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DISERD  作者: 桜木 凪音
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Extra Chapter*「陽炎 -1-」

陽炎は全5話のマツザワ一人称短編番外になります。

アズウェルと出会う(本編)3年前、想うが故に5年前の話です。


マツザワ(本当はもう少し目は黒っぽいです。光に当たると青く見えます)

挿絵(By みてみん)

 夢か、現うつつか、幻か。


 陰ろふ記憶は曖昧で。

 春の雪を見ると思い出す。


 あの、陽炎を。



      ◇   ◇   ◇



 春告げ鳥がさえずる中、村に舞うのは六花だった。

 今目の前に降っているこれは、季節はずれの白雪。

 いつもは淡い花弁が春風と共に踊るというのに。

「この時期に雪が降るとは珍しいな」

 一人心地の呟きに、鈴を転がしたような声が頷く。

「そうですね。昨日は暖かかったのですが」

 苦笑した親友――ユウは空を見上げる。

 縁側に腰を下ろし、私たちは春の静寂に息をつく。

 白い吐息は霞色の空へ飛び立ち、止め処なく降り注ぐ粉雪に溶け込んでいった。

 任務もない。修行もない。

 そんな久しぶりの静けさに、肩の力を抜いて落ち着いていた。

 その時。

 ふいに、悲鳴が静寂を切り裂く。

「何事でしょうか?」

「わからない。随分……騒がしいな」

 私はユウと目配せをすると、揃って表へと足を運ぶ。

 人混みを掻き分け中央に出た私は、己の目を疑った。

「ショウゴさん!?」

「やぁ……久しぶり……」

 力ない声を絞り出し、ショウゴさんは傷だらけの右手を挙げる。

「元気だったぁ~?」

 微笑むショウゴさんに、私は言葉を詰まらせた。

 裂傷で赤黒く染まった顔で、何故そんな笑顔を見せられるのだろうか。

 紺色の着物は無惨に裂かれ、背負っている相方のソウエンは、目を瞑ったままぴくりとも動かない。

 こんなショウゴさん、見たことがない。

 声を出すことも、目を逸らすことも叶わない私の横を、かごを抱えたユウが通り過ぎた。

 顔色一つ変えず、ユウは初診を行う。

「ショウゴさんは家に。マツザワさん、ソウエンを神社へお連れしてください」

「あ、あぁ……わかった」

 届くか否かのくぐもった声で応じ、ショウゴさんからソウエンを預かる。

 守り神のソウエンたちに重さはない。女の私でも軽々持ち上げることができる。

 しかし抱き上げたソウエンは、ぐったりしているせいか、刀数本分の重さを感じた。

「ソウ……ごめん……」

 僅かに顔を歪め、ショウゴさんはソウエンの白い前髪を撫でる。

「本当にごめんな……」

 掠れた声が聞こえたのは私だけだろう。

 私から顔を背けると、ショウゴさんは身を翻した。

 村人がユウとショウゴさんに道を開ける。

 二人の背を見送った後、私は神社へ向かった。



 村を取り囲む断崖を両断するかのように、一本の石段が鳥居へと伸びている。

 私はただ黙々とそれを登っていた。

 腕の中で眠るソウエンに視線を落とす。

 普段でさえ蒼白の顔は、降りしきる雪と同じ色。

 だらりと垂れ下がった腕からは、全く生気を感じられない。

 身体の至る所には抉れたような痕があり、乾いた黒い血がこびり付いていた。

 一体、二人に何があったというのだろうか。

 季節はずれの粉雪に、傷だらけのショウゴさんとソウエン。

 何か、嫌な予感がする。

 それが何かはわからない。

 だが、この奇っ怪な春は、まだ始まったばかりのような気がした。

 最後の一段を踏みしめ、朱色の鳥居をくぐる。

 境内に足を踏み入れると、周囲の空気ががらりと変わった。

 雪が降っているのだから、当然村は冷気に満ちている。

 しかし、境内の中は澄み切った春の暖かさだった。粉雪も、神木である桜を避けるようにして舞っている。

 私は神木の下で足を止めると、低く呟いた。


――我らの同胞はらからを守り給え。そのみこと御光みひかりで包み給え。


 片膝を付き、抱えるソウエンを天に差し出す。

 ふわりとソウエンの体躯が宙に浮き、眩い閃光に包まれた。

 仄かな白光はソウエンの姿と共に霞んでいく。

 神木は守り神たちの親と言って過言でない。

 いつからこの地に神木があるのか。それは初代族長直系の家系であっても、知る者はいなかった。

 代々伝えられているのは、守り神は神木から生まれたということ。

 そして、初代族長直系の血を引く者のみが、神木に彼らを封印できるということ。

 ソウエンは親元である神木に封印しなければならないほど弱っていると、ユウは判断したのだ。

 もし使い手であるショウゴさんの意識が途切れてしまっていたら、ソウエンは命を落としたかもしれない。

 守り神とて不死身ではない。深手を負えば死に至る。

 そこまで考えて、私は身震いをした。

 未だスイカを降ろせていない私は、その重さを知らない。

 守り神を生かすも殺すも使い手次第だ。

 私にその重責を背負えるのだろうか。守り神の長である水龍様の命を。

「私は……」 

 身を翻し、石で囲まれた池を覗き込む。

 今の私には、母さまも兄さまも、赤子の頃から時を共にした幼馴染みもいない。

 落ち込んでいた時に背中を押してくれたショウゴさんも、今は。

「誰かに頼ってばかりじゃ……」

 どれほど時が過ぎようとも、水龍様を降ろせることはないだろう。

 強く、なりたい。

 そう誓ったのは五年前。

 果たして強くなれたのだろうか。私は、友を、村を守ることができるのだろうか。

 瞳に満身創痍のショウゴさんが浮かび上がる。

 不安と恐怖が四肢を絡め取った。

「いや……だ……」

 ソウエンの肌の冷たさは、まだ両手に残っている。

 ショウゴさんは任務で遠征していた。

 ほんの数日前は、共に道場で竹刀を交えていたのに。

 揺らぐ心境を代弁しているかのように、池に舞い降りた粉雪が波紋をつくる。

 一つ一つの波紋が干渉し、より大きな波紋へと広がっていった。

「この、雪が……」

 示すものは。

 取るに足らない不安の夢か。幻の恐怖か。

 それとも……


――うつつの、先触れか。


 収まらない警鐘が、己の不安を掻き立てる。

 その不安を振り切るように、強くかぶりを振った。

 私の予想は当たった例しがない。

 きっと今回もただの思い過ごしだ。

 そんな甘い考えで胸をなで下ろし、私は石段を降りていった。



      ◇   ◇   ◇



 季節はずれの降雪から数日後。父さまの元へ燕隠密の一人が訪れた。

 外部での諜報活動を生業とする種族で、彼らはスワロウ族の親族だ。

 彼らの来訪は、決まって訃報が届く。 

 その訃報は、任務の幕開けを意味した。

 

 父さまの部屋で、黒装束を着た男が口を開いた。

「正体不明の賊に襲われ、ロサリドへ輸送中の燕商隊が被害を受けました」

「それはまことか」

「は。少なくとも三人は犠牲に」

 淡々と語られる話に、悪寒が背筋を駆け抜けた。

 燕商隊、それを束ねるのはワツキの大商人である親方さんだ。

 そこには、彼がいるのだ。

 五年前に村を出て行った幼馴染みが。

「商隊はスワロウ族から護衛派遣を所望されております」

「承知した。直ちに準備を整えよ」

 隠密に頷いた父さまは、私の顔を見てそう言った。

「私が赴くのですか」

「ショウゴは今出れぬ。敵はかなりの強者と見る。お主が適任だろう」

 それに、と父さまは小声で付け足す。

「商隊にはアキラもおるかもしれん」

 脳裏に浮かんでいたとは言え、いざ父さまの言葉で突きつけられると、手に汗が滲んだ。

 嫌な予感が、していた。

 失うのはもう懲り懲りだ。

 今は己が傷つくより、失う方が余程怖い。

 失わないために、仲間を守るために、日々修行を重ねてきたのだから。


――失いたくないものは、己の力で守り通せ


 兄さまの教えを心で繰り返し、私はおもてを上げた。

「承知致しました」



      ◇   ◇   ◇



 やはり、あの日の粉雪は先触れだったのだ。

 拭い去れない不安を抱え、大地を蹴る。

「アキラ……」

 どうか、無事で。

「死んでいたら、許さない」  

 時は、待たない。

 故に、走るのだ。

 季節は移ろう。時と共に。

 必ず訪れる真の春を迎えるために、私は走る。


 この日もまた、粉雪が舞い踊っていた。



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