6 回想 夏の記憶 2
蓮は夢中で海斗にキスをしていた。
海斗は蓮の胸を押し戻した。
はっと我に返った蓮は、慌てて海斗から離れ口元を手で押さえて背を向けた。
「・・・ごめん・・・」
小さく呟くように言った。
海斗はゆっくりと体を起こした。
ここからでは蓮の震える背中と真っ赤な耳しか見えない。
でも、声で分かる。きっと泣きそうな顔をしてるはずだ。
「蓮」
名前を呼ばれると、蓮はビクリとした。
「ごめん。」
蓮は叱られた子供のように小さくなってまた謝っている。
「こっち、向けよ。」
海斗だって、動揺している。
でも、“ごめん”ってなんだ?
しかし蓮は小刻みに首を振って振り向こうとしない。
立ち上がろうとした蓮の腕を海斗は掴んだ。
「こっち、向けって。」
「俺の事、引いたろ。ー・・・ほんと、マジごめん。」
蓮は辛そうな声でそう言うと、海斗に背を向けたまま掴まれた手を振り払い、半ば逃げるように行ってしまった。
一度も海斗を見なかった。
「なんなんだよ・・・」
蓮の忘れていったボールがポツンと転がっている。
三種の神器なんだろ?それまで忘れるくらい取り乱して。
海斗は先程まで温もりのあった唇に手で触れてみた。
「・・・。」
いつもとは違う蓮の繊細な魂がそこにあったような気がして、海斗はなんとも言えない気持ちになった。
翌日、蓮は学校に来なかった。
昨日の事で、間違いなく自分を避けているのだと海斗は思った。
“まったく!俺だって気まずいかもしれないけど、勇気を振り絞って、学校に来たんじゃねぇか”
普通に挨拶するするつもりで、そして普通にバスケして、そして普通に帰る。
そう、何事も無かったかのように・・・。
無かったかのように・・・。
海斗は唇に触れた。まだあの時の感触が残っている。
「ー・・・。」
海斗はそっと半ば目を伏せた。
男にしては、長い睫毛が瞳に影を映した。
普通にするのはまぁ、いいとして“無かったかのように?”
それでは、きっと蓮は傷つくんじゃないだろうか。
だが、それも違う気がした。
間違ってはいないが、そうではない。
無かったようにしたがるのは、建前の自分で、本当は・・・
“もっと、聞かせて欲しい・・・蓮が俺に思っていること・・・”
「俺はぜんっぜん蓮のこと、分かってなかったんだなぁ。」
中学時代から、あんなに長い時間、隣にいたっていうのに。
心がチクリと痛んだ。
放課後、部室へ行くと新キャプテンの北山に今日は練習に出れないと告げた。
どうしても、蓮に会わなきゃならない。
海斗は、蓮の家の前まで来ていた。
蓮の家は裕福な家庭で、広い敷地に大きな家だ。
海斗は、屋敷の前で戸惑ってしまった。
さて、どう、切り出そうか・・・。
屋敷の塀にもたれて、蓮の忘れたボールを回していると声が掛かった。
「海斗」
蓮がコンビニの袋を下げて道を歩いてきた。
「何だ。風邪で学校休んだ割には、外出歩いて元気じゃねぇか。」
蓮は、気まずそうに顔を反らしている。
「だって、お前に会うのが、怖かったから。」
海斗は、目をまん丸にした。
「蓮にも怖いものなんてあるんだな。しかも俺とか。」
そう言って海斗は笑い出した。
つられて蓮も笑った。
これでいいんじゃないのか?
蓮の前では、俺は俺のまま、思ったままを言えればいい気がした。
「学校、明日は来いよ。また、バスケやろうぜ。」
そう言って、バスケットボールを蓮に投げて渡した。
「ー・・・うん。」
蓮は素直に頷いた。