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DISERD  作者: 桜木 凪音
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Extra Chapter*「陽炎 -2-」

「ねぇ、かあさま。あめはどうしてふるの?」

「それはね。神さまが涙もろいからよ」

「なみだ、もろい……?」

「嬉しいときでも悲しいときでも、神さまはすぐに泣いちゃうの」


――だから、お空からは雫が落ちてくるのよ



 遠い昔の記憶。

 雨が神さまの涙というならば。


 雪は――……



      ◇   ◇   ◇



 ここはロサリドの宿屋。

 眼前の扉の向こうには、今回の任務を共にする仲間が待っているらしい。

 これからが本番だ。

 呼吸を整え、軽く扉を叩く。

 返答は、ない。

 部屋を空けているのだろうか。それとも聞こえなかったのだろうか。

 もう一度強くノックしようとした時、勢いよく扉が――飛んだ。

「どぁっ!!」

「な……!?」

 咄嗟に横に避けたから良かった。

 そのまま立っていたら、確実に巻き込まれていただろう。

 扉ごとふっ飛んできた男は、頭に黒い布を巻いた丸刈りの青年。

 その黒い布には見覚えがあった。

「か……カツナリさん?」

「あ?」

 飛び起きてたカツナリさんは、ずれた黒い布を巻き直しながら、顔を上げた。

「お? お松さんじゃねぇッスか。ウーッス!」

 微笑んで片手を挙げたカツナリさんに、私も笑顔で応える。

「お久しぶりです。カツナリさんがいるということは……」

「まちちゃ~ん!」

 甲高い声と共に鈍い音が響く。

「いっ……!」

 額を思いっきり蹴られたカツナリさんは、どさりと大の字に倒れた。

「先輩、いい加減俺の頭を蹴鞠代わりにすんのやめてもらえないッスか!?」

「はげぴょんがヤヨイの通り道にいるからいけないの」

 カツナリさんの胸板にちょこんと腰を下ろした少女、ヤヨイさんは、何食わぬ顔でそう言う。

 少女といっても見た目だけで、実年齢は二十代後半なのだが。

「だから禿げじゃなくて坊主ッス!」

「ぼーずもはげぴょんも同じなのー」

「違げぇッス!」

 随分、久しぶりの顔ぶれだ。

 仲間とは彼らのことだったのか。

 二人も燕隠密の人間で、何かとお世話になっていたりする。

 初任務の際も、ヤヨイさんに導かれ、カツナリさんに手を貸していただいたのだ。

「ちょぉっと見ない間に、まちちゃん美人になったのねー」

 抗議するカツナリさんを黙殺して、ヤヨイさんは満面の笑みを浮かべた。

「どうも、お久しぶりです、ヤヨイさん」

「久しぶり~なのねっ」

「せんぱ~い。どいて欲しいんスけど……」

 カツナリさんが低く唸る。

「あ、わかったなの~」

 それ応じ、ヤヨイさんは座布団代わりにしていたカツナリさんから降りた。

 あのヤヨイさんがカツナリさんに応えるなんて珍しい。

 そう思った矢先。

「まちちゃん来たから中で話そー! はげぴょんも中に入って、なの!」

 ヤヨイさんは、起きあがったばかりのカツナリさんを部屋の中へと蹴り飛ばした。

 その小さな体躯からとは思えないほどの力で。

「ごぁっ!?」

 いつ見てもあの蹴りは痛そうだと思う。

 蹴られるのは何故かカツナリさんだけだが。

「先輩、俺は自分で中に入れるッス!」

「はげぴょん、とろいから」

「この、チビおん……あだっ!」

 再び額を蹴られたカツナリさんは、窓際のベッドの上で再度大の字を取ることになった。

 ヤヨイさんの蹴りも恐れ入るが、カツナリさんの石頭も相当だろう。あれだけの轟音がしても、傷一つ付かないのだから。

 それにしても、懐かしい。最初見た時は物陰に隠れるほど恐ろしかったが、今は懐かしさの方が上回る。

 慣れというものは怖いと思う、本当に。

「よしっ、これでみんな揃った、なのっ! あ、はげぴょん、扉直しといてなのね」

「俺のせいじゃねぇーっての……」

「お返事はー?」

「う、ウーッス……」



 木造の宿屋に、木槌の音が鳴り響く。

 不服そうに目を据わらせ、カツナリさんが先刻吹き飛んだ扉を修繕していた。

「では親方さんたちは既に……」

「そうなの。本家にお知らせに行ったたかちゃんと、ひおりちゃんが親方さん率いる囮商隊に付いてるの」

「親方さんが囮など……危険ではないですか?」

「大丈夫っ! たかちゃんはすっごい強いから!」

 ヤヨイさんの話によると、親方さんら商隊の半分は、既にジェルゼンに向けて発ったそうだ。

 先遣隊として出発した商隊は囮役。

 私たちが護衛することになる残りの商隊が本命ということらしい。

 囮役を立ててまで護衛するもの。

 それは商隊ではなく、ジェルゼンに届ける品物。

 鉄鋼というのは当然表向きだ。

 本命は、ロサリド南部で発掘された千年前を記す古文書。

 古代文字で書かれているため、ジェルゼンにいるスワロウ族お抱えの考古学者に届けることになったのだ。

 遺跡からロサリドに来る際に襲撃を受けたことから、敵の狙いはほぼ間違いなく古文書だという。

 ロサリドから南には集落がなく物流は皆無に近い。それ故、盗賊が狙う地域ではないからだ。

「ヤヨイたちは一日遅れて、あしたの早朝出発するの。向かいのお部屋取ってあるから、まちちゃんはそこで寝てねー」

「わかりました」

「んじゃ、俺はちょっくら街回って来るッス。木槌返さねぇといけねぇッスから」

 木槌で右肩を叩きながら、カツナリさんは部屋を出て行った。

 あの木槌はどこで借りてきたのだろうか。

 カツナリさんのことだから、恐らく近くのフレイト店辺りから強奪してきたのだろう。以前窓を割った時も、近辺の店を脅していたような気がする。

 本当に懐かしいな。

 正直、またこの三人で任務をすることになるとは思わなかった。

 自然と頬が緩み、瞳の奥に記憶が甦る。

 初めて会った時は、カツナリさんの道場破りだった。兄さまの腕を聞いたカツナリさんが、真剣勝負を挑みに来たのだ。

 あの頃からヤヨイさんの身長も変わっていない。

 くすりと笑みがこぼれた。

「まちちゃん、どうしたのー?」

 気がつくとヤヨイさんが私の顔を覗き込んでいた。

「何かおもしろーいことあったの?」

「いえ、何でもありません。そろそろ、私も失礼します」

「あいっ! またあしたー、なのー」

「はい。また、明日」

 部屋の窓からは朱色の斜陽が差し込んでいた。



      ◇   ◇   ◇



 早朝。

 まだ朝日も出ていない頃、突如扉が開かれた。

「お、おはようございます、ヤヨイさん」

 先程鍵を開けたのだから、開かれたことには驚かない。

 しかし、息が上がっているヤヨイさんには、驚愕の色を隠せなかった。

「あの、何か……」

 佇むヤヨイさんは、目を見開いて微動だにしない。

「ヤヨイ、さん……?」

「……ううん、何でもない、の。外で待ってるの」

 目を伏せて左右に首を振ると、ヤヨイさんは身を翻す。

 その背中には、いつもの明るさが見えなかった。

 何かあったのだろうか。

 ベッドの枕元に置いてある水華を手に取り、急いでヤヨイさんの後を追った。



 宿を出ると、外には商隊の人たちが荷車の点検をしていた。

「おはようございます、マツザワさん」

「お久し振りですねぇ~。元気でしたか?」

「おはようございます。はい、私は元気で過ごしています」

 すれ違う度にかけられる声に応じながら、私は二つの影を探した。

 目に留まったのは、藍色の髪を二つに結った少女。

 街道の奥を見据える少女の隣に、たくましい長躯の青年はいなかった。

「あの、ヤヨイさん、カツナリさんは……?」

「はげぴょんは多分、戻ってこないの」

「それはどういう……」

 私の疑問には答えず、ヤヨイさんは数歩歩いて立ち止まる。

「これ」

 足下にあるものを指差してすとんとしゃがみ込み、それを拾い上げる。

 ヤヨイさんが拾い上げたもの。

 それは――漆黒の、布。

「これは……」

 カツナリさん愛用の。

 まさか。

 かぶりを振り、脳裏に浮かんだ状況を瞬時に否定する。 

 そんなはずはない。

 カツナリさんの実力は私自身がよく知っている。

 兄さまと対等に渡り合う実力なのだから。

 万が一にも、それだけは。

 しかしヤヨイさんの一言が、否としたものを肯定する。

「……かっちゃんはまだ半人前なの」

 ヤヨイさんがカツナリさんを名で呼んだのは、あの時だけではなかったか。

 あの時、瀕死の重傷を負って倒れたカツナリさんを、ヤヨイさんはそう呼んだ。


――かっちゃんは半人前だから怪我するのっ!


 不安と焦りが胸に広がっていく。

「だから……」

 掠れた呟きの、その続き。

 ヤヨイさんが何を言ったのか、私には聞こえなかった。

 

 静かになびく黒き布に、粉雪が降り注いでいた。



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