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鷹野は“Bar Hadean eon”の物々しい扉を開けた。
そこはクリスマス・イブに身内だけのパティーをしたバーなのだが、今日は大晦日なだけあって誰もいない。
「おや?珍しいですね。」
顎ヒゲのイケメンマスターがにっこりと微笑む。
「今日もやってんの?」
中に入ってそう言うのもどうかと思うが、マスターは笑顔のまま答えた。
「はい、いつも僕の気分でやってます。だから、思いもよらない日がお休みだったりもしますよ。」
「へぇ。気紛れなマスターさんだな。」
はははと笑いながら、鷹野はカウンターに座った。
マスターはカウンターから出ると、店の札をcloseにした。
「今日は、店仕舞いなのかい?」
鷹野は怪訝そうな顔で聞く。
「そうですね、今日は一緒に飲みたい気分なんです。鷹野さんもお一人だからここに来たんでしょう?」
「まぁ、ね。」
見破られて、苦笑いをしてしまう。
「あぁ、そうだ。ちょっと腹を空かせてるんで、何か作ってよ。」
「いいですよ。」
そう言って、マスターは何やら作り始めた。
「材料が、限られていたので。さぁ、どうぞ、熱いうちに召し上がれ。」
そう言いながら出してきたもは、ペペロンチーノだ。
「早速いただきます。」
鷹野はニンニクと鷹の爪がよく効いて、食欲をそそるスパゲッティを食べた。
「うまいねぇ。マスターの料理は絶品だよ。」
マスターは、その後もカナッペやキッシュ、たことトマトのサラダ等手際よく出してきた。
「あぁ、ローストビーフもあるんでした。」
そう言いながら冷蔵庫から分厚い肉の塊を取り出し、切っていく。
「こんなに出しちゃっていいのかい?」
「いいんです。今日はちょっとショックな事がありまして。」
「何?どうしたの、聞いてあげるよ?」
「その前に、飲んじゃいましょう!」
マスターはウイスキーをグラスに注いだ。
「乾杯」
「でも、何に乾杯なんだい?」
「・・・大晦日に?」
二人は少し笑って飲み始めた。
「鷹野さん、こんなショックな事がありますかぁ!」
「うん、そうだね。」
マスターは、飲んで酔っ払っている。
「3年前、僕を捨てた恋人が結婚しただなんて・・・うっ・・うっ」
「えっ、3年前って、大学時代に彼女がいたのかい?」
酔ったマスターは首を振った。
(※どうでもいい事ですが“Bar Hadean eon”は営業2年目です。^^)
「彼氏・・・です。」
「あ~~彼氏・・・ねぇ。」
コクンと頷くマスターは、そのまま首を項垂れた。
「ねぇ、その、自分が男を好きだと自覚したのって、いつなの?」
だが、マスターは首を振った。
「自覚なんてありませんよ。気が付いたら彼ばかり目で追って、気になって、誰かと仲良くしてたら、心がモヤモヤして、僕だけ見てほしいって思うようになったんです!」
「あ~~」
もろ自覚してるじゃないかと、突っ込みを入れたかったが我慢した。
その気持ちは、鷹野自身にも身に覚えがある。
“やっぱり、これは・・・恋なんだろうなぁ・・・”
こんなに戸惑うのは、相手が“男”だからだ・・・
“弟なんて、はるかに超えてる・・・解ってるさ”
「話をしたらドキドキして、甘えられたら何も言えなくなって、しょぼんとしてたら、慰めて、抱き締めて、大丈夫だと伝えたい・・・」
「鷹野さん?」
「え?あぁ、そんな感じなのかなって。」
“夏に大失恋したばかりだし、もう傷つけたくはないってのもある。
あの寂しげな顔は、させたくない。
それに、なんと言っても一番のネックは海斗は学生で・・・”
例えこれが“好きな気持ち”でも、封印しなければならないだろう。
“それこそ、自分がアンバー・タイマーだな”
等と思いながら鷹野は、琥珀色のウイスキーをぐっと飲んだ。
「鷹野さんも、恋の悩みなんですか?」
「うん、まぁね。」
「へぇ、高校の頃とか、しょっちゅう女の子とイチャイチャして、華やかでしたよねぇ~」
因みに二人は、高校の先輩後輩の間柄でもある。
「そんな頃も、あったねぇ~。」
そんな時代が、嶋田に恋愛経験豊富と言わせてるのだ。
“あの頃は、同い年だから出来たんだよなぁ。
流石に大人になって、あの勢いで未成年はまずいだろう。”
「若さって、怖いもの知らずだね。」
しみじみ思いながら、鷹野は、また一口ウイスキーを飲んだ。




