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「あぁ、ごめん。君の表情が余りにくるくる変わるものだから・・目が離せなくて。」
そう言って笑ってた鷹野さんの顔、“素顔”なのだろうか?、と海斗は思った。
その顔はすぐに消えて、鷹野は職員の顔に戻って皆の前で三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の解説をしている。
海斗は上の空だった。
変なふうに思われなかっただろうか?
ごくりとつばを飲んだ。
俺は、多分、笑われて真っ赤になってた筈だ。
急いで顔を逸らして、頬を両手で撫でてごまかしたけど。
海斗は不安になった。変な目で見られるのは、嫌だった。
初日は、レクチャーの後、会議室で書類をもらって必要事項を書いた後に終わった。
職員用の裏口から出て、バイトのメンバーと軽く挨拶だけして別れた。
ここからだと桜通り3丁目のバス停が近い。通学用の定期があるのでバスで帰ることにした。
「えっと・・・。」
時刻表を見ていたら、背後から声がかかった。
「7時25分だよ。」
「鷹野さん・・・」
「やっぱり、ね。雪宮君、朝のバスで見かける子じゃないかなぁ~と思ってたんだ。」
鷹野の吐く息が白い。
「・・・。」
なんと言えばいいのか分からなかったので、取り敢えず頷いた。
「初日で緊張した?」
「いえ。そんなには。」
「ふっ、そうか。でも、明日からはお客さんの前に立ってもらうからな。分からないことがあれば、何でも聞いてくれ。」
「はい。」
しばらく沈黙が続いた。
海斗は、鷹野が先ほどの事を気にしている様子が無いのでほっとした。
あれ以来ちょっと人の目に対して過剰になっているのかも知れない。
鷹野は空を見ていた。釣られて見上げると、星が輝いていた。
「綺麗にオリオンが見えるなぁ。いい星空だ。」
「・・・はい。」
そうこうしているうちに、ヘッドライトを光らせバスがやってきた。
待ったのは10分ほどだが、体が冷えてきていたのでバスの暖房でホッとする。
いつもの席が空いていたので、そこへ座ることにした。
鷹野も付いてきて、2人掛けシートの隣へ当然という風に座った。
「これから暫く一緒に仕事をするんだ。仲良くやろう。よろしくな。」
と鷹野は手を差し出した。
え、ここで握手なのか?
「・・・はい。」
おずおずと鷹野の手を握った。鷹野の手は、思った以上に大きくて長くて、そして海斗より少しは暖かかった。
海斗は顔に熱がこもるのがわかった。
暖房のせいだと思ってくれますように。
「雪宮君、なにかスポーツしてるの?」
「部活、バスケです。」
「ふ~ん。」
鷹野はにっと笑うと手を離した。
「部活やって、冬休みの宿題やって、さらにアルバイトって大変なんじゃない?」
「いえ。家にいるよりは・・・。」
「家にいたくないのか?」
「・・・うん、まぁ。」
「ふっははは。思春期だねぇ。まぁ、親離れの時期でもあるのかな。」
そう言って鷹野は笑った。
「あぁ、そうだ。冬休みの宿題なら、館内の自習室でもできるぜ。毎年、何人かあそこで勉強みてやってるんだ。」
だんだん鷹野の口調が変わってきている。本来、こういう人なのだろうか?
じっと、見ていたんだと思う。
「なんだ?」
と鷹野が聞いてきた。
「いや。鷹野さんの、博物館と今の印象が・・・」
「ぷっ、ははは。違いすぎるって?館内と印象が違うのは当然だろ。あそこには、ほかのお客もいたんだし、職員らしく話をしなくちゃなんない。オンとオフが使い分けれて大人ってもんだ。」
「はぁ。」
海斗は曖昧な返事をした。
オンとオフではないが、俺だって仮面は被ってる。
うまく被れてるかどうかは分からないが、必死に仮面にしがみついてるんだ。