考えを肯定していました。

つまり、誰が弘也に『蒼が弘也を案内した理由』を聞くのか教室の男子数人でじゃんけんをして決めた結果、二人が選ばれた、ということです。

 弘也は「じゃあな」と手を振り、二人を置いて購買部へと歩いていきました。

 

 購買部ではひとつの建物でパン、弁当、ジュースの三つを販売しています。弘也はメロンパンと焼きそばパン、そしてりんごジュースを買って購買部の建物を出ようとしました。

 「あ、高橋くん」

 その時、入り口でばったり蒼と遭遇しました。蒼の手には弁当箱が入ってあるだろう袋が握られています。

 「もしかして、昼食?」

 「もしかしなくても昼食だよ」

 弘也は買った袋を蒼に見せ、そう答えました。

 「そか。じゃ、一緒に食べる?」

 「ああ。まあ、いいぜ」

 弘也と蒼は連れだって先ほどの空き教室へと歩いていきました。

 「高橋君、何買ったの?」

 「ああ。焼きそばパンに、メロンパン、それにりんごジュースだ」

 と、袋からひとつひとつ取り出します。

 「そういうお前は?」

 「わたしは、ジュースだけ」

 と、ポケットから缶を取り出します。そして手に持っていた布製の袋から小さな弁当箱を取り出し、自分の脇に置きました。

 そして二人でそれぞれの食事を始めました。

 弘也は、焼きそばパンにかぶりつきます。

 そして、ふと横を見ると……

 「おい、何よだれ垂らしてんだ。だらしねぇ」

 弘也の焼きそばパンに目を光らせながら、蒼は弘也の食べる姿を見ていました。

 「それ、おいしそうだから、つい」

 「つい、じゃねえよ」

 弘也はそう突っ込みつつ、焼きそばパンを少しだけ割って蒼に与えます。

 「やるよ。それで我慢しろ」

 「ありがと」

 蒼は弘也からもらったそれを、小さく一口ずつ口へと運びます。

 「おいしい」

 口元をほころばせながら、蒼は呟きます。

 「よかったな」

 弘也も、再び自分のパンを一口食べます。

 そうして、二人きりの食事は終わりました。

 

 「で、何でついてきてんだ?」

 下校の途上、弘也は隣に黙ってついてきている蒼に弘也は軽く突っ込みます。

 「わたしの家、こっち」

 弘也のそばに寄って進行方向を指差し、そう言う蒼に弘也は突っ込みます。

 「……ならいいけどよ」

 (邪険にする理由も特にはねぇしな)

 弘也は蒼と肩を並べて、帰路へとつきました。


 二人が帰る途中、二人の間にはただ沈黙のみが支配して、会話らしい会話はほとんどありませんでした。どちらか片一方が話しかけるでもなく、ただ時折お互いの目線が合う程度です。そして信号に差し掛かったそのとき……。

 「わっ!」

 後ろから声が聞こえました。蒼は、驚いて弘也の後ろに隠れます。一方で弘也のほうは一瞬動揺こそすれ、すぐに後ろを振り返りました。そこには、先日始めて会った時に着ていたロングコートを羽織った和巳が、なぜか米の袋を脇に抱えたまま立っていました。

 「よっ! 久しぶり」

 手を上げて挨拶する和巳に、弘也は呆れの意を込めたため息とともに怪訝な顔で和巳に言いました。

 「いったい何の用です?」

 「いやぁ、たまたま見かけたからね。学校の帰りかい?」

 「ええ、まあ」

 弘也の背中をちょんちょんとつついて、蒼は弘也を呼びました。

 「なんだ?」

 上目遣いで弘也を見つめる蒼に、弘也は腰を曲げてその顔に耳を近づけます。

 「お知り合い?」

 「ああ、まあな」

 弘也の耳を手で囲いひそひそと話をする蒼を見て、和巳は弘也と同じように腰を曲げてて彼女に挨拶しました。

 「始めまして、俺は石井和巳。君、根天(ねてん)の生徒かな?」

 和巳の視線に気がついた蒼は、あわてて弘也の背中にしがみつきます。そして弘也の背中越しに和巳のほうを見て、懸命に首肯しました。

 「やっぱりか。その学校に、今年おじさんの知り合いが入学してね」

 根天とは根津四天王高校の略称で、この言い方はこの地域ではいちばん浸透した言い方でありました。

 「それにしても弘也君、君も捨てたもんじゃないね」

 体を起こした和巳は、微笑みを浮かべながら弘也に耳打ちしました。

 「はい?」

 弘也は、相変わらず怪訝な目で和巳を見つめます。

 「またまたとぼけちゃって。登校初日にこんなかわいい子を篭絡しちゃってさ?」

 和巳の一言に弘也のほおは紅潮し、弘也はきっと和巳を睨みました。

 「違いますよ! ただの同級生です!」

 「どんなもんだか?」

 あくまで笑みを絶やさない和巳に、弘也はため息しか漏れませんでした。

 

 「おっといけね。らん馬の買い物に付き合ってる最中だったっけ」

 和巳は脇に抱えた米の袋を一瞥し、弘也と蒼のほうを見ました。

 「じゃ、ここらで俺は失礼するよ。またな」

 和巳は手を銃のような形にして、弘也を指差して文太の家の方向へと歩いていきました。

 「なんか、変な感じ」

 弘也の学生服の袖を少しつかんだまま、和巳の行った先を見つめながら蒼はそっと呟きます。

 「何が?」

 「あの男の人、前にテレビで見たことある気がする。気がするだけ、だけど」

 弘也はふっと笑うと、「だろうな」とだけ言って再び歩き始めました。

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