42 回想 夏の記憶 28
蓮は、携帯を撫でていた。表示された番号の先は、ボタン一つ押せば海斗に繋がる事ができる。
「お父さん・・・。海斗に、会いたいのですが。今から寄ってもらっても構わないでしょうか。」
「うむ。わかった。」
父親は頷いた。
蓮は、携帯の発信を押した。胸がドキドキと高鳴るのと同時に息苦しくもあった。
海斗は、吉川さんからの電話を切ったばかりだった。
鳴りだした着信音に、びくりとした。
「今度は、誰だ?」
北山がアイスカフェモカの残りをずずっとストローで吸い込みながら聞いてきた。
海斗は、着信の表示を見ると、我が目を疑った。
「蓮だ・・・。」
慌てて電話に出る。
『蓮か?無事か?今どこにいるんだ?』
蓮は深呼吸をした。今までずっと聞きたかった海斗の声だ。
『海斗。俺は大丈夫だよ。』
海斗は、蓮の声に携帯を持つ手が震えた。
“電話の先に蓮がいる!”
『ばっか!家に帰ってないって聞いて心配したんだぞ!』
『ごめん。』
数日しか経っていないのに、蓮の声はすごく懐かしかった。
『俺は、今、親父の車の中だよ。海斗の方こそ、元気だったか?』
『元気なわけ、ねぇだろうが!』
受話器に耳ををくっつけた北山が横から言っている。
『北やんいるのか。お邪魔虫め。でも、いいや。そこは、どこなの?』
『駅前のコーヒーショップだよ。』
『わかった。今から会いたいんだ。海斗。そっちに行ってもいい?』
海斗は目を見開いた。
『あぁ・・。あぁ!俺も会いたい!』
暫くすると、コーヒーショップの駐車場に車が止まり蓮が降りてきた。
「蓮!」
くたびれた格好の蓮に、海斗が駆け寄った。
「海斗!」
蓮は大きく腕を広げると、海斗を抱き締めた。
「海斗。会いたかった。」
久しぶりの腕の中の海斗に、蓮の決心は揺れ心乱される。
“あぁ・・・”
海斗も、腕を伸ばして抱き締め返した。
「俺もだよ。蓮。お前に会えなくて辛かったんだ。」
その言葉が蓮の胸を締め付けた。蓮は海斗から体を離した。
「ちょっと、場所を変えようか。」
二人は、駅前のコーヒーショップから歩き、いつか見た花火の会場の海岸へ向かった。
海岸は夏の日差しが照り付け、潮風が体を通り過ぎていく。
大きな船が汽笛を鳴らしながら沖へと向かい、その姿はだんだん小さくなっていった。
花火大会はつい、この前の事なのに遠い昔のように感じてしまうのは何故だろう。
「海斗。お前に話さなきゃならないことがあるんだ。」
「なに?」
海斗の瞳は不安で揺れている。
「俺ね、アメリカに・・・行く事にした。」
「え?」
海斗は、混乱した顔で蓮を見つめている。
「どのくらい?」
蓮は、大きく息を吸い込んで答えた。
「分らない。・・・最悪25歳まで帰れないかも・・・」
海斗は息を飲んだ。
「そんなに!?」
「うん・・・。」
25歳までなんて、今から8年もある。
彼らが今、生きてきた年月の半分位はあるのだ。
海斗の頭が思考を停止する。
蓮は呼吸が止まりそうだ。
二人の間に沈黙が訪れた。
長い時間のように思えた。
その時を恐れていたから。
本当は、これは本心じゃない。でも、今は必要な事。
やっとの思いで、蓮は伝えるべき言葉を口にした。
「だから・・・。俺の事は・・・忘れて。」
蓮は、泣きそうになる顔を見られないように海斗を強く抱き締めた。
「海斗・・・ごめん・・・。俺、お前の愛・・・守れなかった・・・だから・・・忘れて。」
海斗は耳の傍で囁かれた言葉に、どうしていいかわからずにいる。
「っ・・・・」
そして、肩が震えた。気が付くと大きな声で叫んでいた。
「嫌だ!」
その声に海斗を抱き締める蓮の腕に力が入った。
「ごめん・・・海斗。・・・ごめん。」
「うっ・・うぅ・・・」
泣き崩れていく海斗を蓮は抱き締める事しか出来なかった。
蓮の居場所の連絡が母親の耳にも入っていたようで、彼女は怒りの形相で海岸へとやって来た。
「ちょっと!どういう事なの!」
蓮と海斗が抱き合っているのを見て、二人の方へ歩いて行こうとした。
「ちょっと、待てよ。」
その前に、北山が立ちはだかった。
「あんだが、どこの誰だろうと、今の二人の邪魔はさせねぇよ?」
蓮の母親は、キッと北山を睨んだが、そんな事くらいで怯むほど彼は軟ではない。
彼も、睨み返してやった。
「今回のお見合いは、君のやり過ぎのようだな。」
蓮の父親が、母親の背後から声をかけた。
「あなた!」
「蓮に万が一の事があったら、どうするつもりだったんだ?」
「くっ。」
「今後、蓮の事は私を通してからにしてもらおうか。」
「ふん。」
母親は、踵を返すと歩き出した。
「どこへ行くのかね?」
「仕事に戻るのよっ。」
そう言い放つと、彼女はその場から去って行った。




