裕也 5歳
僕には、1歳違いの汐里という名の姉がいる。
そのことを思い知らされたのは、5歳の春のことだった。
その日汐里は、満開の桜の下で、真新しいランドセルを背負って笑っていた。
今までずっと一緒に保育園に通っていたのに、汐里だけが先に違うところに行ってしまうことがどうしても納得いかなくて、当時泣けばなんとかなると思っていた末っ子の僕は、盛大に泣きわめいた。
「裕也も来年になったら小学校に行けるから」と家族みんなからなだめられたが、来年というのが明日やあさっての話ではなく、夏も秋も冬も過ぎた次の春だとわかった時。今から思えば、あれが人生で始めて絶望を感じた瞬間だったと思う。
汐里のいない保育園はつまらなかった。クラスの女の子たちが一緒に遊ぼうと誘ってくれたのを断ると、「裕也くん、お姉ちゃんとばっかり遊んでたもんねー」とおもしろくなさそうな声で返された。
お姉ちゃんって、汐里のことか?
それは違うと叫びたい気持ちが体の底からわきあがってきて、気がついたら叫んでいた。
「汐里は、お姉ちゃんなんかじゃない!!」
僕の大きな声に泣き出した女の子たちと、慌てて駆け寄ってくる先生。
先生の部屋に連れていかれて、事情を聞かれ、ごめんと言わされて形式的な仲直りをしている間。
先生たちのこそこそ話す声が聞こえてきた。
「裕也くんと汐里ちゃん、ほんとに仲がよかったんだけど・・・」
「親御さんも姉弟みたいに育ててなかったみたいだし・・・」
「そういえば、お姉ちゃんって呼ばせてなかったわねぇ・・・」
もう高校生になっていた明里ねえちゃんのことも、中学生だった琴里ねえちゃんのことも、お姉ちゃんだと思っていたし、実際にそう呼んでいた。でも、汐里だけは、お姉ちゃんなんて呼んだこともなかったし、そう思いたくもなかった。
僕にとって最初から汐里は、たった一人の女の子だったんだ。