春休みは二人で 3
「すっごい迫力だったね!大きいスクリーンで見れて良かったー!!」
映画の興奮からまだ覚めないようで、上気した頬で汐里が笑う。前作の最後のシーンから始まった2作目は、アクションもストーリー展開も期待以上で、あっという間にその世界観にひきこまれた。
まだ映画の世界に浸っていたいのと、このまままっすぐ帰るのが惜しいのとで、近くの喫茶店の席に映画のパンフレットを広げて話しこんでいる。
汐里は、ミルク多めのカフェオレのカップを両手に握りしめてはいるが、映画の良かったシーンを話すのに忙しくて、さっきから一口も飲んでいない。俺にとっても映画はおもしろかったが、それ以上に汐里を見ているのがおもしろかった。戦闘シーンのハラハラした表情、主人公が仲間と別れるときの涙ぐんだ表情、それから、ラブシーンでのあの表情・・・。
汐里は、同年代の女子と比べて明らかに、恋愛方面に疎い。姉が撮り溜めている恋愛ドラマをリビングで一緒に見ていると、いわゆるそういうシーンになったときに、「うわ」とか「きゃ」とか声にならない声を出し、動揺して視線をおよがせる。彼氏持ちの友達もいるのに、健全なおつきあい以上の話を聞いたりしないのだろうか。まぁでも、この程度で動揺するくらいなら、実生活でも経験などないだろうと安心はしていたのだ。
が、今日の汐里は違った。視線をそらさず、まっすぐ前を見つめる横顔は、初めて見る表情だった。潤んだ目と、少し開いた唇、切なげに寄せられる眉。まるでスクリーンの中の女優と同じ・・・恋をしている表情に見えて、心臓が大きく跳ねた。映画の世界に浸りきって、つられて同じ表情になっただけなのかもしれない。でもいつか、誰かにこのかおを向けるのか。そう思っただけで、じりじりとした炎に炙られて焦げ付きそうになる。
「続編も出るかなぁ、そしたらまた一緒に見に行く?」
屈託なく笑う汐里に、さっきの大人びた表情はかけらもない。でも、いつか君も恋をする。その相手がもし自分だったら、いつかあの表情を一番近くで見ることができるなら。
ずっと願ってきたことは、ただ一つだけ。君の一番近いところに、いつまでも一緒にいること。
でも、それをかなえるためには、この姉弟という関係を壊さなければいけない。それが怖くて、一歩も動けずにいたけれど、そろそろ一歩を踏み出さないといけない時期にきたのではないかと、そんなことを思い始めた春休みだった。