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“可愛い弟っていうんなら、弟らしく甘えりゃいいんだよな?”
だが、残念ながら海斗には兄弟がいないので“弟らしく”がよく解らない。
“大体、鷹野さんは俺の気持ちそっちのけで、抱き締めたりするから期待しちゃうんじゃないか!”
「あ~っ、もう!」
朝から悶々としている海斗に、母親が台所から声をかけた。
「海斗、明日は父さん、出張先の海外から帰ってくるから。」
「えっ」
海斗は、目を見張った。
いつもより早めに博物館へ行き、自習室で冬休みの宿題をする。
だが、今日は普段と違ってちっとも勉強は捗らなかった。
長テーブルに、伏せて窓の外をぼんやりと眺めていた。
鷹野は、そんな海斗をしばらく自習室のドアから見ていたが、ゆっくりと近づいた。
どうも、彼は海斗の事がほっとけないらしい。
海斗の正面の席にそっと音もなく座って、海斗が気が付くのを待っている。
はぁぁぁ~。
長い溜息を出した海斗に思わず笑ってしまう。
「あ・・鷹野さん。」
海斗は慌てて身を起こした。
「物凄く大きな溜息だな。溜息は幸せが逃げるらしいよ?」
「俺の場合は、少なくとも小さなストレスも逃げるからいいんです。」
「どこか、行き詰ってるのか?」
どれどれと、宿題を覗き込んできた。
「行き詰っているのは、人生です。」
海斗は、口をへの字に曲げて言った。
「おや。悩み事なら聞いてあげるよ?」
「お兄さんが、ですか?」
海斗は、そう言ってはっとした。声に棘があった。
鷹野の顔を見ると、困った顔をしていた。
「ごめんなさい。」
「場所を変えるかい?」
海斗は、頷いて立ち上がった。
控室の奥の部屋に二人は来ていた。
「ここなら、誰にも話を聞かれないと思うぞ。」
そう言いながら、鷹野は窓の外を見ていた。
今日も雪が降りそうな空模様だ。
「明日、親父が帰ってくるんです。」
海斗が、近くにあった椅子に腰かけた。
おや?と、鷹野は海斗の方を向く。
「親父は、今まで海外に出張して、家にいませんでした。」
蓮との事は、母親から聞いているかも知れないが、自分からは言ってない。
明日帰ってきたら、その事を追及されるかも知れない。
夏の苦い思いが蘇る。
「俺の恋愛。男同士じゃ、将来、子供が出来ませんから・・・でも親は、そんなところ、期待するでしょ?その辺りが・・・。」
「夏の彼は、別れたんだろう?もう、終わった事だと思うんじゃないのか?」
「・・・っ」
海斗は、ギッと鷹野を睨み付けた。
「俺は終わってません!蓮とは終わっても・・・俺は・・・また・・・」
「雪・・宮・君?」
どうして、気がついてくれないんだろう。
いつも近くにいて、俺の心を乱れさせる。
「弟なんでしょ?だったら、俺の事、海斗って呼んでくださいよ。」
鷹野は、少し戸惑っている。
「なんで、そんなにイライラしてんだ?雪・・・いや・・かいと・君?」
「君も・・・いりません。」
鷹野は、しょうがないなと言いながら、海斗の方を向いてリクエストに答えた。
「海斗」
優しく呼ばれて息を飲む。
「・・・・」
自分で言っておきながら、海斗は耳まで赤くなるのが解った。
「海斗、言ったぞ、返事は?」
「・・はい・・・。」
「何だよ?人に言わせて、照れるなよ。」
鷹野は、海斗の座っている椅子の前に腕を組んで立つと、背をかがめて海斗の顔を覗き込んだ。
「・・・。」
物凄く近くて、海斗はドキンとした。
「僕の事は、景さんで。さん付け忘れんなよ?」
そう言うと、ふいっと顔が離れていった。
「親父さんとの事は、親子なんだ。しっかり話をしたらいい。」
そして、やはり頭を撫でられた。この辺りが子供扱いなんだよな。
「海斗。親子喧嘩したら、いつでも慰めて応援してやるから。どんと、当たっておいで。」
「・・・はいっ。」
海斗はコクリと頷いた。




