7 回想 夏の記憶 3
昼休み、海斗は机の中や鞄をごそごそ探し物をしていた。
「やっぱりない、数学の教科書、忘れてきちまった。」
クラスメイトの立花が、海斗の呟きに反応する。
「借りてきたほうがいいんじゃね?確か1組、今日の1時間目に数学あったぞ。」
「1組か。」
1組なら、北山と東がいる。
「サンキュ。行ってくるわ。」
昼休みなので、いないかと思ったが彼らは教室にいた。
「東、来月の遠征行けるか?」
「○○市だろ。帰りが夜行になるけど、なんとかなると思う。」
そんな二人の会話を聞きながら、彼らのクラスメイトは含み顔で言った。
「お前ら、四六時中一緒だな。できてんじゃねーの?キモッ。」
北山も東も、はぁぁ?と顔をしかめて言った。
「できてる訳、ねぇだろうがぁ。」
北山がありえないという顔で言う。
そうだそうだと東も、首を振って否定している。
「俺達はなぁ、ユイちゃんファンクラブの同志なんだぞ!」
「そうそう!俺の心はユイちゃんに捧げてあるから!他の女子にも渡せない。ましてや、いくらきたやんと言えども、それは無い!」
海斗は、廊下にいたが二人の会話を聞いて教室の中に入るのをためらった。
彼等には、普通の反応なのだろう。
ズキリと心が痛んだ。
二人が、仲がいいというだけで、からかわれていた。
“実際二人には恋愛感情が無いのだから、あぁ言うだろうな。”
でも、一番の痛みは・・・“キモッ”・・・・か。
「海斗?」
いつの間にか蓮が側に立っていた。
蓮は彼らの会話を聞いたのだろうか?
「蓮、数学の教科書持ってるか?」
蓮は、1組の二人を窓越しに見た後、
「ああ、あるよ。教室、取りに来て。」
優しい声で言った。
海斗が3組の教室に入ると教室の隅にいた女子数名がざわついた。
「見てみて!雪宮君よ!」
「ホントだ。教室に入ってきた。どうしたんだろう?」
「蓮と一緒だ、ほんっと仲がいいんだね。あの二人。」
蓮はずんずんと進んで自分の席に着くと、ごそごそ机の中を探し出した。
「ん!」
そう言って出てきた数学の教科書を渡した。
「サンキュ。助かった。」
「返すの、部活の時でいいから。」
「わかった。じゃな。」
先ほどの北山達の会話を聞いた後だけに、女子の目や会話がまたも海斗の心に痛みを残す。
“仲がいいのが、なんだって言うんだ。”
だが、彼女たちの会話の意味は意外な形で訪れた。
数日後のある日。6時間目が終わった後だった。
「雪宮君、雪宮君っ」
廊下から、海斗を呼ぶ声がする。
俺?と自分の方を指すと、呼んでいる女子がうんうんと頷いた。
廊下へ出ると、名前の知らない女子が二人。
辺りに人がいないことを確認すると、そのうちの一人が声を潜めて言った。
「雪宮君、今日、部活へ行く前に、特別教室の校舎の裏に来て欲しいんだけど。」
「校舎の裏?」
「そう!絶対一人で来て!お願い!」
なんだと思ったが気迫に負けて承諾した。
「誰にも内緒で来てね!」
「・・・。」
海斗は、なんとなくこの後の展開が読めた。
読めてはいたが、敢えて行くことにした。
約束の特別教室の校舎の裏に行くと女子が一人で立っていた。
彼女は緊張しまくって、ガチガチだ。
「俺を呼び出したのは君?」
あまりの様子に可哀想になって、海斗は優しく聞いてみた。
「はっははははっ・・・はっ、はっ」
彼女は顔を真っ赤にし上がりまくっている。
「は?」
はいと言いたいのだろうか?
「はぃ~」
上ずってハスキーな声になった彼女の答えを聞いて、思わず海斗は笑ってしまった。
「待って、待て待て、押さないで。」
「優奈、どうなってる?」
「し~っし~っ」
特別教室の校舎は、本校舎から渡り廊下でつながっている。
特別教室とは、理科室やら音楽室等の普通の教室以外の教室を指していてその校舎の裏は人目につきにくい。
蓮は部活に行く途中、その特別教室の校舎の裏を覗くクラスの女子のおかしな行動に首を傾げた。
「谷口、藤川、何やってんの?」
そう言いながら、蓮は彼女達の視線の先を見る。
「えっ!ちょっと!蓮!?いつの間にいたのよ?」
「あっ、見ちゃダメだって!」
蓮は、その光景を見て固まってしまった。
「あ~ぁ、せっかく邪魔者無しの二人っきりにしてあげようと思ったのに。」
そう言っている二人は既に自分たちが邪魔者であることに気がついていない。
こちらに背を向けて、海斗が女の子と向き合っていた。
どう見ても、これは告白だろう。
そして、海斗は笑っていた。
「・・・。」
すべての世界が白に変わる。
その場に居たくなくて、蓮はくるりと背を向けると部室へと足を向けた。