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雪の中

 ずっと一人だった。

 生まれた時からずっと。

 周りには誰もいない。

 お父さんとお母さんはいなかった。

 なんでかはしらない。

 記憶にある範囲だと少なくともそんなものは知らない。

 ご飯もない。

 心の安らぐ場所もない。

 もちろん温もりだってなかった。




 雪は嫌いだった。

 寒かったから、冷たかったから。

 今だったらきれいだ、なんて思えるかもしれないけど。

 だからいつも丸まっていた。

 来る日も来る日も。

 ご飯はほとんどとることはなかった。

 やり方を知らなかったから。

 そもそも、他には何もなかったから。

 それでも生きられた。

 なんでかはわからないけど。

 それでも、死んだりはしなかった。




 住んでいたのは寒い地方だったんだって。

 当時は知らなかったけど。

 その山奥に寝ていたんだって。

 あんまりよく覚えていないけど。


 もちろん名前だってなかった。

 だって必要なかったから。

 あれはあれだし、これはこれだった。

 そんなことなんて考えたこともなかった。

 だって必要なかったから。




 目を開けてみる。

 真っ白だった。

 いやだった。

 白は、白はなにも受け付けない感じがしたから。

 だから目を閉じた。

 真っ黒になる。

 黒色は好きだった。

 だって、白とは違う色だったから。

 周りにあるのは黒い色と白い色。

 上を見ると黒と白が混ざった色。

 ずっとそうだった。

 他の色なんて見たこともなかった。

 そんなのあることも知らなかった。

 だって、ここからほかの場所に歩いて行ったことなんてなかったから。

 だって、ここにだれも歩いてなんて来なかったから。




 音が聞こえる。

 風が通って行く音。

 風は好きだった。

 この風になれたらいいなっていつも思っていた。

 だってどこへでもいけそうだったから。

 何かを見つけられそうな気がしたから。


 音が聞こえない日は嫌だった。

 そんな時はずっと目を閉じていた。

 真っ暗だけどそっちのほうがずっといい。

 だって目を開けたら外は真っ白なんだから。

 真っ白なのを見るのはつまらないから、さみしいから。




 鼻は必要だった。

 匂いで雪かどうかが分かるから。

 もっとも、雪じゃない日なんて一度もなかったけど。

 匂いで誰が来たりしたらわかるから。

 目をあけて、白を見なくても済むから。

 もっとも、誰も来たことなんてなかったけど。




 ずっと寒かった。

 冷たかった。

 他の感覚なんて知らなかった。

 だって、それしか感じたことなんてなかったから。

 だって、それ以外の感触なんかがあるなんて思いもしなかったから。




 口は何のためにあるのかな。

 ずっと思っていた。

 呼吸は鼻でもできたから。

 だって、声を出すことなんてなかったから。

 だって、声を出す必要なんてなかったから。

 だって、誰も話す人はいなかったから。




 ザクザクザク。

 いつもとは違う音が聞こえる。

 ずっと遠くのほうだけど。

 だけど風さんが運んできてくれた。

 風さんはお友達だったから。

 風さんだけがお友達だったから。




 スンスンスン。

 いつもとは違うにおいがする。

 まだまだ遠くのほうだけど。

 風さんが運んできてくれた。

 風さんのお友達なんだって。




 スンスンスン。

 今日もいつもと違うにおいがする。

 ザザーンザザーン。

 今日もいつもとは違う音がする

 風さんに運んできてもらった。

 頼んだらいいよって。

 君は風さんの友達とも友達なんだからって。

 仲間なんだよと風さんは言っていた。

 何のことかはわからないけどすごく嬉しかった。

 だってその響きがすごくいい響きだったから。




 ザクザクザク。

 あれ、おかしいな。

 今日は何も頼んでいないはずなのに。

 いつもとは違う音が聞こえる。

 風さんに聞いてみると風さんは自分じゃないよといった。

 なんとなく少しうれしくなった。

 なんでかはしらないけど、それでも、なんとなくあたたかくなった気がしたから。 

 少し雪が減る時よりもあたたかくなった気がしたから。




 スンスンスン。

 今度は匂いもしてきた。

 普段と似ているけど、少し違う。

 普段の匂いに似ている匂い。

 よく知る二つの匂いだったけれど、やっぱり何かが違う。

 よく知っていた二つの匂い、風さんのお友達さんの匂いのほかに何かが混ざっているのかな?

 風さんに聞いてみると、それは風さんのお友達のお友達だよといった。

 お友達のお友達ってどんななのかな。

 風さんに聞いてみると、知らないよといった。

 君が僕の友達を知らないのと同じさと。

 姿が見えなくても、どんななのか知らなくても仲間なんだよと。




 ガヤガヤガヤ。

 音が聞こえる。

 全く知らない音だけど、耳に心地よかった。

 だって、あたたかい気がしたんだもの。

 だって、ちょっと前から続いている匂いで、風さんのお友達のお友達だってわかったんだもの。




 ザクザクザク。

 音が聞こえる。

 すぐ傍で。

 目を開けたかったけど開けなかった。

 だって怖かったから。

 目を開けると何も映っていなさそうで。

 いつもと同じ白色だけみたいになりそうで。


 それでも、音が近づいてくる。

 ガヤガヤ、ガヤガヤと何か音を立てながら。

 何かがいるとわかっても目を開けなかった、開かなかった。

 だって、目の開け方を忘れてしまっていたから。

 だって、白色が怖くて震えていたから。

 だって、まだ信じられなかったから。




 近くに何かがいる。

 気配でわかる。

 鼻なんて、耳なんて、ましてや眼なんて使わなくたってわかる。

 だって、いつもとは違う感触がしたから。

 だって、いつもとは違う暖かいという感触があったから。

 だって、ゆっくりと体を何かがなでていたから。




 目を開けなくても二人いることが分かる。

 音が二つあるから。

 匂いも二つあるから。

 風さんが教えてくれたから。

 暖かさが二つあるから。




 初めての感触だった。

 暖かい感触。

 雪ではない感触。

 優しい感触。

 ずっとそうされていたい、そう思った。

 恐怖が少しずつ取れていく。

 瞼が動くようになる。

 そして、ゆっくりと目を開ける。




 そこには見たことのない色がいっぱいだった。

 黒と白以外の色。

 体をなでていたのは白にすごく近いけど嫌いじゃない色だった。

 だってその色は暖かかったから。

 白にはない暖かさを持っていたから。




 そこにいたのは、毛の短い子と毛の長い子だった。

 どちらも色は違ったけど。

 なでてくれていたのは長い毛の子のほう。

 短い子のほうの子も優しい目でこっちを見ていて、ときどき、耳や顎のあたりをなでてくれていた。

 そして、長い毛のほうの子が、目を開けたことに気付いたのか何か声を掛けてきた。


 「始めまして、あなたのお名前は?」

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