反回転少年
その少年は、毎日街外れの丘の上で回り続けていました。
雨の日も風の日も雪の日も、一日も欠かさず回り続けていました。
ある日の夕方。旅の行商人がその丘を通りかかりました。
「これはこれは奇特な少年。一体何ゆえ回って居られるのかな?」
すると、少年は回りながら答えました。
「地球に反抗期なんです」
はて、と行商人は首を傾げました。
「地球に反抗期なのと、回ること。これは関係ありますかな?」
はい、と少年は回りながら答えました。
「子供の頃、地球は回っていると教わりました。回っているから夜が来て、朝が来るのだと。だから僕は 地球と反対方向に回って、速度を落としてやろうという魂胆です」
なるほど、と行商人は頷きました。
「しかし、どうしてこんな事を始めたのですかな?」
すると、少年は少し真面目な顔をして答えました。
「妹が流行りの病なのです。もって三年と言われました。でも、一日が少しでも長くなれば、それだけあいつは生きられます」
ふむ、と行商人は頷きました。
「なるほどなるほど。ですが、残念な事にそれでは地球の回転は遅くなりません」
え、と一言。少年は回るのを止めました。
「それは本当ですか?」
「本当です。あたしは扱ってる商売柄、偉い研究所なんかにも出入りするんですがね。そこの若いのが言ってたので、間違いないでしょう」
すると少年は頭を垂れて、泣き出しました。
「僕は、無駄な事をしていたのですね」
ところがそんな少年を見て、行商人はにかっと笑ったのでした。
「確かに、地球に反抗期というのはいささか無謀でしたな」
それを聞いて、少年は更に大きな声で泣き出しました。
おっとっと言い過ぎてしまいましたな、と行商人はバツが悪い顔をしました。
「これはこれは失礼しました。代わりといっちゃあなんですが、朗報を1つお教えしましょう」
行商人が懐からビンを1つ取り出しました。
「少年と同じ様な奇特な人というのは存外いましてね。まあ、その集まりが研究所だとあたしは思っているんですが。そこでは、地球とまでは行きませんが、神様に反抗期な奴らが大勢いましてね。流行り病は天罰なんかじゃないってんで、こんなのを作ってしまったのです」
と、少年にビンを渡しました。
「これは?」
「流行り病の薬ってやつでさ。ああ、お代は要りません。あたしは奇特な方が大好きでしてね。もし感謝して頂けるのなら、今度は神様に反抗期になって、あたしの商売相手になってくださいよ」
それを聞くや否や、少年はお礼の言葉もそこそこに丘を降りて行きました。
行商人はいっひっひと笑いそれを見送ります。
と、木の陰から一人の白衣を着た男が出てきました。
「これはこれは。邪魔者なら追い払っておきやしたよ」
「ふむ。待ち合わせ場所にあんなのが居るとは思わなんだ」
「まあまあ。どこかしらあんた様と似た良い子でしたよ」
「……興味ないな。それよりも頼んでおいた仕事はこなしてくれたか?」
「へえへえ。各地の井戸に新しい毒を撒いておきやした。これで薬も売れるでしょう」
料理も商売も下ごしらえが大事ですからね、と行商人はまたいっひっひと笑ったのでした。
それからしばらく、新しい病が流行るまでの間。
少年が持ち帰った薬は、とてもよく売れたのでした。