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DISERD  作者: 桜木 凪音
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前夜*「第4記 鴉の笑い声」

 最後の紅茶を飲み終えると、マツザワがにっこりと微笑んだ。

「美味しかった。こんな賑やかな食事は久々だ」

「マツザワの家は食事静かなのか?」

 アズウェルがリンゴをかじりながら問う。

「いや、食事は普段一人で取るので。祝典などの時は皆で取るが……」

 そこまで言って、マツザワは目を伏せた。

 マツザワも、アズウェルと同じようにかつて〝何か〟が故郷であったのだろう。

 アズウェルは思い出したように話題を変えた。

「あ! やっべ、肝心なことを忘れてた! 実は、マツザワをうちに呼んだのには訳があって……」

 言い出すタイミングを探っていただけで、片時も忘れなどはしていなかったのだが、彼女のかげった表情がアズウェルを突き動かした。

 もう、黙っている場合ではない。もし、手遅れになってしまえば、取り返しがつかない。

 アズウェルは席から離れると、組み立てたフレイトを持ってきた。

「さっきディオウとマツザワが外で話している間に直しちゃったんだけどさ」

「随分と早いな。ありがとう」

 アズウェルの手早さに少し驚きつつも、マツザワは再び笑みを浮かべて礼を言う。

「いや、これくらい大したこと無いよ。それよりも、おれが話したいのはこっち」

 アズウェルはポケットから小さな粒を取り出して、机に乗せた。

 それを見たマツザワの表情が強張る。

「これ何だかわかるか? フレイトのエンジンコア部分に入っててさ。スチリディーさんの前で話したら大事おおごとになる思って、おまえをうちに呼んだんだけど……」

 マツザワは絶句していた。ディオウが眉をひそめる。

「アズウェル、お前、それは……」

「うん、これってあれだよね。死者の種(デッド・ストーン)

「そうね、間違いないわ」

 ラキィが険しい顔つきで頷く。

 ガラスの粒には、からすかたどったクロウ族の紋章が描かれていた。

 凍りついたままの表情で、マツザワは呆然と言葉を吐き出す。

「これは……クロウ族が……宣戦布告するときに、使うものだ……」

「やっぱりな」

 本当に、面倒な事に首を突っ込んでしまった。

 だが、後悔はしていない。スワロウ族と知った時から、こうなることはきっと必然だったのだ。

「あんた、何で今まで黙っていたのよ!」

「言い出すタイミングが見つからなかったんだよ……」

「お前って奴は……! マツザワ、これは誰のフレイトだ?」

 ディオウが眉間にしわを寄せながら、マツザワにく。

「フレイトは、マスターのだ。名前も、知らない。私にフレイトを預けたのは、我が種族の族長だ……」

「なら族長は宣戦布告されたことは、当然知っているだろうな」

 マツザワが苦渋を滲ませた眼差しで死者の種(デッド・ストーン)を凝視する。

「すまない……! 私は完全に……アズウェルたちを巻き込んでしまった……!」

 震える拳を机に叩きつけ、マツザワは顔をくしゃりと歪めた。

「別にそんなこと謝る必要ないぞ。元々おれが乱入したんだし。見つけたときにおまえにこれを押し付けて逃げることだってできたんだぜ?」

「その通りだ。非は全てアズウェルにある」

 ディオウがきっぱりと言い放つ。

 アズウェルは「そんな言い方ないだろ」と不服そうにディオウを睨んだ。

「これは……そんな簡単な問題じゃない。恐らく私たちはずっとクロウ族に監視されていただろう。アズウェルたちも、スチリディー殿もターゲットと見なされたはずだ」

「スチリディーさんも!? だって、おれは報せてないぞ、スチリディーさんには!」

「無駄だ、アズウェル。お前は考えが甘い。奴らは関わりを持てば全て排除にかかるだろう。情報はどこから漏れるかわからないからな」

「ルーティングが……そんなこと……」

 しないと言い切れない自分に、腹が立つ。

 仮にも同じエンプロイで働くフレイテジアだというのに。

 ガシャン、と食器が机の上で飛び跳ねた。マツザワが抑えきれない怒りを再び机にぶつけたのだ。

「く……何故気がつかなかったんだ! 何故、何故族長は私にこの任務を託したんだ!? 宣戦布告だとわかっていて、それを任務と見なすなど族長の……父上のやり方ではないっ!!」

「マツザワ、落ちつ――」

「マツザワ、アズウェル、そしてラキィ。おれが今から言うことをよく聞け」

 アズウェルの言葉を遮断するように、ディオウが言葉を紡ぐ。

「いいか、クロウ族に敵とされた場合、それは排除、即ち死を意味する。その対象は敵と見なされた者の一族、更には親しい者まで含まれるんだ」

 完膚かんぶなきまでの、完全抹殺。

 クロウ族はディザード一の人口を誇り、更にいくさのプロと言われる強者揃い。

 彼らに狙われるということは、命の刻限が定まったことに等しい。

 ディオウの語る言葉にアズウェルは背筋をひたりとしたものが伝うのを感じた。

 思っていた以上に、事態は深刻だ。

「唯一の幸運はおれが空を飛べたこと。おれがあの時、執拗しつように早く乗れと促したのは、近くに殺気を感じたからだ。奴らは気配を消していたから、おまえたちは気付かなかったのだろう。おれが飛翔したことで刺客は振り払えたが、あの時点でおれの存在を上部に報告されたと見て間違いない。アズウェルがフォアロ族ということも漏れているかもしれない。だとしたら、奴らはどんな手を使ってでもおれたちを消しに来るだろうな」

「ディオウ殿はわかるが……何故アズウェルまで……!」

 悲痛な表情でディオウを顧みたマツザワの顔からは、血の気が引いていた。

「フォアロ族を知らないか。おれの第三の目である千里眼はもちろん、アズウェルの予知能力が奴らにとっては邪魔だからだ」

 それを聞いてマツザワは、今度はアズウェルを見る。

「未来予知が出来るのか!?」

「あ、あぁ……それがおれの、フォアロ族の特徴なんだ」

 普段は、雨を避けるための天気予知にしか使わない、無駄な才能。

 先がわかるからといって、あらがうことができない運命さだめもあるのだと、アズウェルは知っていた。

「頼む……! 私の村のことを予知してくれ!! 村は……皆は無事なのか!?」

 マツザワがアズウェルの両肩を掴んで懇願する。

 今、村は、あるいはこの先、故郷は無事なのか。

 そう訴えてくる彼女の瞳を見て、アズウェルはかつての自分を重ねた。

 先が怖くて怖くて。一人になるのが、暗闇に突き落とされるように恐ろしくて。

「待て、アズウェル! おれの話はまだ終わっていないぞ!!」

 すかさず、ディオウが止める。が、時既に遅し。アズウェルは予知能力を起動していた。

 孤独と絶望が、アズウェルの脳裏を支配する。次々と破壊される家々、崩れ落ちる人々が映像として瞳に浮かんだ。

「アズウェル! やめろっ! 正気を失うぞ!!」

 ディオウの怒鳴り声に、アズウェルは我に返る。

「お、おれ……」

 アズウェルに歩み寄ると、ディオウは怒りを爆発させる。その剣幕にマツザワは驚愕し、言葉を失う。

「馬鹿っ! あのまま予知を続けていたらブッ倒れてたぞ!? 五年前のことを忘れたのか!? あの日から一週間お前は意識不明で寝たきりだったんだぞ!? いいか、お前にはやることがあるんだ。今すぐ支度しろ!」

 立て続けにまくし立てるディオウに、アズウェルは硬直していた。

「し……支度って……何を……」

「この村を出る支度よ! あんた、彼女とディオウの話聞いてたでしょ? スチリディーさんが殺されてもいいわけ!?」

 今まで黙っていたラキィも、呆然としているアズウェルを叱咤する。

「そういうことだ。おまえが首を突っ込んじまったんだ。その分の責任は取れ。早くしねぇとエンプロイが燃えるぞ!」

 燃える。もう一つの故郷が、業火に包まれる。

 アズウェルはぎりっと下唇を噛んだ。

「すぐ準備する! ラキィ手伝って!!」

「もちろんよ!」

 アズウェル、ラキィは扉を開け放ち、家を飛び出す。彼らの支度とは、この村、住み慣れたエルジアに別れを告げることだった。

 二人が出て行った玄関を見つめたまま、マツザワが口を開く。

「すまない……。そんな、リスクのあるものだとは……思わなくて……」

 上品さと威厳さを兼ね備えているはずの彼女が、今はただの若い娘にディオウは見えた。

 彼女の揺れる瞳からは、怯えが見え隠れしている。

「そんなことは気にするな。それよりも、マツザワ、お前も早く支度しろ。おれたちはスチリディーを含む全てのエンプロイに住む人間を、このエルジアに連れてくる。ここは山に囲まれているし、簡単には見つからない。お前は急いで村へ帰るんだ」

「だが! アズウェルたちを置いていくなど……!」

 ディオウは目を細めると、呆れたように溜息をついた。

「あのなぁ、おれたちがそんなにヤワに見えるか? さっさと帰って族長に伝えろ。この戦は思わぬ味方が付いたことによって勝てる、とな」

「だが、それでも危険過ぎる! 奴らの冷酷さを知っているだろう!? 一体どこに勝機が……!」

「ったく、本当にお前は質問が多いな。ついでに心配性過ぎだ。まったく、次期族長が聞いて呆れるな」

「な、何故それを……」

「十年もの修行っていうのでピンときた。まぁ、頑固さは合格だな」

 一度言葉を区切ると、表情を引き締めて尾を一振りする。

「いいか? お前が任務を任されたのは、村から遠ざけるためだ。おれの勘だと、今回クロウ族は本気でスワロウ族を潰しに来る。勝てる自信のある戦なら、わざわざ次期族長であるお前を遠ざけたりしないだろう?」

 ディザード大陸を牛耳ろうとしているクロウ族は、力がある種族を嫌っていた。

 スワロウ族もその一つ。だが、過去の戦を彼らは〝腕試し〟と称し、大軍で襲来することはなかった。

 本気で潰す準備が整ったということなのだろうか。

 数年に一度襲来するクロウ族を、今までスワロウ族は何とか退けてきたが、本気で消しに来るとなれば話は別だ。

 ただでさえ、クロウ族の人口はスワロウ族の十倍以上。刀技かたなわざしか持たないスワロウ族にとっては絶望的だ。

「奴らの中には、闇術師ダークマジシャンっつー外道もいるしな。あれが出てくれば、相当厳しいだろう」

 その闇は、全ての光、命を喰らい尽くす。

 闇魔術ダークマジックには、例え世界最高峰の刀技を持つスワロウ族でも、到底太刀打ちできない。 

 族長は、一族の滅びを避けるために、次期族長である娘を遥か東の地へと赴かせたのだ。

「私は……また、守られているのか」

 悔しい。何故いつも、そうやって自分に隠すのだろうか。

 かけがえのないものを一度失ってから、強くありたいと願って、腕を磨いたつもりでいたというのに。

 まだ、認めてもらえないのだろうか。

「早く行け。疑問は帰ってから、直接族長にブチければいい」

「……わかった。私は何としてでも、今日中に村に辿り着く!」

 マツザワは決意を込めた言葉を、ディオウに、そして自分自身に言い放った。

 既に時刻は、深夜の一時を回っている。

「それでいい。おれたちも全員避難させたらすぐ向かう。ラキィがいれば何とか行き着けるだろう」

 無言でマツザワは頷いた。

 ディオウがフレイトを尾で叩き、視線を玄関へ向ける。

「アズウェルが直したフレイトに乗っていけ」

「恩に着る!」

 フレイトにまたがると同時に、マツザワはアクセルを踏み込む。

 深夜の森にエンジン音が響き渡った。



 数分後、村を駆け回ってきたアズウェルとラキィが、息を切らしながら戻ってきた。

「準備完了……っと……」

「ディオウ、お姉さんは?」

「今さっき出て行ったところだ。アズウェルが直したフレイトで帰れと言った」

 アズウェルがメンテナンスを施したフレイトならば、余程乱暴に扱わない限り壊れることはないだろう。

 玄関の外に広がる闇を見据えて、アズウェルは彼女が無事に着くことを祈った。

「暗い中、ちゃんと辿り着ければいいけど……」

「あいつなら大丈夫だろう。スワロウ族はどんな場所にいても、自分の村への道はわかるらしい」

「そっか、なら安心だな。おれたちも行こう!」

 アズウェルの声にディオウ、ラキィが頷く。

 二人を背に乗せたディオウが、エルジアの大地を蹴って飛び立った。



      ◇   ◇   ◇



 既に、エンプロイは真っ赤に染まっていた。

 至るところから火の手が上がり、多くのクロウ族の兵士が徘徊している。

 罵声と悲鳴が次々にアズウェルの耳朶じだを貫いた。

「くっそ……! 遅かったのか!?」

「アズウェル、スチリディーの店が先だ!」

 ディオウに促され、アズウェルたちはスチリディーの店、フライテリアへと急ぐ。

 フライテリアの付近は妙に静かだった。火の手もまだ、上がっていない。

 不気味な静寂に心を掻き乱されながら、開いたままの入り口から店中へ飛び込む。

「スチリディーさん! スチリディーさん!!」

「アズウェル君、来てはだめだ!」

 クロウ族に囲まれたスチリディーは、両手を上げて棚に背中を押し付けている。

 喉元には、つるぎきっさきが向けられていた。

「てめぇら、スチリディーさんから離れろっ!!」

 迷うことなく兵士たちを目がけて突進する。

れ。後ろの白い獣もだ」

「了解しました。ルーティング様」

 スチリディーに向けられていた白羽のやいばが、一斉にアズウェルに牙をく。

 死角は、何処にもない。

 刃は完全にアズウェルを捕らえる。

「アズウェル君!!」

「アズウェル!!」

「やめて――――!!」

「身の程を知るがいい……!」

 悲鳴と嘲笑あざわう声が、フライテリアに響いた。


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